第322話 授業見学

 理事長室へ案内された訳だが、


「お待ちしておりました。ご主人様」


 どう言う訳か、スーツに眼鏡姿のロスヴァイセが出迎えてくれた。

 出来る秘書と言ったイメージで長い銀色の髪を頭の後ろで束ね、メイド服ではなくグレーを基調としたスーツに身を包んでいる。だが、その大きな胸はスーツで隠し切れないようで、胸元が少しはだけていた。


「理事長代理、ご無沙汰しております」


 ギルドマスターが『理事長代理』と呼んで、ロスヴァイセに頭を下げる。

 服装が秘書ぽいとは思っていたが、まさか理事長の代理をしているとは思ってもいなかった。

 てっきり教師として潜り込んでいるものと思っていたからだ。

 しかし、


「代理?」

「はい。私はレギル様の名代なので」


 代理と言うことは誰が理事長なのかと思ったら、やはりレギルのようだ。 

 そんな予感はしていたのだ。なにせ〈トワイライト〉が出資しているという話だしな。経営権を譲り受けたスカジが話をしていたし、それが理事長のポストのことだったのだろう。


「本当は自身でご主人様を出迎えたかったようですが、どうしても外せない仕事があるらしく……」


 頬に手を当て、溜め息を交えながら話すロスヴァイセ。そんなことだろうとは思っていた。

 楽園で一番忙しいメイドは誰かと聞かれれば、レギルだと答えられるからだ。

 メイドの仕事をこなしつつ〈トワイライト〉の代表としての仕事もこなしている訳だしな。その上、探索者学校の理事長までとなると、さすがのレギルも兼任は難しいのだろう。 

 体力的に問題なくても分身・・でもしない限りは物理的に不可能だからだ。

 いや、レギルなら出来そうか? レギルの〈魔王の権能ディアボロススキル〉なら、やろうと思えば出来なくはなさそうだ。既にスキルを駆使して仕事を回している気がしなくもない……。

 今度、会ったら確認しておくか。


「スカジ様もようこそお越し下さいました」

「久し振りね。あなたとこうして顔を合わせるのは半年振りかしら?」

「はい。お嬢様の編入試験の時ですから、丁度そのくらいかと」

「試験?」


 意外な話を聞いて、首を傾げる。

 ロスヴァイセの言う『お嬢様』と言うのはレミルのことだ。しかし、レミルが学校に通っているのは聞いていたが、ちゃんと試験を受けて通っているとは思ってもいなかった。

 レギルが裏から手を回して、入学したものと思っていたからだ。


「よく合格できたな」

「お父様、失礼なのです。レミルはやれば出来る子なのですよ。レギ姉もそう言ってたのです」


 それ、褒めている訳じゃないと思うぞ?

 普段から、もっと真面目にやれと言う意味だと思う。


「八重坂夕陽に勉強を教わっていたようです。お嬢様がボロをださないためにも、編入試験を実施した方が良いとレギル様が仰って」


 ああ、うん……。隠しごとが出来る性格じゃないからな。

 編入試験? なんですか、それ?

 とか口にしようものなら余計な軋轢を生みそうだ。

 この学校に入るには、かなりの倍率を潜り抜ける必要があるみたいだしな。

 頭の良し悪しよりも適性・・を重視していると言う話だが――


「ただ、筆記試験は問題なかったのですが、実技の方が……」


 実技?

 むしろ、そっちの方が得意そうだが――


「訓練用の施設が吹き飛びました。もう少し止めるのが遅かったら、試験官の命はなかったでしょう」


 異世界転生の主人公みたいなことをしていた。

 レミルは手加減が苦手だからな。予想できた結果とも言える。

 なのにメイドたちではなく、普通の人間が試験の相手を務めたのか?

 自殺行為としか思えないのだが……。


「とはいえ、良い薬になったと思います。元Bランクの探索者らしく、子供を相手に優越感に浸っている様子でしたので」


 ああ、うん。それで試験官に、その教師を使ったと言う訳ね。

 ロスヴァイセは人間に対して友好的だが、誰にでもと言う訳ではない。

 子供と大人への対応に大きな差があるのだ。

 特に子供を虐げたり、子供の成長を妨げるような大人には容赦がない。

 その試験官はロスヴァイセの逆鱗に触れることをしたのだろう。


「その男には心当たりがあります。前のギルドマスターの腰巾着をしていた男かと……」


 ご迷惑をおかけしました、と頭を下げるギルドマスター。

 ギルドマスターが謝るこようなことではないと思うのだが、どこにでもそういう奴はいるしな。

 そうこうしていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、


「お昼休みが終わったみたいですね。お嬢様、そろそろ教室にお戻りください」


 ロスヴァイセが教室に戻るようにとレミルを注意する。

 しかし、


「嫌です。もっと、お父様と一緒にいたのです!」


 レミルは反論する。こうなるような予感はしていた。

 再会してから、ずっと俺の首に手を回して背中にくっついたままだしな。

 これは寂しさが限界突破して、甘えモードに入った時の行動だ。工房に何週間も引き籠もっていた時、何日もレミルが離れてくれないことがあったのだが、あの時とやっていることが同じだった。


「お嬢様……ユミル様に報告しますよ?」

「レミルはお父様から今日は離れないと決めたのです。ユミ姉に言っても別にいいのです」


 ユミルの名前を持ちだしても、頑なに譲ろうとしないレミル。

 これは無理だな。こうなったレミルに言うことを聞かせるのは至難の業だ。

 俺が言ったところで、いまのレミルを宥めるのは難しいだろう。


「次の授業はどこでやるんだ?」

「ご主人様? まさか……」


 レミルが離してくれないのだから、それしか方法がないだろう。

 それに探索者学校の授業にも興味があったしな。

 丁度良い機会だと考え、授業を見学させてくれないかとロスヴァイセに頼むのだった。



  ◆



「ほ、本日はよろしくお願いします!」


 ガチガチに緊張した面持ちで、腰を九十度曲げて頭を下げる茶髪の女性。

 生徒たちに魔導具の使い方をレクチャーしている魔導具専門の教師らしい。

 Cランクの探索者らしく、魔導具技師の資格証明書ライセンスを持っているそうだ。

 魔導具の職人にも資格なんてあったんだな。はじめて知った。

 しかし、


(あれって、ギャルの妹だよな?)


 実技は複数のクラスが合同で受けるらしく、百人以上いる生徒たちのなかにギャルの妹の姿があった。

 二年前と比べると随分と成長しているが、ギャルの妹で間違いない。

 あ、いま目が合ったよな? なんか、顔を背けられたけど……。

 もしかして怒っているのだろうか?

 なにも言わずに二年も留守にしていた訳だしな。怒っていても仕方がない。


「これから、なにをするんだ?」


 取り敢えずギャルの妹のことは脇においといて、授業の内容を教師に尋ねる。

 あとで誠心誠意謝れば、きっと許してくれるだろう。

 

「は、はい。今日は的当てをします。〈風の矢〉が付与された魔導具を使って、あそこにある的を狙ってもらいます」


 なるほど。そうやって魔導具の使い方と魔力操作を教える訳か。

 一番近い的との距離は五十メートルほどあり、全部で百個の的が設置されているみたいだ。

 察するに全部の的・・・・に当てれば、課題クリアと言ったところかな?

 子供には難易度が高いように思えるが、ここは探索者学校だ。

 俺が思っているよりも、実力のある生徒が大勢いるのかもしれない。

 なにせ魔力を制限しているとはいえ、レミルと競い合えるくらいだしな。


「折角の機会なので、よろしければ生徒たちに手本を見せて頂けないでしょうか?」


 見学だけのつもりだったのだが、ギルドマスターから手本を見せて欲しいと頼まれた。

 先生も緊張しているみたいだし、生徒たちも戸惑っている様子が見て取れる。

 そのため、場に馴染めるようにと気を遣ってくれたのだろう。

 なら、ここは期待に応えるべきだな。


「レミル。少し離れてくれるか?」

「嫌なのです。そう言って、またどこかに行くつもりなのです」


 やはり、まだ離れてくれる気はないみたいだ。

 もう、このままでいいか。

 難易度が高いと言っても、生徒のために用意された訓練だしな。

 この程度なら〈カドゥケウス〉を使うまでもない。


魔法式並列展開マルチプルスペル


 指輪に魔力を込め、魔法式の展開に意識を集中する。

 頭上に展開される無数の魔法陣。そこから、


百の雨ハンドレッドレイン


 色とりどりの魔法の矢が放たれ、すべての的を同時・・に射貫くのだった。 

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