第333話 楽園の料理
スカジが「主様に相応しい店を手配します」とか言うものだから任せたのだが――
「よく、こんな店を予約できたな」
いま俺たちは地上三十八階のレストランにいた。
この街で一番高い位置にあるレストランらしい。
なんでもダンジョンの食材を用いた料理が食べられることで有名な店だそうだ。
「ここは〈トワイライト〉が経営する店ですから、VIP用の特別席は常にリザーブしています」
納得したが、レギルの奴……幾らなんでも手広くやり過ぎじゃないか?
改めて〈トワイライト〉が世界に名を連ねる大企業なのだと実感させられる。
たぶん重要な商談の時なんかに使用するため、常に席を確保してあるのだろう。
「お屋敷の料理に似ているのです」
そりゃ、〈トワイライト〉のレストランだしな。
ダンジョン産の食材を使っているという話だし、この前菜に使われている食材なんて、どう見ても世界樹の葉だろう。材料の調達に〈庭園〉と〈狩人〉が関わっているのは間違いない。
ダンジョンのモンスターは魔力によって肉体を構成された魔力体だ。そのため、倒してもドロップ品と魔石を得ることしか出来ない。しかし、なかには肉体の一部をドロップするモンスターがいて、そう言ったものは魔法薬の材料になるだけでなく食べることも出来るのだ。
その他にも、ダンジョンに自生する植物のなかには、食用に適したものもある。
そう言ったものを集めて、料理にして振る舞っているのだろう。
まあ、俺とレミルには食べ慣れた料理ではあるのだが――
「おい、スカジ。さすがに酒は……」
「ご安心ください。お二人の飲み物には、アルコールは入っていません」
だされた飲み物を見て、スカジにツッコミを入れる。
世界樹の実から作った酒がでてきたからだ。
レミルと朱理は未成年だ。未成年に酒を飲ませる訳には行かないからな。
しかし、要らぬ心配だったようだ。
「どうした? 遠慮しないで食べてくれ」
「は、はい……い、いただきます……」
朱理を見ると、箸が進んでいないようだった。
戸惑っている様子が見て取れることから、こう言った店に慣れていないのだろう。
学生が気軽に利用できるような店じゃないしな。そもそも、俺も言うほど経験がある訳ではない。どっちかと言えば、もっと大衆的な店の方が俺も落ち着くので、気持ちは分かる。
そう言えば、レティシアから日本の料理を買ってきてくれとリストを渡されていたんだよな。
あとで適当に見繕っておくか。
「お父様。この後はどうするのですか?」
この後の予定をレミルに尋ねられ、どうしたものかと考える。
夜まで時間があるし、ブラブラと観光してもいいが――
「ん? あれはなんだ?」
街を散策している時には気付かなかったが、レストランの窓からドーム状の建物が確認できる。
昔はあんな建物はなかったはずだが、最近建てられたものなのだろうか?
「ああ……あれは
探索者のオリンピックね。
そう言えば、そんなものがあると聞いたような記憶がある。
「興味がおありでしたら見学なさいますか?」
「見学できるのか?」
「はい。いまはまだ関係者以外は立ち入り禁止になっていますが、祖父のクランがドームの設計と工事に関わっているので……たぶん、大丈夫だと思います」
オタクの権威と聞いていたが、どうやら思っていた以上に凄い人のようだった。
◆
第二の探索者の街と呼ばれている現在のアキバには、二つのランドマークがある。
一つが、椎名が注目したドーム型の施設。〈迦具土〉が設計を務め、〈GMT〉のために三年の歳月をかけて建てられた
そして、もう一つがホテル統合型の商業ビル〈トワイライトタワー〉だ。名前からも察せられるように〈トワイライト〉が所有するビルの一つで、その三十八階にダンジョン産の素材を使った料理をだすレストランがあるという話は、朱理も耳にしたことがあった。
各国の代表や皇族でさえ、滅多に口にすることが出来ないと噂される幻の酒。世界で唯一〈
しかし完全紹介制の上、予約が何年も先まで埋まっているという話で、自分には縁の無い店だと朱理は考えていたのだ。
それを――
(まさに楽園の味……こんな料理がこの世に存在するなんて……)
味わえる日が来るとは思っておらず、朱理は感動と緊張を隠しきれずにいた。
各国の代表ですら、この料理を味わうには何年も待つ必要があるのだ。
それをファミレスに入るような感覚で、席を押さえられる人物など〈楽園の主〉以外にいない。覚悟を決めてのこととはいえ、凄い人に弟子入りしたものだと今更ながら実感が湧いてくる。
(この飲み物も生徒たちに気軽に振る舞ってたのよね……)
世界樹の実を搾ったジュース。
美味くないはずがない。〈
正直これが飲めるだけでも、このレストランに一度は訪れる価値がある。
「足りなければ、自由にお代わりを頼んでもいいからな」
「い、いえ! これで十分です!」
これ以上、ここの料理を口にしたら他の料理で満足できなくなる。
楽園の味とはよく言ったもので、これは一種の麻薬だと朱理は考えていた。
一度でも口にすれば、この味を忘れることは出来ない。だから人は〈
(楽園が凄いのは、Sランクを圧倒する力なんかじゃない。こうやって楽園の存在を周知させ、飴と鞭を使い分けることで支持者を増やしていく。それをメイドたちに指示し、実行に移しているのが〈楽園の主〉……私たちの先生なんだわ)
楽園の主――黄昏の錬金術師の話は、祖父から嫌と言うほど聞かされていた。
魔導具や魔法薬の生産に関わる職人にとって、神のような存在だと――
これが、その片鱗なのだと朱理は感じ取る。
ただ強いだけではなく、策略に長け、叡智に優れた存在。
それこそが〈楽園の主〉――自分たちの先生なのだと――
(学ぶべきことは多い……。楽園のことを悪く言う人たちもいるけど、学べるところは学んでいかないと――)
このままでは楽園と地球の差は開くばかりだと、朱理は感じる。
特に日本は世界と比べて、かなり厳しい状況に置かれていると朱理は思っていた。
世界に数人しかいない〈特級〉の魔導具技師がいるとはいえ、全体で見れば日本の探索者のレベルは世界の平均と比べても低いからだ。
Sランクがいないことが理由として大きいが、Aランク以下の数も人口から考えれば少なすぎる。戦闘系よりも生産系のスキル持ちが多いことが理由の一つとして挙げられるが、そもそも探索者を目指す若者が少ないことも理由にあった。
命の危険を伴う仕事を選ばずとも、安定して食べて行ける環境が整っているからだ。ダンジョンが出現した時は湧き立ったが、実際に犠牲者がでると本気で探索者を目指そうとする若者は減っていった。
それにスキルを得るには、ダンジョンでモンスターを倒す必要がある。これが意外と大きなハードルになっていて、生き物を殺すことに忌避感を覚える現代人は少なくない。探索者学校も最初の年の五月にスキルを獲得するための実習があるのだが、そこで脱落する生徒が毎年でるくらいだった。
こう言った状況を変えることは難しくとも、探索者の質を上げることは可能なはずだと朱理は考えていた。
そのためにも、楽園から学ぶべきところは多い。
(先生が〈
今年の大会には、楽園も出場するのかもしれないと朱理は考える。
そのための視察と考えれば、椎名の一連の行動にも説明が付くからだ。
(でも、先生はなにを探してたんだろう? 貴重なものだと言うのは分かるけど、もしかしてそれも〈GMT〉に関係がある?)
様々な可能性が頭を過るが、どれも憶測の域をでない。
いずれにせよ、いま自分に出来ることは祖父から連絡があるまで椎名の案内を務めることだと、朱理は思考を切り替えるのだった。
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