第332話 オタクの街
「今日はお父様とお出掛けなのです!」
先日の戦闘訓練でレミルとも模擬戦をやったのだが、結果だけを言えば引き分けだった。
レミルは確かに魔力量や身体能力だけで言えば、ユミルに匹敵する。
しかし、動きが直線的で読みやすいので、回避に専念すれば攻撃をいなすのは容易い。レミルの攻撃をかわし続け、一撃も貰うことなく授業を無事に終えることが出来たのだが――
「レミルもお父様にお願いを聞いて欲しいのです!」
と、レミルが駄々を捏ねるものだから一緒に出掛けることになったと言う訳だ。
「お父様。今日はどこにいくですか?」
「行きたいところがあった訳じゃないのか……」
無計画すぎる。とはいえ、一緒に出掛けるという行為自体が楽しいのだろう。
出掛けるからには楽しませてやりたいが、急に言われてもな。
あ、そうだ。
「なら、買いたいものがあるから付き合ってくれるか?」
「はいなのです!」
夜はギャルの家にお邪魔することになっているしな。
都心まで足を伸ばして、買い物の帰りに寄れば良いだろう。
「主様、お車の用意ができました」
スカジの姿が見えないと思ったら、車の手配をしてくれていたようだ。
しかし、
「……これでいくのか?」
「なにか変でしょうか?」
縦長の白いリムジンを見て、なんとも言えない気持ちになるのだった。
◆
さすがは日本を代表する大都市だ。
月面都市とは比べ物にならないくらい人が多い。
それだけに――
「見た! いまの人――」
「うん、芸能人かな? 隣の子も凄く可愛かったよね。お人形さんみたい」
目立っていた。物凄く注目を集めていた。
レミルはメイド服ではなく学校の制服だし、俺はグリムゲルデに見立ててもらったスーツ姿だ。東京なら外国人なんて珍しくないし、目立たないと思っていたのだが、そうでもないらしい。
むしろ――
「あのメイドさん、クオリティがたけぇ! まるで本物みたいだ」
「どこの店のメイドさんだろう。あんな子がいる店あったっけ?」
「あ、あの――写真いいですか!?」
メイド服を着ているスカジの方が街に溶け込んでいた。
いや、目立っていることに変わりは無いのだが、ある意味で自然というか、この街ではよく見る光景だ。いま俺たちは、〈オタクの聖地〉として知られる街――秋葉原に来ていた。
元々は電気街として栄え、マニアックな店が多いことで知られる街だ。
そんな街に大きな転機が訪れたのが、いまから三十五年前のことだ。ダンジョンの出現によって、昔流行った『異世界転生』や『ダンジョン物』と言った漫画や小説が注目を集めたらしい。その結果、廃れかけていたオタク文化が息を吹き返し、いまは第二の探索者の街として発展を遂げていた。
探索者の街と言っても、この街にダンジョンがある訳ではない。どちらかと言えば職人の街と言った側面が強く、魔導具や魔法薬を扱うギルドの直営所があったり、装備の製作依頼などを請け負っている生産クランの店が多く集まっているそうだ。
ネットで調べた情報によると国内最大手の生産クラン〈迦具土〉のビルが、この街にあるという話だった。
興味がないと言えば嘘になるが、俺の目的は別にある。
「主様……この鬱陶しい虫を駆除しても構わないでしょうか?」
「ぐふ……銀髪の毒舌系メイドとか、俺得すぎる!」
「ああ、あの蔑むような目がたまらんですたい……」
「むしろ、ご褒美です! もっと、なぶってください!」
スカジの機嫌が悪い。怒りと共に身体から魔力が漏れ出ていた。
このまま放って置くと、街がオタクの血で染まりそうだ。
しかし、さすがは本場のオタクだな。
恐い物知らずにも程がある。
「気持ちは理解できなくもないが、我慢しろ。そもそも、その格好でついてきたお前も悪い」
「……納得できませんが、主様の命令であれば我慢します」
いつもなら「畏まりました」と二つ返事なのに不満を口にすると言うことは、余程ストレスが溜まっているのだろう。
血の雨が降る前に、目的の店を探すことにするのだった。
◆
嘗て『アキバ』と呼ばれた街に生産クラン〈迦具土〉のビルがあった。
朱理の祖父、一文字鉄雄が代表を務めるクランだ。
「お祖父様はいらっしゃいますか?」
「朱理様――マイスターでしたら三日前から工房に籠もられていますね」
「また、ですか……」
ビルの一階に設けられた受付に一文字朱理の姿があった。
受付嬢から祖父の話を聞き、呆れた様子で溜め息を漏らす朱理。
無理もない。本来はとっくに隠居をしていてもおかしくない年齢だと言うのに、若い探索者の何倍も精力的に活動を行っているからだ。
今回のように、何日も工房に籠もって出て来ないことなど日常茶飯事。
高齢の祖父の身体が心配ではあるが、なにを言っても無駄と家族も諦めていた。
「お祖父様に相談したいことがあったのですが……」
「もうそろそろ出て来られるとは思うのですが、はっきりとしたことは……。マイスターが工房から出て来られたら、ご連絡を差し上げましょうか?」
「お願いできますか? 明日まではこちらにいる予定なので、お祖父様には大事な話があると伝えてください。また工房に籠もられても困りますので……」
「畏まりました」
電話で話せるような内容ではないため、休みを利用してクランまで足を運んだのだが仕方がないと出直すことを決め、受付に伝言を頼んで朱理はクランのビルを後にする。
「お祖父様には困ったものね。これから、どうしようかしら……」
携帯電話で時間を確認すると、正午を少し回ったくらいだった。
一先ず昼食を取ってから考えようと、商業エリアの方へ朱理が足を向けた、その時だった。
「え……先生とレミルさん?」
見知った顔を見つけたのは――
◆
「アカリなのです!」
レミルの視線を追うと、赤髪少女もとい朱理がいた。
今日は学校が休みなので、別にいること自体は不思議ではない。
しかし、
「こんなところで会うなんて奇遇だな。お前も
「あ、はい。と言うことは、先生も……ですか?」
「ああ、探しているものがあってな。この街ならあると思ったんだが……」
どうやら朱理の目的も、俺と同じだったみたいだ。
いまでは職人の街として有名になっているが、同時にオタクの街でもある。ダンジョンが出現してからサブカルチャーに注目が集まるようになり、最近はまた漫画やアニメを取り扱っているオタク向けの店が増えているそうなのだ。
俺の目的。それは、古い漫画やアニメを取り扱っている店を探すことだった。
最近の作品はよく分からないので、まずはおすすめの作品を〈博士〉に見て貰おうと思った訳だが、俺のオタク知識は三十五年前で止まっている。そのため、当時の古い作品を扱っている店を探しているのだが、なかなか見つからずに困っていた。
「この街なら大抵の
「やはり難しいか? 言われて見ると、稀少価値が高そうだしな」
最近のものならともかく、古い作品を探すのはやっぱり難しいか。
あれから三十五年も経っている訳だしな。
プレミアがついていても不思議ではない。
「私の祖父なら、ご希望の品を手に入れられるかもしれません」
「……それは本当か?」
「はい。この街で、お祖父様以上に顔の利く人はいませんから」
なんと……朱理のお祖父さんが、オタクの権威だったとは……。
しかし、これで合点が行った。
祖父の影響で、朱理もオタク趣味に目覚めたと言うことか。
「なら、頼めるか?」
「お任せください。ただ、私も祖父からの連絡を待っている状況なので、すぐにとは行きませんが……」
「ああ、それは構わない。俺もしばらくは日本にいる予定だしな」
いやあ、正直に言うと助かった。
最新の作品を取り扱っている店なら幾つも見つけたのだが、それ以外はクランが経営する探索者向けの店ばかりだしな。そう言った店はないのかもしれないと、半ば諦めかけていたのだ。
なにか御礼がしたいなと思っていると、大通りに設置された時計が目に入り――
「よかったら昼食を一緒にどうだ?」
丁度良い時間だと考え、朱理を食事に誘うのだった。
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