第321話 夕陽の先生

「なんか元気がないね。お疲れ?」

「ああ、うん……ちょっと、いろいろとあってね」


 お昼休み。お気に入りの場所で弁当を食べていると、友人に心配をされ、少し困った顔で夕陽は言葉を濁す。

 黒髪のお嬢様と言ったイメージの夕陽とは対照的に、肩ほどのウェーブがかった明るい髪をした彼女の名は久遠くおん明日葉あすは。探索者学校へ進学する前、夕陽が通っていた都内の学校で知り合った中学からの友達だ。

 夕陽の通っていた中学は都内でも有数の進学校で、探索者学校へ進学する生徒は変わり者扱いだったのだが、夕陽が探索者学校への進学を考えていると話してもバカにするどころか、一緒に頑張ろうと言ってくれた親友とも言える存在だった。

 クラスは別になってしまったが、いまも仲良くしており、こうしてよく中庭のベンチで一緒に昼食を取ることが多かった。


「もしかして、またお姉さんのことでなにかあった? 入学したての頃は大変だったもんね。まあ、あの〈戦乙女ヴァルキリー〉がお姉さんじゃ無理もないけど」


 夕陽の姉は〈トワイライト〉に所属する探索者であることから取材を受ける機会が多く、雑誌やテレビと言ったメディアへの露出が目立っていた時期があった。それもあって、探索者を目指す若者たちを中心にカリスマ的な存在になっていると言う訳だ。

 明日葉も〈戦乙女〉に憧れて、探索者になることを決意した一人だった。

 ギャルぽい見た目をしているのも 夕陽の姉への憧れからだ。


「お姉ちゃんのこと、本当に好きだよね。明日葉は……」

「憧れない人なんていないっしょ。まさにギャルのカリスマって感じで」

「ああ、うん……」 


 姉が褒められて悪い気はしないが、そっちなのと複雑な気持ちになる夕陽。

 とはいえ、そんな彼女だからこそ、気兼ねなく友人として付き合えると言うのもあった。

 実際〈戦乙女〉の名を聞くと、どうやったらAランクになれるのかとか、〈トワイライト〉に入るにはどうすればいいのかとか、探索者に関する質問を浴びせてくる生徒がほとんどだ。

 明日葉のように「お姉さんはどんなネイルを使ってるの?」「あの体型を維持するのになにを食べてるの?」と他のことに興味を持ち、カタチから入ろうとするのは彼女くらいであった。

 以前、明日葉から質問攻めにあった姉が、見たこともない表情で圧倒されていたのが、いまも夕陽は忘れられずにいるくらいだ。


「でもまあ、覚悟の上でしょ? 八重坂・・・を名乗るって決めた時から」


 都内の中学に通っている頃は、母方の姓を夕陽は名乗っていた。

 理由は〈トワイライト〉に所属する探索者の姉が有名になりすぎたことと、夕陽の足の治療に使用された霊薬の情報を伏せる必要があったためだ。

 と言うのも、日本では探索支援庁の打ち出した政策によって〈古代遺物アーティファクト〉の所有が制限されていた。その制限のなかに霊薬と言った稀少な魔法薬も含まれており、妹の治療のためとはいえ、ギルドの了承なく勝手に霊薬を使用した夕陽の姉が罪に問われる可能性があったからだ。

 それに、どんな怪我でも治療が可能な霊薬を欲している人々は、世界中にごまんといる。そのため、霊薬のことが広まれば、夕陽にも非難が向かう可能性があった。

 状況が大きく変わったのは、一年ほど前のことだ。

 市場に僅かではあるが霊薬が流通するようになり、探索支援庁の解体によってギルドのルールも大幅に見直された。ギルドへの申請と登録が必要になるが、危険なものを除いて〈古代遺物アーティファクト〉の個人所有が認められるようになったのだ。

 だからと言って、夕陽の姉が有名人であることに変わりは無い。面倒事を避けるのであれば、このまま母方の姓を名乗って高校に通うことも出来た。なのに夕陽は名を偽るの止め、本来の名前で高校へ通うことを決断したのだ。


「うん……そこは自分で決めたことだから覚悟してる」


 当然、姉と比較されるのを覚悟してのことだ。

 それでも八重坂の姓を名乗ると決めたのは、明日葉と出会ったからだった。

 自分を偽ることなく真っ直ぐ直向ひたむきに夢へ向かって邁進する彼女の姿を見て、自分も負けてはいられないと元気付けられたことが理由として大きい。

 それに自分のために命の危険を冒してまで〈霊薬〉を手に入れてくれた姉や、絶望していた自分に生きる希望をくれた椎名のように、人を助けられる職人クラフターになりたい。それが、夕陽の願いだった。

 そのためにも、自分を偽って生きるのは止めにしたのだ。

 とはいえ、


「悩んでいるのは、そのことじゃなくてね……」


 煮え切らない反応を見せる夕陽。

 自分で決めたことなのだから、そのことで愚痴を溢すつもりはない。

 しかし、


「私に魔法薬の作り方を教えてくれた先生がいることは前に話したよね?」

「うん、お姉さんもお世話になってる〈トワイライト〉の偉い人でしょ?」

「その人が学校にくるらしくてね」


 夕陽の話を聞き、そういうことかと察した様子を見せる明日葉。

 恐らく姉の時と同様、クラスメイトから質問攻めにあったのだと――

 疲れた表情をしていた理由は分かったが、


「なにか問題なの?」


 なにが問題なのか、明日葉には分からなかった。

 その先生のことを夕陽がとても尊敬していることは知っているからだ。

 憧れの先生と会えるのだから喜びこそすれ、困るようなことはなさそうだと思ったのだろう。

 

「先生に会えるのは嬉しいよ。でも、そう単純な話じゃないというか……」


 夕陽の言っていることがよく分からず、首を傾げる明日葉。

 しかし、自分の先生が〈楽園の主〉だと明かすことも出来ず、夕陽は頭を抱える。

 そんな困った様子の夕陽を見て、


「夕陽の先生を、アタシに紹介してくれない?」

「え……」

「前から会ってみたかったんだよね。噂の先生に」


 明日葉は片目を瞑りながら、夕陽の先生に会わせて欲しいとお願いするのだった。



  ◆



「あの……お身体は大丈夫なのですか?」


 駆け足で近付いてきたギルドマスターに心配される。

 一瞬なんのことか分からなかったが目の前の惨状を見て、レミルのタックルのことかと察する。

 舗装された道に亀裂が走り、周りの樹木も倒れて酷い有様になっていたからだ。


「ああ、このくらい慣れているから問題ない」


 実際、魔力障壁とローブのお陰でダメージはないしな。

 油断をしていたので大袈裟に吹き飛ばされてしまったが、いつものことだ。

 さすがに一般人にこれをやると心配だが、俺以外にはやらないように注意してあるので大丈夫だろう。


「えへへ……お父様なのです」


 後ろから首に手を回して抱きつき、子供のように甘えてくるレミル。

 学校に通い始めたと聞いていたので、少しは成長したのかと思っていたが、まだまだ子供のようだ。

 とはいえ、あれから二年も経っている訳だしな。

 俺も負い目があるし、今日くらいは好きなようにさせてやるか。


「……お子様がいらしたのですか?」


 あれ? もしかしてギルドマスターは知らなかったのか?

 ギルドが運営する学校という話だから、てっきりレミルのことを知っていると思っていたのだが、レギルから説明を受けていないのだろうか?


「ああ、レミルは俺の娘だ。その様子だと知らなかったみたいだな」

「は、はい……驚いています。〈トワイライト〉から留学生の話は聞いていましたが……」


 やはり説明を受けていなかったようだ。しかし、よく今までバレなかったな。

 レミルは隠しごとが出来るタイプではないし、ユミルに匹敵する魔力と身体能力を備えている。

 目立ちそうなものだが、誰も疑問に持つことはなかったのだろうか?

 いや、待てよ? そう言えば――


「レミル。魔力を抑えられるようになったのか?」


 レミルから感じ取れる魔力量が随分と小さい。

 だから、レミルの接近にギリギリまで気付かなかったのだろう。


「ロス姉に力を抑えてもらっているのです」

「ああ、それでか」


 レミルの話を聞いて、ようやく合点が行く。

 ロス姉と言うのは〈九姉妹ワルキューレ〉の一人、ロスヴァイセのことだ。

 最初は子供に好かれる性格をしていることから選ばれたものだと思っていたのだが、恐らくレミルの力を抑えるためにロスヴァイセが選ばれたのだろう。彼女の所有する魔導具であれば、それが可能だからだ。


「……これで、魔力を抑えているのですか?」


 周囲の惨状を見ながら、信じられないと言った表情を覗かせるギルドマスター。

 無理もない。魔力を制限して尚、ギルドマスターと同じくらいの魔力量を感じるからな。ロスヴァイセの魔導具は並の相手であれば完全に魔力を封じることが出来るはずなのだが、レミルが相手ではこれが限界だったのだろう。


「お父様の方が本気のレミルの百倍、凄いのです」


 いや、それは幾らなんでも盛りすぎだ。

 魔力炉を使っても、そこまでの魔力はだせないぞ?

 でもまあ、元気にやっているみたいで安心した。

 学校に通っていると聞いて、ちゃんと馴染めているのか心配ではあったからだ。


「主様。少し周囲が騒がしくなってきたので、場所を変えた方がよろしいかと」


 スカジに言われて周りを見渡すと、騒ぎを聞きつけた生徒たちが集まってきていた。

 遠巻きに様子を窺っている姿が確認できる。

 ああ……時間的に丁度、昼休みと言ったところだしな。

 状況を察したギルドマスターが生徒たちに教室へ戻るようにと指示を飛ばし、


「理事長室へご案内します。どうぞ、こちらへ」 


 背中からレミルに抱きつかれたまま、理事長のもとへ案内されるのだった。

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