第330話 椎名の誤算
まさか、あれを回避されると思っていなかったので驚いた。
完全に不意を突いたつもりだったからな。
死角からの攻撃に気付いて回避を促すとか、ギャルの妹の成長には驚かされる。
未来でも見えているかのような動きで魔法を回避しているし、恐らくは魔力探知を使って常に周囲を警戒しているのだろう。
たぶん魔力探知の精度だけなら、楽園のメイドに匹敵するんじゃないかと思う。
「……分かった。あなたを信じるわ」
「うん、任せて」
どうやら作戦会議が終わったようだ。
他の生徒たちは脱落してしまったが、なにを見せてくれるのか少し楽しみだ。
「待ってくれるなんて、随分と余裕ですね?」
「あくまで授業だしな」
モンスターが待ってくれるなんてことはないが、これは授業だ。
いまのうちに工夫を凝らし、失敗を重ねて学んでおくべきだと俺は考えていた。
実戦での失敗は、そのまま死に繋がりかねないからな。
試せることは試しておいた方がいい。
「確かにあなたは強い。でも、私たちに時間を与えたことを後悔させてあげるわ!」
如何にも気が強そうなツーサイドアップの赤髪少女が右腕を振り上げると、少女の身体に雷が落ちる。
魔法の失敗? 違う。これは――
「雷の
少女の右手には、剣が握られていた。
恐らくはスキルの力だと思うが〈
まるで
魔剣でも聖剣でもない。例えるなら神剣。
これほどの強大な気配を放つ武器を召喚できるスキルなど一つしかない。
「ユニークスキルか」
「〈
自分から種明かしをしないでもと思わなくもないが、それだけ絶対の自信を持っているのだろう。
しかし、タケミカヅチね。日本神話に登場する武神の名前だな。
雷神であり、剣神でもあると言う武の象徴的な神様だ。
それで、雷の剣と言う訳か。安直なように思えるが、それだけじゃないな。
あの剣には、雷以外にも特殊な能力が備わっていると考えるのが自然だ。ユニークスキルには世界の法則に干渉し、概念に影響を与える特殊な力が備わっているからだ。そのため、油断は出来ない。
しかし、スキルの力を上手くコントロールできていないことが窺える。
剣のカタチが安定しておらず、制御に手間取っているからだ。
「隙だらけだ」
発動を待ってやってもいいが、それでは指導にならない。
モンスターは準備が終わるのを待ってはくれないからな。
可哀想だが、いまのうちに自分のスキルの欠点を知っておいた方がいいだろう。
「はずした?」
十発ほどの魔法を放ったのだが、そのすべてが外れた。
いや、外されたと言った方が正しい。直前に軌道が逸らされたのだ。
ユニークスキルの力かと考えるが――
『魔力干渉を受けています』
アカシャの言葉で、他に原因があることに気付く。
ギャルの妹が祈るように胸の前で手を合わせ、魔力を放出していたからだ。
これは――
「
景色が一変する。魔力干渉の正体はこれだ。
彼女のスキルは〈
魔法薬の調合に特化したスキルだと思っていたが、恐らく能力の根幹は目の前の光景――〈魔女の大釜〉にあるのだろう。
大釜は錬金術との関係も深く、聖杯に例えられることもある。
だとすれば、
「魔法が発動しない。やはり、そういうことか」
魔法が発動しない。
原因は一目瞭然だった。ギャルの妹の背後に浮かぶ大釜に魔力が吸い込まれているのだ。
しかし、赤髪の少女が大釜の影響を受けている様子はない。
対象を任意に選べるのか、もしくは――
「これで終わりよ!」
赤髪少女の剣に雷鳴が迸る。
雷の最上級魔法〈
いや、それ以上の魔力が剣には込められていた。
「絶技――神鳴り!」
振り下ろすと同時に放たれる雷の斬撃。
視界が白く染まる中、俺は〈カドゥケウス〉を召喚し――
「
奥の手を切るのだった。
◆
「私の最大攻撃が……掻き消された?」
呆然とする赤髪少女。ショックを隠しきれない様子だが、正直に言うと危なかった。
まさか、ユニークスキルを組み合わせた連係攻撃を繰り出してくるとは思ってもいなかったからだ。ギャルの妹のスキルが魔力を吸収するだけでなく、能力を封じる類のものだったら打つ手はなかっただろう。
しかし、赤髪少女には影響が及んでいなかったことから、魔法に干渉することは出来ても、スキルそのものの効果にまで影響を及ぼすことは出来ないのではないかと考えたのだ。
予想通り〈
それに――
「嘘……私の〈領域結界〉が……」
空間が崩壊し、元の景色へと戻って行く。こちらも上手くいったみたいだ。
どちらかと言うと、あの大釜の方が厄介そうだったからな。
魔力を吸収するだけではなく、あの大釜は吸収した魔力を蓄える機能があるとすぐに分かった。ようするに、俺で言うところの魔力炉と同じような役割をこなすことが出来ると察したのだ。
あの大釜が存在する限り、ギャルの妹の魔力が尽きることはない。仮に魔力を仲間に分け与える術をギャルの妹が持っていた場合、赤髪少女は際限なくユニークスキルを使えることになる。
だから迷わず〈カドゥケウス〉の〈拡張〉を使用して、〈
「降参よ……あれが通用しなかった以上、打つ手はないわ……」
魔力切れのようで、床に座り込む赤髪少女。
一撃を放っただけでこの有様では、実戦で使用するのは難しいだろう。
とはいえ、
「これは俺の負けかな」
焼け焦げた前髪を手に取り、負けを認める。
なにかあるとは思っていたが、赤髪少女が放った雷の斬撃には
スキルを分解するスキルと、スキルを斬り裂くスキル。
どうにか競り勝つことは出来たが、赤髪少女の魔力操作が甘かったから勝てたようなものだ。
条件が同じなら、どうなっていたかは分からない。
「それじゃあ、お願いを聞いてもらおうかな。フフン、なにしてもらおうかな」
「約束だしな。俺に出来ることに限られるが……って、は?」
背中から手を回すように、黄ギャルが腰に抱きついていた。
いつの間に……と言うか、いつからいたんだ?
生徒の中に、黄ギャルの姿はなかったはずだ。
「油断したね、先生。残ったのは、夕陽と朱理だけだと思ったでしょ? でも、夕陽はちゃんと
そう言えば、そんなことを言っていたような気がしなくもない。
と言うことは、はじまる前から隠れていたと言うことか?
だけど、誰かが近付いて来る気配なんて、まったく感じなかった。
魔力探知にも、そんなものは――あ!
『だから警告しましたよ。魔力干渉を受けていると』
アカシャの言葉で、ギャルの妹の真の狙いに気付かされる。
大釜も、赤髪少女の雷撃も、すべて最初から囮で本命は――
「子供だからって甘く見ない方がいいよ」
まさにその通りだと反省させられるのだった。
◆
「うまっ! なんだ、この飲み物! 本当にポーションか?」
「この飲み物、体力だけじゃなく魔力も回復してない?」
回復薬の味に驚く生徒たち。魔法の回復薬の代表と言えばポーションが有名だが、質の良いものでも薄めたスポーツ飲料のような味しかしないことを知っているからだ。
生徒たちが驚くのは当然で、椎名が生徒たちに飲ませたものは回復薬ではなく世界樹の実を搾ったジュースだった。疲労回復だけでなく上級のポーションと同程度の治療効果があるため、回復薬の代わりに配ったのだ。
そして、椎名はと言うと――
「レミル! 少しは加減をしろ! また壊れるだろう!?」
「嫌なのです! レミルもお父様に一撃いれて、お願いを聞いて貰うのです!」
親子喧嘩もといレミルとの戦闘を強いられていた。
爆音が響き、土煙でほとんどなにも見えない戦いを、アリーナの観客席から呆然と見守る生徒たち。目で追いきれる速度ではないことから、一体なにが起きているのか理解していないのだろう。
そんな戸惑いを隠せない生徒たちから距離を置き、
「あなたもユニークスキル持ちだったなんてね。それも、あんな……隠しごとが多すぎじゃない?」
離れた場所で、椎名とレミルの戦いを見守る三人の女生徒がいた。
朱理、夕陽、明日葉の三人だ。
領域結界は〈界〉とも呼ばれ、第二の覚醒と位置付けられている能力だ。
世界の法則を上書きする力。Sランクに至るには必須とされている力であった。
そのため、Aランクのなかでも領域結界を使用できる探索者は一握りしかいない。
それをCランクの夕陽が使用するなど、ランク詐欺としか言いようがない。
「あはは……ごめんね。いろいろとあって内緒にしておいた方がいいって、お姉ちゃんから言われてて……。それに〈
「なら、どうして使ったのよ……」
「一文字さんが一生懸命だったから……このまま負けたくないって思ったからかな。それに、私も成長した姿を先生に見て欲しかったからね」
「夕陽らしいね」
夕陽らしい理由だと、明日葉は苦笑する。
「でも、みんなよく覚えていないみたいだし、スキルのことはバレてないと思うよ」
三人以外の生徒は気を失っていて、なにが起きたのかを分かっていなかった。
いまもアリーナでなにが起きているのか理解できず、困惑している様子が見て取れる。
その点では、明日葉の言うように不幸中の幸いだったと言えるだろう。
「
いろいろと言いたいこと、まだまだ訊きたいことはある。
しかし秘密がバレることを恐れず、最後まで一緒に戦ってくれた夕陽に朱理は感謝していた。
ライバルとして、より一層、負けたくないと思ったくらいだ。
だから――
「決めた。私も〈楽園の主〉に弟子入りするわ!」
「え、ええ!?」
「あなただけ狡いじゃない。強くなりたいのは一緒よ」
そう言われては、なにも言い返せず黙るしかない夕陽。
「なら、アタシもお願いしてみようかな。自分に出来ることならなんでもするって、先生から言質は取ってあるしね」
「明日葉まで!?」
「ユニークスキルほどじゃないけど、これでも
「いいわね。あなたたちならパーティーメンバーとして不満はないわ。でも、やるからには学年一位……いいえ、学校一を目指すわよ」
どんどん話が進んで行き、戸惑う夕陽。
その傍らで、天を突くような轟音がアリーナに響くのだった。
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