第320話 トワイライトの役割

 ギルドからの連絡を受け、対応を協議するため、首相官邸では緊急の閣僚会議が開かれていた。


「マスコミへの対応はどうなった?」

「いまのところ各社共に報道規制に従っているようですが、一部勝手な動きをしている記者もいるようでして……」


 頭痛を堪えるように、こめかみを押さえる総理。

 情報を漏洩させたギルドにも言いたいことはあるが、それ以上にマスコミの軽率な行動に頭を抱えていた。

 相手は楽園だ。それも、あの〈楽園の主〉だ。

 どのような存在かを理解していれば、軽率な真似など出来るはずもないからだ。 


「日本を滅ぼしたいのか? あの連中は……」

「総理。それはさすがに……」

「考えすぎだと思うかね? あの〈皇帝〉だけでなく〈剣聖〉も敗北したと聞く。その上、グリーンランドを浮かせるような存在なのだぞ? 欧州では、神の奇跡だと騒がれているそうだ」


 冗談のような話だが、実際にグリーンランドは今も空に浮かんでいるのだ。

 月面都市から寄せられた報告書にも、信じがたい話が記されていた。

 人や建物。街にあるすべてのものが、黄金に変化したと報告書にはあったのだ。

 いまは元に戻っているそうだが、 夢でも見ていたのではないかと思う内容の報告だ。しかし、グリーンランドの一件を考えると、安易に誤報と片付けることは出来なかった。

 神の奇跡を体現する存在。〈楽園の主〉の力は想像を絶しているからだ。

 最低でもSランク以上の脅威と捉えるべきだと、総理は考えていた。


「防衛大臣。キミの意見を聞かせてくれ。自衛隊なら対抗できると思うかね?」

「……難しいでしょう。ご存じの通り、Bランク以上の探索者の力は近代兵器を凌駕します。仮に〈楽園の主〉がSランクに相当する力を持っているのだとすれば、その力は国家レベルに相当すると考えるべきです」


 自衛隊の隊員の多くは、Cランク相当の戦闘能力しかない。虎の子の特殊部隊でも平均がBランク。Aランク相当の隊員は数えられる程度しかいない。相手がSランクでは、鎧袖一触される未来しか見えなかった。

 Sランクの力は、単独で軍隊と渡り合える国家レベルに相当するからだ。

 ましてや〈楽園の主〉の力がSランク相当と言うのは、希望的観測に過ぎない。

 ロシアやイギリス。それにグリーンランドの件を考えると、それ以上の力を秘めている可能性が高いと、防衛省の分析でも示されていた。

 ましてや――


「楽園のメイドの実力は、最低でもAランク以上と想定されています」


 相手は〈楽園の主〉だけではない。人外の力を持ったメイドたちがいるのだ。

 Aランク以上の力を持った集団が敵に回るなど、想像もしたくないと言うのが防衛大臣の考えだった。

 ダンジョンが現れる前とでは、戦争のカタチも大きく変わっているからだ。

 最新の戦車や戦闘機を凌駕する戦闘力を持った個人が、どれほどの脅威となるかはイメージすれば分かり易いだろう。

 銃弾程度では、Bランク以上の探索者に傷を負わせることは難しい。かと言って、車よりも高速で移動する人間にミサイルを当てることは更に困難を極める。Sランクともなれば、音速を超える速度で移動することも不可能ではないのだ。

 更に彼等にはスキルがある。

 物理法則を無視した超常の力。これに対抗できるのは、同じくスキルに覚醒した探索者だけだ。

 だからこそ、どこの国でも高ランクの探索者の出入国には制限が設けられている。


「やはり、入国を許可するべきではなかったのでは?」


 そのため、そういう意見がでてくるのも必然であった。

 しかし、外務大臣の問いに対して総理は――


「どのような理由で断るつもりなのかね?」

「それはギルドの規約を盾にすれば……」

「彼等は探索者ではない。ギルドの協定にサインをしていなければ、加盟もしていないのにギルドのルールを理由に入国を拒絶するのかね? それに〈トワイライト〉はアメリカの企業だ」


 楽園のメイドたちの身元は、アメリカ政府が保証していると言うことになる。

 実際〈トワイライト〉から提出されている書類は、アメリカの証明書が使われていた。

 それに日本が楽園の入国を拒否すると言うことは、同じことをされても文句は言えないと言うことだ。日本だけが月面都市へ人員を派遣できないなんてことになれば、被る損失は経済的なものだけではない。


「それに〈トワイライト〉が我が国から撤退すれば、影響を受けるのは探索者たちだけではない。彼等の提供する高品質な魔法薬を、どれだけの人々が必要としているのか、キミたちも理解しているだろう?」 


 魔法薬を必要とする人々は探索者だけではないからだ。

 現在では完治の難しい怪我や後遺症の治療にも、魔法薬が使用されていた。

 そして〈トワイライト〉で扱っているレベルの高品質な魔法薬は、いまのところどの国でも安定供給が難しい状況だ。〈トワイライト〉の薬が手に入らなくなれば、一般人には手が届かない金額にまで薬の価格は高騰するだろう。

 ただでさえ、治療を受けるのに何年も待つ人たちがいる中、そんなことになれば混乱は必至だった。

 それに――


「それだけではない。〈魔法石マナストーン〉の件もある」


 一文字鉄雄が公表した〈魔法石マナストーン〉の製造法は、世界に衝撃を与えた。

 魔法石には、スキルの保存機能が備わっていたからだ。

 即ち、これまで不可能とされてきた古代遺物アーティファクトの再現が可能になると言うことだ。

 現状では、科学でも代用が可能な程度の魔導具しか再現できていないが、いずれはマジックバッグのような魔法のアイテムが量産される日もやってくると考えられていた。

 そのため、いま世界中で魔導具の開発競争が加速している状況だ。

 だが、これにも問題がない訳ではなかった。

 肝心の〈魔法石〉の生産が追いついていないからだ。

 

「現状、我が国でも〈魔法石マナストーン〉を製造できる職人は限られる。そのため、まったくと言って良いほど数が足りていない状況だ」


 ダンジョンで採れる魔石を加工することで〈魔法石〉は作られる訳だが、魔石を〈魔法石〉に加工するには高度な魔力操作の技術を必要とすることから、現状では限られた職人にしか作れない状況にあった。

 そこで登場したのが〈トワイライト〉の〈魔法石〉だ。

 ギルド加盟国を上回る供給量で〈魔法石〉の販売を〈トワイライト〉がはじめたことで、世界の魔導具開発は一気に加速した。

 現状、世界全体で流通している〈魔法石〉の六割が〈トワイライト〉から販売されているものだと言うのだから、どれほど〈トワイライト〉に依存しているかが分かるだろう。

 そんななか〈トワイライト〉の〈魔法石〉が手に入らなくなれば、日本は魔導具の開発競争でも世界に後れを取ることになりかねない。


「楽園とは、これからも良好な関係を構築していくしかない。そのためにも、彼等を刺激するような真似をされては困るのだ」


 だからこそ、総理は楽園との関係構築の重要さを強調する。

 アメリカとの関係も考えれば、それしか日本が取るべき道はないと言うのが、正直なところなのだろう。

 その点からもマスコミの動きは、総理にとって頭の痛い問題だった。


「少しでも怪しい動きをする者がいれば、なんでもいい。理由をつけて拘束しろ」

「マスコミの反発も予想されますが……」

「それでも、この国がなくなるよりはマシだ。全責任は私が取る」


 総理の覚悟を察して閣僚たちは頭を下げ、すぐに対策を講じるべく行動を開始するのだった。



  ◆



「ここが探索者学校か」


 想像していた以上に大きな学校だ。

 高校と聞いていたのだが、大学のキャンパスを思い出す。

 全国から探索者志望の生徒が集まってくると言う話だし、このくらいの大きさが必要なのだろう。


「どのくらいの数の生徒がいるんだ?」

「市内に二つの学校がありますが、こちらは六千人ほどですね」


 めちゃくちゃ多かった。まさにマンモス校だ。

 ギルドマスターの説明によると市内には二つの探索者学校があり、もう一つの方は国が運営しているらしい。こちらはギルドが設立した養成学校と言う話だが、規模的にはどちらも変わらないそうだ。

 ただ、国立の方が授業料が安いらしい。

 その分、入学審査が厳しいそうなのだが、その点は普通の学校と変わらなさそうだ。


「〈トワイライト〉も出資してるという話だったな」

「はい。レギルが経営権の一部を譲り受けたと言っていました」

「先代のギルドマスターがギルドの資金を横領していたらしく、探索支援庁が解体されて政府からの援助も期待できない状況でしたので、ギルドの再建にあたって〈トワイライト〉には多額の出資をお願いしております。探索者学校ここも、その一つですね」


 スカジとギルドマスターの話を聞くに、またレギルがいろいろとやっているみたいだ。どこか疲れた表情のギルドマスターを見るに、援助を盾にいろいろと要求されたと言ったところだろう。

 とはいえ、力になれそうにない。

 トワイライトの経営については、すべてレギルに一任しているしな。

 素人の俺が商売について意見したところで、上手く行くはずもないからだ。


「――――さま!」


 ん? いま懐かしい声が聞こえた気が……。

 なにかが土埃を巻き上げながら、物凄い速さで近付いてくるのが確認できる。

 ああ、うん。もう察しが付いた。


「お父様!」


 目にも留まらぬ速さでタックルをかましてくる小さな影。

 その勢いのまま二百メートルくらい吹き飛ばされて、やっぱりかと溜め息を吐く。


「久し振りだな、レミル。元気にしてたか?」

「はいなのです!」


 青みがかった銀髪に金色の瞳。

 小さな影の正体は、俺の娘――レミルだった。

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