第326話 変装の達人
少し癖のある茶髪に緊張を隠せない態度。
クラスに一人はいそうな人付き合いが苦手そうなタイプの女性。
そう、的当ての授業を担当していた昨日の女教師だ。
しかし、
「やっぱり、お前が
俺がそう言うと女教師の態度が一変し、口元がニヤリと歪む。
どう見ても楽園のメイドには見えない。顔付きも完全に日本人だ。
だが、
「さすがは我が主」
グリムゲルデは顔どころか背格好や年齢。更には性別さえも、変幻自在な魔導具を所持していた。
千変万化の仮面――対象の
ただこれ、あくまで変わるのは姿だけで
だから、普通の人が使っても簡単にボロがでる。
俺も声真似は得意だが、演技までとなるとグリムゲルデには敵わなかった。
「いつからお気付きになっていたのですか?」
「いや、お前の演技は完璧だったよ。魔力や気配も人間そのもので、まったく気付かなかった」
実際、本気で騙されていたからな。
スカジよりも隠れるのが上手いんじゃないかと思うレベルで、グリムゲルデの変装は完璧だった。
魔力を抑えるだけでなく波長さえも変えていたからな。
ここまでされると、さすがに俺でも気付かない。
「だけど、ロスヴァイセだけでなくお前も一緒だと事前に聞いていたからな。どこかに紛れているんだろうとは思っていた。となると、既に会っている可能性が高いと考えただけだ」
あとは候補者を絞っていけばいいだけだ。
生徒の中に紛れている可能性もあったが、そこまで視野を広げるとキリがないので一旦除外した。
ギルドマスターも疑いはしたが、あの人はギルドからずっと一緒だったしな。任務を放棄して、そこまでするとは思えない。なら、授業に紛れて監視しやすい位置にいるのではないかと考えた訳だ。
となれば、疑わしいのは学校の教師だ。
で、俺が昨日会って言葉を交わした教師は一人しかいない。ギルドマスターに施設の案内をしてもらったが、邪魔をしないようにと遠巻きに授業を見学するくらいしかしていないしな。
「さすがの洞察力ですね。お見それしました」
そう言って仮面を取ると、麗人が現れる。
背格好は俺と同じくらい。メイド服よりも執事服の方が似合いそうな銀色に輝くショートヘアーの女性。某歌劇団で花形を務められそうな見た目をした彼女が、グリムゲルデだ。
「そうやって、いつも傍からレミルを見守っている訳か」
「はい。状況に応じて生徒に紛れることもありますが、余りそれをするとロスヴァイセがうるさいので」
ああ、分からなくもない。千変万化の仮面は、実在しない人物には変装できない。
即ち、グリムゲルデが変装している間も、その人物は存在すると言うことだ。
たぶん昨日の女教師も、ちゃんと学校に在籍している教師なのだろう。
同じことを生徒にすれば、その生徒は授業に参加できないことになるしな。
ロスヴァイセは子供の成長を妨げる行為を嫌うので、間違いなく良い顔をしないはずだ。
「それで、僕に御用があるとのことでしたが?」
「ああ、そうだった。相談したいことがあってな」
「相談ですか?」
「ああ、他人を変装させるのも得意だろう?」
グリムゲルデにこの魔導具を与えた理由は、彼女が元々そう言ったことを得意としているからだ。
仮面抜きでもグリムゲルデの変装技術は、映画にでてくる怪盗やスパイのようにプロのレベルと言っていい。恐らくは前世が、そう言ったことを得意とする職に就いていたのだろう。
だから考えたのだ。
「俺を変装させてくれないか?
彼女に姿を変えてもらえば、顔を隠す必要もないんじゃないかと。
ずっと、いつものローブを着ているのは悪い意味で目立つしな。
昨日も注目を集めすぎて落ち着いて見学が出来なかったので、どうにかしたいと思っていたのだ。
それにレティシアから頼まれた買い物もあるし、漫画やアニメも仕入れておきたいしな。そっちは暁月椎名の姿でも大丈夫だと思うが、念には念を入れておいた方が良いだろう。
バレた時はバレた時と思っているが、面倒事を避けられるならそれに越したことはないからだ。
「そういうことでしたか。でしたら僕にお任せください。主を
いや、普通に目立たない感じで良いんだが……。
あと王子様じゃなくて、王様な?
不安になるが、他に頼める相手もいないので任せるしかなかった。
◆
「……いまの人、見た?」
「うん、誰だろう? 新しい先生かな?」
目立っていた。
目立たないようにと変装を頼んだのに、なぜか物凄く目立っていた。
どうしてこうなった。
「先生、おはようございま――」
職員寮の前でレミルの支度が終わるのを待っていると、生徒から挨拶をされた。
どうやら教師と勘違いしているらしい。
こんなところに立っていたら、勘違いするのも無理はないか。
変装の効果を確かめるために外へでたのだが、なぜか目立っているしな。
「ああ、おはよう……って、お前たちか」
「え……」
誰かと思ったら、ギャルの妹だった。
隣には、昨日の友達――黄ギャルの姿もあった。
挨拶を返したのに、なぜか固まって動かない二人。
この姿だから分からないのか?
「俺だ。声で分からないか?」
「……もしかして、先生?」
「ああ、ローブに仮面だと目立つと思ってな」
仮面の代わりに目元はサングラスで隠し、グリムゲルデが用意したスーツを着ているので分からなかったのだろう。
ちなみに変装と言っても、髪や瞳の色。あと顔付きを少し弄ってもらったくらいで、他は特に変わっていない。元の面影を残しつつ、楽園のメイドに顔付きを寄せた感じだ。
以前、月面都市で各国の代表と会合をしたことがあるのだが、その時のイメージに近い。
あの時は仮面に付与した機能で髪色を変えて顔付きを弄っていたのだが、今回はグリムゲルデの特殊技能によるものなので仮面なしでも問題ない。むしろ、素顔を晒しても問題ないようにしてもらったのだ。
髪の色は、銀ではなく
「……変か?」
「い、いえ! 凄く良いと思います!」
褒めてくれてはいるようだが、戸惑っているようにも見える。
分からないでもない。グレーの髪にアンバーの瞳とか、如何にも中二病と言った感じの見た目だしな。
俺も正直どうかと思わなくもないのだが、先代も似たような髪色と瞳の色をしていたし、魔力炉と接続すると丁度こんな感じの色合いになるんだよな。恐らくメイドたちが銀髪金眼なのと同じ理屈だと考えている。
魔力の源になる力――星の力が、身体的特徴に影響を与えるという考察だ。
なので、この方が彼女たちの主だと関係性を示すのに丁度良いと思った訳だ。
しかし、さすがに目立ち過ぎたかもしれない。
さっきから通り掛かる生徒たちが、チラチラとこちらを見てくるし……。
「か……格好いい! 物凄いイケメンじゃん! ねえ、夕陽もそう思うよね?」
「え、あ、うん……」
どうやら黄ギャルは、こういうのが好みらしい。
ギャルの妹は戸惑ってるし、この子の感性だけが特別なのだろう。
あれだ。奇抜な格好をしたロック歌手が受けるみたいなノリだ。
「そのサングラスは取らないんですか? 勿体ないですよ」
「
なにが勿体ないのか分からないが、こう答えておけば黄ギャルも納得するだろう。
別にサングラスを取っても構わないのだが、それだと今までどうして顔を隠していたのかと疑問を持たれるかもしれない。なので服装だけ着替えて、マスクの代わりにサングラスで顔を隠すことにしたと言う訳だ。
魔眼のことを伝えておけば、勝手に周囲は誤解してくれると思うしな。
「ああ、なるほど……魔眼持ちって大変ですよね」
「知り合いにいるのか?」
「ネットの友達からいろいろと聞いてて。外国の人みたいなんですけど解析系の魔眼持ちらしくて、よく相談に乗ってるんですよ」
ネットの友達とはいえ、海外の探索者とも仲が良いとか……。
さすがギャルだ。コミュ力が半端じゃない。
「でも、これはこれでありかも……。スーツと靴もオーダーメイドですよね? うわ、このブランド知ってる。最低でも一着百万くらいするメチャクチャ高い奴じゃ……」
え、これ……そんなに高いものなのか?
グリムゲルデが変装用にと用意してくれたものだから、さっぱりブランドとか分からないのだが、それを一目見ただけで見抜くとか……これが、ギャルの鑑定眼と言う奴か。
でも、オーダーメイドって、いつ用意したんだ?
確かにサイズがピッタリだなと思っていたけど……。
「うん、凄くいい。昨日の変なローブより、断然こっちの方がいいよ。先生」
変なローブ……。
やはり、ギャルの感性とは相容れないようだと、再確認するのだった。
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