第329話 力の差、才能の差
斉藤は顔を青ざめ、アリーナの角で震えていた。
どうして〈楽園の主〉が自分に〈
(見抜かれているのか? 俺が記者に情報を売ったこともすべて……)
理由が分からず、斉藤は疑心暗鬼に陥る。
昨晩のことがバレているのではと考えるが、誰にも後を付けられていないことは念入りに確認した。
しかも念には念を入れて、あの店を利用したのだ。
繁華街の裏路地にあるバーは、オーナーが探索者で店の存在をスキルで隠していた。警察の捜査が入らないのはそれが理由で、あの店にはオーナーが認めた人物しか入ることが出来ないのだ。
そのため、秘密の話をするには打って付けの場所となっていた。
だから昨晩のことがバレているはずがない。しかし、他に思い当たるようなことはなかった。
(仮に全部バレているのだとすれば……)
皇帝が消された理由。
それは〈
サンクトペテルブルクで起きた二年前の事件に見立てた警告なのだとすれば――
(これ以上、深入りするなと言うことか……)
即ち、「
面識のないはずの斉藤に〈楽園の主〉が貴重な飲み物を与える理由など、他に考えられないからだ。
(ダメだ。もう、ここにはいられない。海外に逃げるか? いや、無理だ。ギルドマスターの様子から察するに、ギルドも楽園の味方と考えるのが自然だ。それに、いまや〈トワイライト〉は世界中に根を張る大企業へと成長している。楽園から……この化け物から逃げられるはずがない……)
逃亡が無理ならダメ元で抗ってみるかと考えるが、生徒たちが〈楽園の主〉と戦う姿を見て、敵うはずがないと斉藤は絶望する。
大半の生徒はEランク相当。よくてDランクの実力しかないが、八重坂夕陽や一文字朱理と言った一部の生徒は例外だった。
夕陽の適性は
いや、朱理がユニークスキル持ちであることを考えれば、ランクは同じでも実際の実力には大きな開きがあると考えるべきだ。技術や経験で勝っていようと、あっさりとその差を覆してしまうのがスキルの差だと、斉藤は嫌と言うほど知っていた。
日本を代表する探索者の一人。国内最大手のクランのマスターにして探索者協会日本支部のギルドマスター、天谷夜見。彼女と斉藤は歳が近く、探索者のライセンスを同じ頃に取得した同期だった。
Cランクに昇格するまでは同じくらいのペースで、斉藤も夜見に食らいついていたのだ。しかし、そこから先には明確な才能の差があった。かたや斉藤は〈身体強化〉系のありふれたスキルしか所持しておらず、夜見は数少ないユニークスキル持ちだったからだ。
勿論、ユニークスキルでなくともAランクに至っている探索者はいるが、ユニークスキルほどではないが稀少とされるスキル持っていたり、剣術などを幼い頃から学んでいて元々実力のある探索者がほとんどだ。
昔から腕っ節は強かったが、斉藤が武器の扱い方や武術を本格的に学び始めたのは探索者になってからのことで、ユニークスキル持ちとの才能の差を埋められるほどの実力は斉藤にはなかった。
Bランクに昇格するまででも十五年かかったのだ。これでも実際には早い方なのだが、ユニークスキルに目覚めたと言うだけで、僅か一年でBランクの資格を手に入れた朱理のような生徒もいる。
夕陽の姉もそうだ。十九歳でAランクのライセンスを取得した本物の天才。
彼女も日本で七番目に確認された稀少なユニークスキル持ちだった。
どれだけ努力をしても、才能の壁は決して埋められない。
それが、探索者を続けてきて斉藤の学んだことだ。
(ほら、見たことか……。あんな化け物に敵うはずがない)
そんな才能溢れる若者でも〈楽園の主〉の前では、赤子扱いだ。
楽園の主は一歩も動かずに、百人以上いる生徒たちの相手をしていた。
なのに一撃を入れるどころか、接近することすらままならない。既に半数以上が脱落しており、動ける生徒も体力の限界が近い。戦う前から、こうなることは目に見えていた。
Bランクが複数で挑んでも敵わないのがAランク。そのAランクが束になっても勝てないのがSランクだ。
そのSランクですら為す術なく殺されたのだ。学生が敵うはずもない。
「終わりだ。あんな化け物に目を付けられたら、もう……」
為す術なく倒れていく生徒たちの姿を自分と重ね、斉藤は自虐的な笑みを浮かべるのであった。
◆
「ああ、もう! こんなのありえないでしょ!?」
余りの理不尽さに、感情を抑えきれずに叫ぶ一文字朱理。
的当ての授業は確かに凄いと思った。あれだけの数の魔法を正確に的へ当てられる技術を持つ探索者は、自分の知るAランクのなかにも思い浮かばなかったからだ。
世界屈指の技術だと感心した。だから、夕陽の先生は
そのため、接近してしまえば勝算はあると思っていた。
これだけの人数がいれば、隙を突くことも可能だと考えていたのだ。
なのに――
「初級魔法がこんなに厄介だなんて――」
近付けなかった。
初級の魔法など、たいしたことがないと侮っていた結果がこれだ。
本来は足止め程度にしか使えない魔法のはずだが、椎名が放つ〈魔法の矢〉の威力はどう考えても初級魔法の域を逸脱していた。
速度や威力だけを見ても、中級クラスの魔法と遜色がない。それが火、水、風、土の基本四属性以外にも光や闇まで、色とりどりの魔法が雨のように降り注ぎ、襲い掛かってくるのだ。
魔法の命中精度も信じられないくらいに正確だった。
数を撃てば当たると言ったものではなく、生徒たちの動きを読んで正確に行動を潰してくる。雑な動きをすれば、そこを狙われて被弾。一撃を貰えば、集中砲火を浴びて即リタイアだ。
そのため、攻撃を凌ぐので精一杯の状況が続いていた。
「逃げてばかりだと終わらないぞ?」
挑発されたと思って、椎名を睨み付ける朱理。
しかし、打つ手がない。ユニークスキルを使うことも考えたが、この魔法の雨のなかでは致命的な隙に繋がりかねないからだ。
「ちょっと八重坂さん! なんなのよ。あの先生――こんなのAランクでもありえないわよ。こんなのまるで――」
Sランクみたいだと口にしようとして、朱理はなにかに気付いた様子を見せる。
「レミルのお父さんってことは、もしかして……」
月の留学生と聞いてはいたが、最初からありえないと除外していた可能性。
「あなたの先生って〈楽園の主〉なのね」
「……うん」
もうこれ以上、隠し続けるのは無理だと考え、夕陽は素直に認める。
そもそも、こんな風に力を見せている時点で、椎名も隠すつもりはないのだろうと察したからだ。
とはいえ、
「それ、他所では言い触らさないようにね。先生は気にしないと思うけど、メイドさんたちは怒らせると恐いから……」
警鐘は促しておく。
椎名は優しい。滅多なことで怒るようなことはないし、大抵のことは許してくれる。しかし、それで大丈夫だからと甘えていると、メイドたちの怒りを買うことになると知っているからだ。
「
「うん、自分でもそう思う――後ろに跳んで!」
夕陽の言葉を合図に、後ろへ飛び退く朱理。
二人のいた位置に、魔法が雨のように降り注ぐ。
反応が少しでも送れていれば、頭上からの攻撃を受けるところだった。
「……助かったわ。よく気付いたわね」
「魔力操作は基本だからって、徹底的に教え込まれたからね。目で追うんじゃなくて、魔力の流れを感じるの。そうすれば、死角からの攻撃にも反応できるから」
簡単に言うが、それが簡単なことでないことは朱理にも分かる。
改めて、ライバルの凄さを実感する朱理。夕陽はどう思っているかは分からないが、朱理は夕陽を自分と競い合える実力の持ち主だと認めていた。
「もう、私たちだけみたいね」
いまの攻撃を他の生徒たちは避けきれなかったみたいで、残るは夕陽と朱理の二人だけになっていた。
相手が〈楽園の主〉では無理もないと考え、朱理は悲壮に満ちた表情を見せる。
もはや勝算はない。そう悟ったからだ。
しかし、
「ううん。
まだ夕陽は諦めていなかった。
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