第331話 教え子の証
突然だが、教え子が増えた。
探索者学校と言うこともあって、強請られても〈
とはいえ、俺はこの学校の教師でもなければ、教員免許も持っていないしな。
どうしたものかとロスヴァイセに相談したところ――
「不要です。そもそも実習を担当する教師の多くは、教員免許を所持しておりません」
と、言われたのだ。
学科はともかく実習の方は探索者を雇用していることから、教員免許をそもそも取得していない教師がほとんどらしい。それでいいのかと思ったが、特別免許状という制度があるそうだ。
探索者学校の場合、ギルドの推薦があれば簡単な審査だけで取得可能と言うことでロスヴァイセに手続きを任せていたのだが、なぜか探索者学校の敷地内に俺の工房が設けられることになった。
元々はギルドの研究施設だった建物らしく、探索者学校を建てた時に校舎として利用されていたものらしい。いまは使われていないと言うことで、ギルドマスターが「是非お役立てください」と提供してくれたそうだ。
「先生……本当に私たちがここに出入りしても良いんですか?」
「ああ、別に構わない。ロスヴァイセにも言ってあるから大丈夫だ」
ここまでする必要はなかったのだが、ギルドマスターの行為を無碍にするのも気が引ける。
それに大学で言うところの客員教授のような扱いにしてくれたみたいで、好きな時に学校の施設を使って自由に授業をやっても構わないと言われたのだが、他の先生や生徒たちの邪魔をする訳にもいかないしな。
そこで建物に改良を加え、教え子たちにも解放することにしたと言う訳だ。
基本的に授業はここで行えば、周りに迷惑を掛けることもないしな。
「これを三人に渡して置く」
銀色に輝くミスリルの腕輪を三人に渡す。通行証のようなものだ。
工房に入るには、この腕輪を装備しておく必要がある。
そのことを三人に説明すると――
「身に付けていなかったら、どうなるんですか?」
黄ギャルから、そんな質問が返ってきた。
当然の疑問だな。
「上空一万二千メートルの高さに放りだされる」
「え……」
「そのあと〈トワイライト〉のセキュリティサービスに連絡が行く仕組みになっているから、地上で待ち受けていたメイドたちに捕らえられると言う寸法だ」
転移魔法を用いたオーソドックスなトラップだが、メイドたちが到着するまでの時間稼ぎくらいにはなるはずだ。楽園の屋敷と違って、この工房にはメイドたちが常駐している訳ではないしな。
一応、二重の備えとして
「この腕輪、外せないね……」
「ええ……うっかり忘れた日には、三途の川を渡ることになりそうです……」
「幾らなんでもやり過ぎなような。ううん、でも先生の工房だし、このくらいの備えは普通だよね……」
教え子たちには不評のようだった。
探索者なら、そのくらいの高さから落ちたとしても死にはしないだろう。
それに地上に落下するまで凡そ三分くらいの猶予があるので、メイドたちが現場に駆けつけるには十分な時間だ。仮に地表に叩き付けられたとしても、メイドたちが情報を吐かせるために治療するはずなので心配は要らないと考えていた。
あと――
「別に寝る時まで付けている必要はないぞ? それ、自動転送が付与されているから忘れることはないはずだ」
「自動転送?」
「一定の距離が離れると自動的に持ち主の元に転送される機能だ。あと他にも便利機能があるんだが、〈空間倉庫〉にマニュアルを入れてあるから自分で確認してくれ。実際に使って慣れるのが一番だろうしな」
「空間倉庫?」
なぜか、揃って首を傾げる黄ギャルと赤髪少女。
特別なスキルは付与していないし、一般的な機能だと思うのだが?
転送機能は盗難防止に必須だし、探索者ならマジックバッグは必要だろうしな。
探索支援庁が解体されてアーティファクトの所有制限が解除されたとの話だし、このくらいなら問題にならないだろうと考えてのことだ。ああ、最後に大事なことを忘れるところだった。
どっちかと言うと、三人に魔導具を渡した一番の理由はこっちにある。
「三人とも自己紹介を頼めるか?」
教え子の名前くらいは、ちゃんと覚えておきたいしな。
◆
放課後――
校舎の屋上で秘密の会合をする夕陽、明日葉、朱理の姿があった。
椎名から渡された魔導具のことを、相談しておく必要があると考えたからだ。
「二人とも
「うん……これ、〈
「アーティファクトでも、こんな多機能な魔導具は聞いたことがないわ。間違いなく先生が作ったオリジナルの魔導具よ。〈黄昏の錬金術師〉の話は祖父から聞いていたけど、私のなかの常識が音を立てて崩れていきそうよ……」
はあ……と、揃って溜め息を漏らす朱理と明日葉。
椎名から貰った腕輪にはマジックバッグと同等の機能の他、盗難防止用の自動転送に
腕輪に装着された〈
こんな魔導具は朱理も聞いたことがなかった。
そのことから椎名が製作したオリジナルの魔導具だと推察する。
「これ、どのくらいするんだろう?」
「お金に換えられるようなものじゃないけど、最低百億はくだらないと思うわ」
「ひゃ、百億!?」
「オークションにだせば、そのくらいからスタートするって話よ。最終的にはその十倍……いいえ、百倍の値が付いたとしても不思議ではないわ。国家間の争奪戦が起きるわね。それほど稀少なものと言うことよ」
最低百億――下手をすると兆の値がつく魔導具を渡されたと聞かされ、さすがの明日葉も顔を青ざめる。軽い気持ちで椎名の弟子になったが、いまになって後悔し始めていた。
「夕陽……」
「だから止めたんだよ。やめて置いた方がいいって……」
二人が椎名の弟子になると口にした時、夕陽は思い留まるようにと止めたのだ。
傍から見れば、確かに羨ましい環境に見えるかもしれない。
探索者を目指しているのであれば、チャンスだと感じるだろう。
しかし相応の覚悟がなければ、椎名に弟子入りするべきではないと夕陽は考えていた。
負うべき責任と秘密の重さに、普通の人なら押し潰されかねないからだ。
「なるほど……私たちの覚悟を試しているのね」
このことを誰かに話せば、自分たちの身を危険に晒すことになる。
最悪の場合、国から追われる立場になりかねない。
それでも本気で関わる気があるのかと、覚悟を問われているのだと朱理は察する。
「夕陽。あなたのお姉さんは〈トワイライト〉所属の探索者よね? と言うことは、お姉さんも――」
「うん。お姉ちゃんは私たちよりも大変だったと思うよ。いまは〈トワイライト〉に所属しているから、国の干渉から守られているって感じかな?」
姉がフリーの探索者だったら、今頃は大変なことになっていたと夕陽は話す。
夕陽の姉が身に付けている装備も〈楽園の主〉が改良を施したものだからだ。
そもそもマジックバッグ一つを取っても貴重なのだ。殺してでも奪おうと考える人間が出て来ても不思議な話ではない。
だから〈
「いまから返しに行くとか……無理?」
明日葉の問いに、無言で首を横に振ることで答える夕陽。
自分から志願しておいて、やっぱり辞めましたなんて言えば、椎名は許してくれてもメイドたちの機嫌を損ねることになる。正直、それはオススメしないというのが夕陽の考えだった。
普段から〈トワイライト〉のメイドたちに接しているから分かるのだ。
楽園の主に関することで、彼女たちに冗談は通用しないと――
「私がメイドさんたちによくしてもらっているのは、先生の教え子だからと言うのが大きいから……。先生の庇護から抜けるのは、オススメしないかな」
「そんなに怖いの? 楽園のメイドさんたちって……」
「…………」
なにも答えない夕陽を見て、これは本当にまずい奴だと明日葉は悟る。
どうするべきかと身の振り方を考え、
「うん、決めた。アタシも夕陽のお姉さんみたいに企業探索者になって〈トワイライト〉に就職する!」
「いまのところ、それしか選択肢はなさそうね……」
明日葉と朱理は〈トワイライト〉への就職を真剣に考えることになるのだった。
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