第306話 教団の神
「これって……」
「結界内に位相空間を構築した。ここなら、どれだけ暴れたとしても周囲に被害が及ぶことはない」
以前、スカジにプレゼントした魔導具と同じ効果を持つ指輪だ。
この位相空間の中なら、どれだけ暴れて物を壊したとしても現実世界に影響を及ぼすことはない。ようするに〈隔離結界〉を展開するための魔導具だ。
しかも、こいつは〈カドゥケウス〉の力で結界の効果範囲と強度を〈拡張〉してある。欠点がない訳ではないのだが――
魔力があると自動的に結界内へ取り込まれてしまうので、建物への被害は防げるが人的被害に関してはどうしようもない。まあ、月面都市に出向してきている探索者は腕利きばかりだと聞いているし、自分の身くらいは守れるだろう。
「そうだった。
それって、誰のことだ? 俺のことじゃないよな?
しかし、エミリアがここまで言うくらいだから、残念美人さんって凄いんだな。
確かに魔力量はかなりものだし、魔力操作の技術も悪くない。あの空中を移動する技術は、テレジアが以前やっていたものだ。足下に魔力を集中させて、宙を蹴っているのだろう。
「それでギルドマスターのスキルって、どう言った能力なんだ?」
「本当は探索者の情報を許可なく漏らすのは禁止されているのだけど……シーナには迷惑をかけているしね。あの子のスキルは〈
メジェドってあれだよな?
エジプトの神話に登場する白い布を被った正体不明の神様。
名前からは、まったく能力が想像できない。
「どう言ったスキルなんだ?」
「公には、スキルを封じるスキルだと説明されているわ。〈黒の天秤〉と呼ばれる能力を使用することで、自分よりも魔力の劣る相手のスキルを封じることが出来るのよ。ユニークスキルも例外なくね。ただ、相手の方が魔力で勝っている場合、自分のスキルが使えなくなるというデメリットもあるわ」
それは凄い。デメリットがあるにしても、成功すれば敵の能力を封じられる訳だしな。
魔力量の問題さえどうにか出来れば、かなり有用性の高いスキルになりそうだ。
でも、それだけなら危険と言うほどのスキルでもなさそうだが?
「それのどこが危険なんだ?」
「危険なのは、もう一つの能力の方よ。彼女は
「……は?」
◆
「その姿、神の力をその身に降ろしたのですね!」
悪魔のような姿に変貌したミハイルを見て、歓喜の声を上げるシャミーナ。
神の祝福を受けた選ばれし者の力だと、シャミーナは考えていた。
故に――
「残念でなりません。それほど神に愛されていながら神の言葉に逆らうなど、あなたには信仰心というものがないのですか?」
心の底から残念そうに話す。
神の力を引き出すのに必要なのは、努力でも、生まれ持っての才能でもない。
どれだけ神から愛されているかだと、本気で考えているからだ。
「フザケたことヲ……これハ、俺自身ノ力ダ」
「いいえ、この力は神から与えられた借り物の力に過ぎません。即ち、神からの祝福であり、愛のカタチです」
だからこそ、シャミーナはミハイルの考えを否定する。
「それほどの力を持ちながら、あなたは力の本質をなにも理解してないのですね」
本物の神の奇跡を目にしたことがあるからこそ、シャミーナには分かるのだ。
神の前では、この力ですら無力。
すべて神の手の平の上だと言うことに、誰も気付いていないと――
そして、その真なる神こそ〈楽園の主〉だとシャミーナは心の底から信じていた。
「……お前ハ、ナニを知っている?」
「後学のために一つだけ教えて差し上げましょう。〈教団〉が神と崇める御方――〈楽園の主〉こそ、万物の母たる創造主にしてダンジョンを統べる神。我々に福音をもたらしてくださった方なのです」
「な……」
もしかしたらという考えはミハイルのなかにもあったのだろう。
楽園の主とメイドたち――楽園だけが、この世界で異質な存在だった。
ダンジョンと共に現れたとしか思えない集団。仮にシャミーナの話が真実なのだとすれば、この世界にダンジョンを出現させ、人々にスキルという新たな可能性と力をもたらしたのは〈楽園の主〉と言うことになる。
(楽園の主は複数のスキルを使用するという噂もある。この女の話が真実だとすれば……)
楽園の主はすべてのスキルを使えるのかもしれない、とミハイルは考える。
そして、それなら探索者たちが使用しているスキルはすべて、神から貸し与えられたものだというシャミーナの主張にも説明が付く。
「ようやく神の偉大さを理解できたようですね」
「アア……奴ガすべてノ
確かにダンジョンはこの世界に変革をもたらした。ダンジョンを福音だと呼ぶ人々がいるのも事実だ。しかし、同時にダンジョンは多くのものを人々から奪っていった。
ミハイルもダンジョンに大切なものを奪われた一人だ。
ダンジョンがなければ、妹を――サーシャを失うことはなかったかもしれない。なにかも〈楽園の主〉の所為にするつもりはないが、それでも元凶の傍になにも知らないサーシャをおいておくことは、ミハイルには出来なかった。
「ソンナものガ神だト言うナラ、俺にトッテ神とハ倒すベキ
怒りを、憎悪を力に変え――
ミハイルの身体から嘗て無いほどの魔力が溢れ出す。
「なンダ? 頭ノ中ニ直接響く、コノ声は……ぐ、ガアアアアアアアアッ!」
――運命に絶望せし者よ、選ばれし神の子よ。
――汝、力を欲するのであれば、我を受け入れよ。
◆
なにが起きるか分からないって、どういうことだ?
発動してみるまで効果の分からないスキルってことか?
「効果がランダムってことか?」
「当たらずとも遠からずと言ったところね。あの子は〈神様ガチャ〉とか言ってたけど……」
「それって、まさか……」
「そのまさかよ。神を召喚するスキル。ただし、召喚される神は選べない。戦いの役に立たない神が選ばれることもあれば、地形を変えるほどの大惨事を招くこともあるわ」
ギャンブル要素に溢れたスキルだった。
ああ、だから危険だと言って、あんな風に慌てていたのか。
強力なスキルには違いないのだろうが、使い勝手は悪そうだな。
でも、一か八かのギャンブル性は、ちょっと面白そうだと思う。
「シーナ……いま、ちょっと面白そうだと思わなかった?」
どうして、それを……。エミリアの直感が鋭すぎる。
「まったく……シーナも少しは常識を身に付けた方がいいと思うわ」
失礼な。これでも常識はあるつもりだ。
少なくとも、先代ほど非常識じゃないつもりだしな。
それに非常識と言うのなら、メイドたちの方が心配ではある。
人間じゃないから価値観が違うのか、暴走しがちなところがあるしな。
「でもまあ、ここなら力を使ったとしても大惨事になることはないだろう」
残念美人さんが全力をだしたとしても、この〈隔離結界〉の中なら問題はない。
ユミルの攻撃にも一撃くらいなら耐えられる設計にしてあるからな。
「建物の被害はそれで防げても、街の人たちは無事ではすまないわ」
「ん? 探索者なら自分の身くらい自分で守れるんじゃないのか?」
「高ランクの探索者なら大丈夫だとは思うけど、ギルドの職員や商業施設で働いている人たちのなかには怪我で引退した探索者や、戦闘向きのスキルを持たない人たちも大勢いるのよ?」
あ……それは盲点だった。そうか、魔力はあっても戦えない人もいる訳か。
ダンジョンに潜らないのであれば、別に強さを求める必要はないしな。
もしかして、かなりまずい状況だったりするのか?
「なに、この強大な魔力は――」
驚くエミリアに釣られて空を見上げると、モンスターが目視できるほどの大きな魔力を身体から放出していた。
身体にひびが入って、内側から白い光が漏れているようにも見える。
あれって、まさか進化しようとしているのか? 稀にモンスターのなかには上位の個体に進化する個体がいるのだが、同じ現象があのモンスターにも起きているのかもしれない。
どんなモンスターに進化するのかと、楽しみに観察していると――
「……天使?」
悪魔の殻を破り、現れたのは三対六枚の翼を生やした天使だった。
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