第305話 神降ろし
ヘルムヴィーゲとエレベーターが来るのを待っていたら、
「シーナ!?」
停止したエレベーターの中からエミリアが現れた。
俺たちを見て随分と驚いている様子だが、こっちも驚かされた。
まさか、エレベーターを待っていたらエミリアが先に乗っているとは思わないしな……。
「ここで会えて良かったわ。実はシキからホテルのロビーで探索者が騒ぎを起こしたって聞いて……」
ああ、驚いていたのは、そう言うことか。
話を聞いて、慌てて俺の姿を捜していたのだろう。
とはいえ、
「その件なら、もう話し合いは終わったぞ?」
「え?」
「ギルドマスターが来ていたけど、話は聞いていないのか?」
てっきりエミリアにも話が通っているのかと思っていた。
ギルドマスターがギルドの代表として、話し合いに参加していたからだ。
でも、この様子だと知らなかったみたいだな。
「聞いてないわ。さっきまでアイリスと一緒にいて……。ああ、もう! あの子、態と私に情報を上げなかったわね!」
よく分からないが、どうやら本当になにも聞いていないらしい。
一応、エミリアってギルドの理事なんだよな?
それで知らないって、ギルドマスターと上手く行っていないのだろうか?
ああ、でもうっかり報告を上げ忘れていた可能性も十分にありそうだ。
悪い人ではないと思うのだが、残念美人さんだしな。
「ギルドマスターと上手く行っていないのか?」
「そんなことはないと思うけど……シャミーナは私の教え子の一人だから」
初耳だ。まさか、残念美人さんがエミリアの生徒だったとは――
そう言えば、金髪美少女もエミリアの教え子って話だったな。
こっちの世界でも、エミリアの面倒見の良さは変わらないようだ。
「それで……話し合いはどうなったの?」
「問題にするつもりはないから安心しろ。ただ、少し釘を刺させてもらったけど」
「それは当然よね。どんな理由があるにせよ、迷惑を掛けたことに変わりはないのだし……」
とはいえ、まだ問題が完全に解決した訳ではないんだよな。
どう言う答えをだすにせよ、俺はサーシャの考えを尊重しようと思っている。だから、最終的にはサーシャの結論次第と言うことになる。だけど、それほど心配している訳ではなかった。
シオンの時もなんだかんだと丸く収まったしな。
「そうだ。このあと一緒に食事でもどうだ?」
「え……うん、それは別に構わないけど」
「レストランを押さえてあるんだ。アイリスたちにも声をかけて――」
家族で食事をしようと口に仕掛けた、その時だった。
大きな揺れが建物を襲ったのは――
「主様、大丈夫ですか?」
「ああ、俺は問題ない。エミリアは大丈夫か?」
「ええ、いまの揺れは一体……」
ヘルムヴィーゲが心配して駆け寄ってくるが、なんだったんだ。いまの揺れは?
地震の揺れではなかった。まるで、どこかで爆発が起きたかのような――
ん?
「そこそこ大きな魔力を感じるな。これって、誰かが戦闘してるんじゃないか?」
魔力探知に大きな魔力が引っ掛かる。
反応は二つ。ユミルたちには及ばないが、片方は〈
「まさか――」
なにかを察した様子で走り出すエミリア。
そのあとを、俺とヘルムヴィーゲも追いかけるのだった。
◆
ホテルの上層階で爆発が起き、そこから二つの人影が飛び出す。
「一撃で終わらせるつもりだったのですが、やりますね」
「くっ、この馬鹿力め!」
シャミーナとミハイルだ。
普通の人間であれば、ホテルの二十四階から空中に身を投げ出せば命はない。
しかし、まるで羽でも生えているかのように宙を舞い、攻防を繰り広げる二人。
互いの拳が衝突する度に、大気を震わせるような轟音と衝撃が走る。
「ここまでとは思いませんでした。力は衰えていないようですね」
「いや、衰えているさ。以前とは比べるまでもなくな。だが――」
負けられない理由がある、とミハイルはシャミーナの攻撃にカウンターを放ち、その反動を利用して距離を取る。
ミハイルの〈
そのため、便利なようで余り使い勝手の良いスキルとは言えなかった。
しかし、
「見せてやる。これが、いまの〈
呼び出せるものが人間だけとは限らない。
クロエには言っていないが、このスキルにはもう一つの使い方があった。
それが――〈
「我が求めに応じたまえ、我が呼び掛けに応えたまえ――」
神霊を召喚し、自らの身体に神の力を降ろす能力。
ただ、この能力には制約があった。
使用できるのは月に一度だけ。一度使用すると次の新月を跨ぐまで、神の招来は再び行えない。その上、精神をしっかりと保たなければ、身体の支配権を神に乗っ取られ、暴走する恐れがあるという危険なスキルだ。
だが、その使い勝手の悪さを補って余りあるほど、神の力が強力無比であることをミハイルは知っていた。
「冥府の王にして、常闇の支配者。死者を導く者よ――」
黒い魔法陣がミハイルの頭上に出現する。
いまのミハイルは〈皇帝〉を名乗っていた頃よりも弱い。亡者の軍勢を呼ぶことも出来なければ、魔力量も〈皇帝〉を名乗っていた頃の半分程度しかない。いまの力では、シャミーナに到底敵わないだろう。
しかし、ミハイルの身体はスキルの使い方を覚えていた。
一度は神の領域へと至ったことで、魂が記憶しているのだ。
「顕現せよ――
神名を口にすると、ミハイルの身体が闇に包まれるのだった。
◆
あれって残念美人さんじゃないか?
対峙しているのは……モンスター?
悪魔のような羽を生やした黒い人型のモンスターと戦っていた。
なんで街中にモンスターがいるんだ?
「早く止めないと――」
モンスターと空中戦を繰り広げる残念美人さんを見て、止めに入ろうとするエミリア。
一応あれでもギルドマスターらしいし、心配は要らないと思うのだが――
「あの様子なら心配は要らないんじゃないか?」
「あの子の――シャミーナのスキルは危険なのよ! すぐに止めないと、もっと大きな被害がでるわ」
どうやら心配しているのは、周囲への被害のようだ。
エミリアが焦るくらいだから、かなり強力な奥の手を持っているのだろう。
確かに、被害がホテルに及ぶと困るな。既に部屋はボロボロだし……。
「ヘルムヴィーゲ。念のため、ブリュンヒルデに連絡を取ってくれるか?」
「ヒルデお姉様にですか? 命じて頂ければ、私が対処しますが?」
ヘルムヴィーゲなら、あのくらいのモンスターは簡単に倒せるだろうが、さすがにギルドマスターの見せ場を奪うのはダメだろう。ピンチに陥っているのならまだしも、横から獲物を掠め取るのはマナー違反だしな。
ブリュンヒルデを呼ぶようにと命じたのは、後始末を任せるためだ。
月面都市の管理はブリュンヒルデが行っているしな。
「頼んだぞ」
「畏まりました。すぐにお連れします」
一礼をして影に溶け込むように姿を消すヘルムヴィーゲ。
ブリュンヒルデを呼びに行ったのだろう。
さてと、それじゃあ――
「どうするつもりなの?」
「取り敢えず、被害が拡大しないように
「え……」
ホテルや街への被害が心配なら、場所を変えればいいだけだ。
丁度、打って付けの魔導具があった。
「
結界内に位相空間を構築する魔導具。
以前、スカジに譲った魔導具と同じものだ。
これを〈カドゥケウス〉を使って〈拡張〉してやれば――
「
指輪から溢れた黒い光が月面都市を包み込むのだった。
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