第323話 先生の実力

『お父様の方が本気のレミルの百倍、凄いのです』


 幾らなんでも冗談だと、天谷夜見は思っていた。

 子供の言っていることだ。大袈裟に表現しているだけだと高を括っていたのだ。

 だから〈楽園の主〉の力を確認するため、手本を見せて欲しいと話を振ってみたのだが――


(冗談じゃない! 正真正銘の化け物じゃないか!?)


 夜見は驚きと恐怖で表情を歪ませ、心の中で叫ぶ。

 この授業はスキルに覚醒した生徒が、魔力の扱い方を学ぶための授業だ。

 魔力のコントロールに不慣れな生徒では、五十メートル先の的に当てることも難しい。一番奥の二百メートルの的に当てられれば、二年生のなかでもトップクラスの実力を持っていると言えるだろう。

 それを――


(初級の魔法とはいえ、百個も同時に発動して、すべて的に命中させるなんて……)


 人間業ではない。仮に魔導具を使っているのだとしても、百もの魔法を同時に発動してコントロールすることなど、Aランク探索者の夜見ですら出来ることではなかった。

 そもそも的当てのトレーニングは、一発ずつ確実に命中させるのが基本だからだ。


(教師は……腰を抜かして動けないみたいだね)


 無理もないと思う。探索者学校の教師の平均はCランクと言ったところだ。

 Bランク以上の高ランクの探索者になると、ダンジョンに潜った方が遥かに実入りが良いため、自分から教師になろうとする物好きは少ない。怪我やパーティーの解散を切っ掛けに探索者を引退し、安定した収入を求めて教師になる者が大半だった。


「さすがは主様です」

「お見事です。ご主人様」

「お父様、凄いのです!」

「褒めすぎだ。この程度、ちょっと練習すれば誰でも出来るだろう?」


 出来るか! と、心の中で再び叫ぶ夜見。

 ちょっと練習したくらいで、こんなことが出来たら苦労はない。それが可能なら探索者学校の生徒が全員、今頃はAランクになっていることだろう。やはり、この化け物には常識が通用しないと夜見は悟る。

 いまから二年半前、夜見と同じAランク探索者の〈怪力無双〉こと東大寺とうだいじじんが〈楽園の主〉と思しき人物と遭遇し、まるで子供のように軽くあしらわれたと言う事件があった。

 当時は本気でその話を信じてはいなかったが、いまなら東大寺が嘘を吐いている訳でも、話を誇張していた訳でもなかったことが分かる。むしろ、それでも控え目に話をしていたのだと――


(この様子だと〈皇帝〉の噂も本当みたいだね……)

 

 トワイライトの誘いに乗って正解だったと、夜見は心の底から思う。

 最悪、自分も〈皇帝〉のように消されていた可能性が否定できないからだ。

 絶対に敵に回してはダメな相手だ。

 慎重に対応する必要があると、改めて考えさせられるのであった。



  ◆



「凄かったな。レミルの親父さん……」

「うん。さすが八重坂さんの師匠だけあるよね」

「Aランクの探索者なのかな? あれだけ凄いんだから、たぶんそうだよね」


 興奮を抑えきれない様子で、授業のことを話す生徒たち。探索者を目指している以上、高ランクの探索者に憧れるのは当然のことで、はじめて見た強力な魔法に興奮を隠せないのも必然であった。

 とはいえ、彼等はまだスキルに目覚めたばかりのひよっこに過ぎない。そのため、椎名がどのくらい凄いことをやったのかを理解している生徒は少なかった。

 しかし、


(やり過ぎだよ。先生……)


 少数ではあるが、しっかりと理解している生徒もいた。その一人が夕陽だ。 

 Aランク探索者の姉を持つため、高ランクの探索者が大凡どの程度かと言うのを夕陽は理解していた。

 初級の〈魔法の矢〉とは言え、あれだけの数を同時に発動して的に命中させるなど、はっきりと言ってAランクの探索者にも出来ない。ユニークスキルなら、もしかしたら似たような真似が出来る探索者もいるかもしれないが、少なくとも夕陽はあれほどの精度で魔法を放てる探索者を知らなかった。

 しかし、ほとんどの生徒たちはそれを理解していないようで、不幸中の幸いだと夕陽は胸を撫で下ろす。


「怪しい……」


 しかし、夕陽以外にも気付いている生徒がいた。

 腰元まで届く赤毛の髪を左右で束ね、猛禽類のように鋭い目つきをした彼女の名は一文字いちもんじ朱理あかり。夕陽と同じ生徒会のメンバーにして、学年トップの成績を誇る天才。将来を有望視される若手探索者の一人だ。

 そして、日本で確認された八人目・・・のユニークスキル保持者でもあった。

 二年生にして既にBランクの探索者資格を持っており、ダンジョンも中層まで攻略を進めている実力者だ。そのため、椎名の力が高ランクの探索者と比較しても、逸脱していることに気付いたのだろう。

  

「ねえ、八重坂さん。あの黒いローブの怪しい人、あなたの師匠なのよね?」

「う、うん……まあ、一応……」

「あんな格好をしたAランクの探索者がいるって聞いたことがないんだけど、あの人もお姉さんみたいに〈トワイライト〉所属なの?」

「う、うん。が、外国の人でね。こっちの常識にちょっと疎いっていうか……」

「そう言えば、〈トワイライト〉はアメリカの企業だったわね。だとすると、アメリカの探索者なのかしら……」


 取り敢えず上手く誤魔化せたようなので、安堵の溜め息を漏らす夕陽。

 嘘は言っていない。〈月の楽園エリシオン〉も外国と言えば、外国だからだ。

 とはいえ、


(これ以上、誤魔化すのは無理かも……)


 バレるのは時間の問題だと、夕陽は頭を抱えるのだった。



  ◆



 威力は十分に抑えたつもりだったのだが、的を交換する必要があるとかで授業を中断することになった。

 正直、生徒たちには悪いことをした。張り切って手本を見せようとして力みすぎてしまったようだ。

 このくらいで力加減を間違えるとか、俺もレミルのことを言えないな。

 そのため、責任を取って壊れた的を直そうかと提案はしたのだが――


「お気持ちだけで十分です。ここは担当の先生にお任せして、次に行きましょう」


 と、ギルドマスターが言うものだから後片付けを担当の教師に任せて、学校の施設を案内してもらうことになったと言う訳だ。

 微妙な空気になっていたし、また気を遣ってくれているのだろう。

 しかし、本当に大きな学校だ。建物も新しくて綺麗だし、設備も充実している。

 食堂だけでも二つあって、他にもカフェテリアやコンビニが敷地内にある充実振りだ。訓練用の施設も様々なものがあるらしく、さっきの的当ての訓練場以外にも体力や筋力作りのためのジムや、実戦形式の訓練を行える闘技場アリーナもあるそうだ。レミルが壊したと言っていた施設だな。

 かなり、設備にお金をかけているみたいだ。

 逆に言うと、それだけ教育に力を入れた学校とも言えるだろう。


「良い学校だな」

「そう言って頂けると嬉しいのですが、これも〈トワイライト〉が多額の出資をしてくださったお陰です。以前は食堂も一つしかなく、生徒から不満の声が多く寄せられていたようなので……」

「そんなに予算不足だったのか?」

「歴代のギルドマスターがギルドの資産を私物化していたことも原因の一つではありますが、探索支援庁に多くの資金が流入していたようです。そのため、設備の充実を図るのが難しかったのかと……」


 やっぱりどこにでもいるんだな。そういう金に汚い奴が……。

 しかしまあ、探索支援庁と言うのも解体されたと言う話だし、この学校を見る限りでは良い方向に改善が進んでいるのだろう。

 あの総理。苦労人の雰囲気が漂っていたけど、優秀な人だったんだな。

 こういう改革を成し遂げられる政治家と言うだけで、尊敬に値する。


「あれは?」

「学生寮ですね。学生の多くは地方の出身なので」


 ギルドマスターの話によると探索者学校は市内にある二校だけらしく、学生の多くが地方の出身らしい。

 言われて見ると、それもそうかと納得する。ダンジョンはここ鳴神市にしかないからな。近くにダンジョンがなければ実習を行えないので、学校を増やそうと思っても簡単に増やせないのだろう。


「レミルも学生寮で生活しているのか?」

「ユウヒと同じ部屋なのです!」


 もしかしてと思っていたら、やはり寮生活をしているようだ。

 ギャルの妹と仲良くやっているとは聞いていたが、寮の部屋も同じとはな。

 随分とよくしてもらっているみたいだ。

 レミルが世話になっていることだし、授業の邪魔をした負い目もある。


「ロスヴァイセ。相談があるんだが――」


 なにか俺に出来ることはないかと考え、ロスヴァイセに相談するのだった。

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