第303話 思い出の写真
エミリアも誘って家族で食事でもと思っていたのだが、
「え? サーシャの兄?」
「はい。関係者に聴取したところベリルが取り押さえた人物は、サーシャ様の生前の家族である可能性が否定できないと判断しました。ですので、主様の考えをお伺いできればと」
なにやら面倒臭いことになっていた。
こんなこと前にもあったなと思い出しながらヘルムヴィーゲの説明を聞く。
シオンの時と同じようなことが
「サーシャは覚えていないのか?」
「あ、はい。人間だった頃のことは、なにも覚えていないので……」
まあ、そうだよな。
シオンが例外なだけで、基本的にホムンクルスには生前の記憶がないのが普通だ。
「それで、その男はどこにいるんだ?」
「ホテルの部屋に監禁し、ベリルに監視を命じてあります」
シオンの弟の前例を考えると、バカなことをしでかす可能性はゼロじゃないしな。
ヘルムヴィーゲの判断は妥当だろう。
とはいえ、
「サーシャはどうしたい?」
やはり、サーシャの気持ちが一番だと考える。
姉弟仲良くが一番だとは前から言っているが、シオンの時はシオンに記憶があったから俺もお節介を焼いたのであって、記憶がなければシオンの気持ちを優先しただろう。
いまのところ前世の記憶を取り戻す方法は、はっきりとしていないしな。
なら、大事なのはサーシャの気持ちだ。
「……わかりません。正直に言うと、戸惑っています」
まあ、そうだよな。
一応、聞いてみたが、簡単にだせるような答えではないと分かっていた。
迷うと言うことは、サーシャも気にはなっているのだろう。
「なら、ゆっくりと考えて答えをだすといい。シオンはサーシャの傍に居てやってくれるか?」
「はい。それは構いませんが、マイスターはどちらへ?」
サーシャの気持ちが一番だとは言ったが、片方だけの話を聞いても問題は解決しないしな。
それに――
「取り敢えず、自称サーシャのお兄さんに会ってみようと思う」
シオンの弟みたいに、暴走されても面倒だ。先に手を打っておくべきだろう。
シスコンじゃないことを祈りながら、サーシャの自称兄に会ってみることにするのだった。
◆
「マイスターに任せておけば、大丈夫よ。私の弟の時もそうだったしね」
自分の時もそうだったと、サーシャを安心させるようにシオンは話す。
「そう言えば、シオンさんの弟って……」
「ああ……まだ、ちゃんと紹介したことがなかったわね。えっと……ギルドの〈隊長〉の話は聞いてる?」
「はい。それって、犯罪者を取り締まるギルドの懲罰部隊のことですよね?」
「うん、そう……その部隊の隊長が、私の弟なのよね」
シオンの告白に目を瞠り、驚いた様子を見せるサーシャ。
シオンの弟の話をちゃんと聞くのは、これがはじめてだったからだ。
まさか、噂に聞くギルドの懲罰部隊の隊長がシオンの弟だったとは、思ってもいなかったのだろう。
「シオンさんの弟は〈勇者〉だと伺った記憶があるのですが……」
と言うのも、シオンの弟は〈勇者〉の二つ名を持つ日本の探索者だと聞かされていたからだ。
「その〈勇者〉が、いまはギルドで懲罰部隊の隊長をやっているのよ。罪滅ぼしにギルドでボランティアをするという話は聞いていたけど、ギルドマスターの口車に乗せられて本当にあの子はバカなんだから……」
心の底から呆れた様子で、弟のことを話すシオン。
正義感が強く真面目で努力家なのは弟の長所だが、それは同時に短所でもあるとシオンは思っていた。
本人は「これが僕に出来る償いだから」と言っていたが、シャミーナに言葉巧みに言いくるめられ、利用されていることに気付いていない時点でバカとしか言いようがないからだ。
「あの……ギルドマスターならいらしていますよ」
「え?」
シオンの話を聞いて伝えるべきか迷う素振りを見せるも、サーシャはギルドマスターがホテルにきていることを伝える。
「実は代表理事と一緒にホテルまでいらしていて、一部始終を見られていたそうで……」
「え? それじゃあ……」
「はい。まだホテルにいらっしゃると思います」
サーシャの話に戸惑う様子を見せるシオン。
と言うのも、シオンは月面都市のギルドマスターを警戒していた。
楽園の主に対して、狂信的と言っても良いほどの強い信仰心を抱いていることに気付いているからだ。
そのため、できることなら椎名に会わせたくないと考えていたのだろう。
弟がギルドマスターの手先になっていることを快く思っていなかったのも、また椎名に迷惑をかけるのではないかと危惧してのことだった。
それだけに――
「マイスターなら心配は要らないと思うけど……」
シオンは嫌な予感を覚えるのであった。
◆
「ああ、我が神よ――」
サーシャの兄と会うだけのつもりだったのだが、どうしてこんなことに……。
俺の目の前には、サーシャの兄と思しき男と――
「こうして拝謁の機会を賜ったことを心より感謝します」
褐色の肌に黒髪の残念美人さんの姿があった。
以前、月面都市の完成式典にきていたギャルの知り合いだ。
見た目は楽園のメイドに見劣りしない絶世の美女なのに、言動ですべて台無しになっている残念美人。それが彼女だ。
宗教にのめり込むと人間こんな風になるのかと、悪い例の見本みたいな人だ。
どうして、残念美人さんが一緒にいるのかは分からないが――
「なあ、ヘルムヴィーゲ。彼女は……」
「ここ月面都市のギルドマスターです。探索者が犯した罪はギルドにも責任があると仰るので、特別に同席を許可しました。場合によっては情報の隠蔽に協力して頂けるとのことでしたので」
「あ……そう言うことね」
まさかのギルドマスターだったとは……。
ああ、それでギャルとも知り合いだったのか。謎が一つ解けた。
となると、ここは〈楽園の主〉らしく振る舞うのが正解か。
「ヘルムヴィーゲから話は聞いている。だが、最初に誤解のないように言っておくと、今回の件を問題にするために呼んだ訳ではない」
ギルドマスターも来ていることだし、先にはっきりとさせておくべきだろう。
俺は今回の件を問題にするつもりはなかった。被害はでていないからだ。
サーシャも怒っている訳ではなく、ただ戸惑っていると言った感じだしな。
しかし、
「お前がサーシャの兄と言うのは本当か?」
「……ああ、俺の妹で間違いない」
「神の御前ですよ? 言葉遣いに気を付けなさい」
確認しただけなのだが、残念美人さんが言葉遣いを注意したことで気まずい空気が漂う。なんか、横からも圧を感じる……これはヘルムヴィーゲだな。
二人が怒る理由は分かるが、探索者なんて荒くれ者が多いだろうし、礼儀や言葉遣いを知らない奴も多いだろう。目くじらを立てるほどのことでもないと、俺は考えていた。
「ヘルムヴィーゲ、抑えろ。ギルドマスターも、この程度で問題にするつもりはないから安心してくれ」
「申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
「失礼しました。大いなる慈悲と寛大な心に感謝します」
念のため、注意しておく。
こう言っておけば、勝手な真似をすることはないだろう。
それに口は悪いが、この男――なんとなく懐かしい感じがするんだよな。
俺の勘だけど、たぶんそんなに悪い奴じゃないように思う。
だけど――
「サーシャが妹であるという証拠はあるのか?」
勘違いという可能性も捨てきれないので、念には念を入れて確認する。
サーシャの記憶がないのを良いことに、適当なことを言っている可能性は捨てきれないからだ。
ヘルムヴィーゲが話を上げてきた時点で、その可能性は低いと考えているが――
だから証拠になるものが、なにかあるのではないかと考えたのだ。
「これを見てくれ」
俺の問いに対して、男は手帳を差し出してきた。
桜色の背表紙の随分と古ぼけた手帳だ。
ヘルムヴィーゲが前にでて、男から手帳を受け取る。
「主様、これを――」
ヘルムヴィーゲから渡された手帳を開くと、なかには写真が挟まっていた。
見た感じだと中高生くらい。十四、五歳と言ったところだろうか?
男と同じアッシュブロンドの髪の可愛らしい感じの女の子が写っていた。
確かにサーシャによく似ている。恐らくこの手帳は写真の少女のものなのだろう。
ん? もう一枚、別の写真が挟まっているな。
「え……」
もう一枚の写真は、もっと子供の頃に撮ったものなのだろう。
サーシャと思しき少女と、兄と思しき少年。
そして、子供たちの肩に手を置く
最初は他人の空似かと思ったが、これって――
俺?
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