第327話 乙女心と青い春

「今朝、物凄いイケメンを見たんだけど――」

「学生寮の前にいた人でしょ? アッシュグレーの髪にサングラスをかけた」

「そそ! 色白でスラーッとしてて、絵本のなかから王子様が飛び出してきたのかと思った!」


 朝早くから学校中で噂になっていた。

 女子寮が近いことから寮暮らしの生徒のほとんどが、通学の際に職員寮の前を通ることになる。そこで、外国人と思しき男性を多くの女生徒が目撃したのだ。

 思春期真っ盛りの少女たちが集まっている場所で、噂にならないはずがない。


「職員寮の前にいたってことは、新しい先生なのかな? ああ、うちのクラスの担任と交換してくれないかな……」

「先生とは限らないよ。誰かの家族かもしれないし」

「ああ、その可能性もあるのか。でも、そんな子いたかな?」


 サングラスをかけていたので顔はよく見えなかったが、それでも身に纏うオーラは隠しきれるものではない。身形や佇まいから芸能人と錯覚するほどの雰囲気を、少女たちは感じ取っていた。

 そのため、朝からその男の話題で持ちきりと言う訳だ。


「八重坂さんと隣のクラスの久遠さんが、噂のイケメンと親しげに話してたって!」

「え!? あの二人の知り合いなの!」


 誰々に彼氏が出来たと言う話だけでも、あっと言う間に学校中で噂となるのだ。

 一人が目撃すれば、連鎖的に噂は学校中を駆け巡ることになる。

 そうすると、


「みんな、おはよ――」

「八重坂さん!」

「あのイケメンは誰!?」

「八重坂さんのご家族なの! なら紹介して――」

「ちょっと抜け駆けするつもり!」


 こうなるのは必然であった。



  ◆



「酷い目に遭ったわ……」

「ご愁傷様」

「明日葉は大丈夫だったの?」

「夕陽の知り合いだからアタシはよく知らないって言ったら、皆それで納得してくれたよ。たぶん、お姉さんの関係者だと勘違いしたんじゃないかな? 有名人のお姉さんを持つと大変だね」


 裏切り者と親友を睨み付ける夕陽。

 しかし、嘘を言っている訳ではないだけに否定することも出来ない。

 実際、椎名と繋がりがあるのは明日葉ではなく八重坂姉妹の方だからだ。


「いまから午後の実習が憂鬱だよ……」

「今日の午後は……ああ、アリーナで授業かあ。と言うことは戦闘訓練?」

「うん。みんな目が血走ってたし、一斉に襲い掛かられるんじゃないかと思って……」

「さすがにそれはないと思うけど……」


 絶対にないとは明日葉も言い切れなかった。

 恋は盲目と言うが、思春期真っ盛りの少女たちの熱量を甘く見てはいけないと知っているからだ。

 夕陽の先生だと知らなければ、自分もそっち側にいたかもしれないと言うのが明日葉の本音だった。そのくらいローブを脱いだ椎名の姿は、年頃の女生徒には刺激が強すぎたからだ。


「それに苦手なんだよね。あの先生……」

「ああ、斉藤先生? あの人、Bランクの探索者らしいからエリート意識強いしね」


 アリーナの授業を担当しているのは、レミルの試験の相手を務めた斉藤だった。

 Bランクの探索者に指導をしてもらえる機会など、滅多にあるものではない。

 そう言う意味では、探索者学校の生徒は恵まれていると言っていいだろう。

 しかし、才能のあるものを優遇し、才能のない人間を蔑視するところが斉藤にはあった。


「でも、別に間違ったことを言っている訳でもないんだよね」


 ここは普通の学校ではない。探索者を養成するための学校だ。

 そのため、努力だけで超えられない壁があるのは事実で、持っても生まれた才能やスキルによる格差は確実に存在する。それを自覚しなければ身の丈に合わない無茶をして、早々にリタイアすることになる。

 だからこそ、敢えて斉藤のような人間を教師に雇用しているという側面があった。

 探索者学校は探索者を養成する教育機関であると共に、ふるいにかける場所でもあるからだ。

 しかし、夕陽はそんな斉藤の考え方が好きになれなかった。

 才能がなければ高ランクの探索者になれない。それは事実なのかもしれないが才能の一括りにしてしまうことは、その人の努力を否定しているようで納得できないからだ。


「あの先生の言っていることって、才能がなかったから自分はAランクになれなかった。そう言い訳しているように聞こえて、好きになれないんだよね」


 スキルというものがある以上、持って生まれた才能の差は確かに存在する。

 しかし、ユニークスキルがなくてもAランクの探索者にまで登り詰めた人はいる。 

 剣術や魔法と言ったスキル以外のことに才能があったのかもしれない。

 それでも、そこに至るまで周りが想像も及ばないような努力を重ねているはずだ。

 それを才能の一言で片付け、否定する斉藤の考えが夕陽は納得できなかった。

 他人を見下すことで自分に言い訳をして、逃げ道を用意しているようにしか見えないからだ。


「夕陽って大人しそうに見えて、はっきり言うよね」

「え……なにか変?」 

「そんなことないよ。夕陽のそう言うところ凄いと思うしね」


 自分には無理だと明日葉は苦笑する。

 周りの空気を読んで他人の顔色を窺うことばかりが、いつの間にか上手くなっていた。だからテレビの前で臆すことなく、はっきりと意志を語る夕陽の姉が眩しく見えて、どうしようもなく憧れてしまったのだ。

 そして、それは夕陽に対しても同じだった。

 頑固だとか融通が利かないと言う人もいるが、自分の考えを貫き通せる夕陽のことを明日葉は尊敬していた。

 そんな風になりたいと、自分を変えたいと思って探索者学校に入ったのだから――

 しかし、


「先生のことは素直になれないみたいだけど」 

「え……なんのこと?」

「自覚なしか……」


 夕陽の意外な弱点を見つけて、前途多難だと明日葉は溜め息を溢すのだった。



  ◆



「なに……都知事が探索者学校を視察訪問だと? そんな話は聞いていないぞ!?」


 初耳だとばかりに怒声を上げる総理。

 無理もない。都知事が探索者学校を視察すると言う話を、秘書官から聞かされたからだ。 

 探索者学校の生徒がボランティアとして〈GMT〉に参加することは決まっている。その準備が滞りなく進んでいるかの確認と、学生のなかにも出場予定の選手がいるため、テレビで募った応援のメッセージを直接手渡したいと言うのが表向きの理由だった。

 しかし、


「そんな建て前を聞きたいのではない。まさか、気付いているのか? どこから情報が漏れた!」


 タイミングから言って、それが本当の狙いではないと総理は考える。

 いま探索者学校には〈楽園の主〉が訪問中だからだ。

 現在の東京都知事は、探索支援庁の解体後に結成された新政党の党首だ。探索支援庁を放置した政府にも一連の責任があると追及し、都民の圧倒的な支持を得て当選した元探索者・・・・の女性が現在の都知事だった。

 都民の支持を都知事が集めた背景には、連日のマスコミの報道にも要因がある。

 探索支援庁の悪事を曝くという報道で政府の不手際を非難し、その所為で日本のダンジョン攻略が世界と比べて大きく遅れているという印象を国民に持たせてしまったからだ。

 とはいえ、探索支援庁を放置してきた責任が政府にあるのは否定できない上、ダンジョンの攻略が遅れているのは事実だ。そのため、真っ向から否定することも難しく、都知事選で大敗を喫したと言う訳だった。


「それが、元々予定されていたようでして……」

「……なに?」

「三ヶ月以上も前からテレビの番組で出場選手への応援メッセージを募っていたそうなので、元々予定されていた視察と言うのは間違いないかと」


 そう言えば、そんな話があったかもしれないと総理は記憶を辿る。探索支援庁の解体から一日も休みを取れないほど多忙な毎日を送っているため、仮に話を聞いていても気に留める余裕がなかったのだろう。

 学校を視察する程度のことは、都知事に限らず政治家なら誰もがやっていることだからだ。

 しかし、今回はタイミングが悪すぎた。


「だとすれば、気付いている訳ではないのか?」

「それでもタイミングが悪すぎます。だからと言って視察を取り止めるようにと言えば、変に勘繰られることになりますから……」

「……その視察はいつだ?」

「週明けの月曜日です。如何致しましょうか?」


 秘書官の言葉に考え込む素振りを見せる総理。

 他の問題は後で対処するにしても、とにかく〈楽園の主〉と都知事が顔を合わせないようにするのが最優先だと考え、


「その日に〈楽園の主〉との会談を入れることは可能か?」

「……幾つか予定をキャンセルすれば可能だと思います」

「なら、他の予定はすべてキャンセルしても構わない。最優先で取り計らってくれ」


 楽園の主との会談に臨む決意を固めるのだった。 

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