第302話 邂逅

「久し振りだな、シオン。元気にやっているみたいで安心したよ」

「はい。マイスターもお変わりがないようで……」


 口にでかけていた言葉を途中で止めるシオン。

 どこか戸惑っている様子が見て取れる。一体どうしたんだ?


「どうかしたのか?」

「いえ、以前よりも魔力が増えているような……」

「お、わかるのか? さすがだな」


 身体の外に漏れないように魔力を抑えているのに気付くなんて、たいしたものだ。

 二年前と比較すると、俺の魔力は随分と増えている。

 魔力炉抜きでも、いまならユミルに迫る魔力量があるはずだ。

 扱える魔力の量が増えるのは悪いことじゃないからな。

 むしろ、選択の幅が広がるので良いことだと俺は考えている。

 だから――


「もう少し魔力を増やしたいと思ってるんだよな」

「えっと……」


 いまの倍。いや、三倍くらいに魔力を増やしたいと思っていた。

 魔力炉は所詮、足りない魔力を補うためのエネルギータンクに過ぎない。

 一度に扱える魔力の最大量は、本人の魔力量に依存するからな。

 即ち、自分自身の魔力を増やさなければ、最大出力に変化はないと言うことだ。

 この問題を解決しないことには〈全は一ワンイズオール〉をいつまで経っても使いこなすことは出来ない。だから、どうにかして魔力量を増やしたいと考えていた。


「魔力は簡単に増やせるものでは……いえ、マイスターですしね」


 どことなく疲れた表情で、ブツブツと小さな声で呟くシオン。

 そう言えばサーシャにシオンのことを尋ねたら、まだ仕事中みたいなことを言っていたっけ? こうして顔を見せてくれたことは嬉しいが、仕事が忙しいのだろうとは思っていた。

 シオンは責任感が強いからな。周りを頼って休めばいいのに、それが出来ない。

 だからきっと、また無理をしているのだろう。


「シオン、このあと俺に付き合ってくれるか?」

「あ、はい。それは構いませんが……」


 なので、こういう時は理由を付けて強制的に休ませるに限る。

 アイリスたちも、そろそろホテルに着いている頃だろう。

 ブリュンヒルデにレストランを押さえてもらったし、


「たまには家族で食事しよう」


 シオンを食事に誘うのだった。



  ◆



「クロエ」


 ホテルのロビーで寛いでいるところ声をかけられ、クロエが振り返ると――


「あ、レティシア」


 レティシアの姿があった。


「もう、いままでなにしてたのよ。ホテルで目が覚めたらいなくなってるし、心配したのよ」

「あはは、ごめんなさい。レストランで朝食を取ってたらシキさんに捕まって、そのまま若様のところに連れて行かれてね」


 連絡する暇が無かったと説明するレティシア。

 そんなレティシアの説明に、呆れた様子を見せるクロエ。

 とはいえ、クロエも本気で怒っている訳ではなかった。

 大方、そんなことだろうとは予想していたからだ。


「と言うことは、やっぱりこの街にシイナは来ているのね」

「うん。さっきそこで探索者たちの話を聞いたけど、もう噂になっているみたいだね。あれだけ堂々と表通りを歩いていたら噂にもなるよね」


 街の見学がてら、車ではなく徒歩で政庁に向かったのが良くなかったのだろう。

 楽園のメイドはただでさえ衆目を集めるというのに、そこに一人だけ黒い外套を纏った男がまじっていれば、誰でも〈楽園の主〉だと気付く。楽園のメイドたちが傅く存在など、一人しかいないからだ。


「そんなことより、クロエに聞いておきたいことがあったんだけど」

「聞いておきたいこと?」

「うん、私の弟子になるつもりはない?」

「え……」


 レティシアがなにを言っているのか理解できず、呆然と固まるクロエ。

 これまで友達だと思っていた相手に弟子にならないかと尋ねられれば、驚くのも無理はなかった。


「あ、弟子と言っても本格的なものじゃなくて、ちょっと力の使い方のコツを教える程度のことだから重く考えなくていいよ」

「力の使い方って……レティシア、わかってる? 私、これでも一応はSランクなんだけど……」

「うん、知ってるよ。探索者の最高ランクでしょ? でも、その程度・・・・なら、私の方が強いと思うよ」

「――ッ!」


 信じられないと言った表情を見せるも、クロエは否定することが出来なかった。

 出会った時から、レティシアの実力は底が知れないと感じていたからだ。

 だが、それでも楽園のメイドほどではないだろうと思っていた。

 しかし、このレティシアの自信。もしかしたらと言う考えが頭を過る。


「あのメイド……オルトリンデより強いの?」

「剣を交えたことがないから、はっきりとしたことは言えないけど、たぶん勝てると思うよ」


 嘘を吐いているようには見えなかった。

 だとすれば、レティシアの実力は自分よりも遥かに上の可能性が高いとクロエは考える。

 咽が鳴り、冷や汗が流れる。

 これまで対等だと思っていた友人が、楽園のメイド以上の化け物かもしれないと分かったのだ。

 クロエが戸惑うのも無理はない。

 だが、

 

「戦ってみたいって顔してるね」


 クロエの本心をレティシアは見抜いていた。

 恐怖よりも好奇心と闘争心が勝る気持ちは、レティシアにも経験があるからだ。

 自分の力に自信があるからこそ、どこまで通用するのかを確かめたい。そんな恐れ知らずでなければ、ダンジョンの深層に挑もうとしないし、探索者の頂点に立てるはずもないからだ。


「私も今のクロエの力を確認したいから、挑戦を受けてあげてもいいんだけど……」


 レティシアは周囲を見渡しながら、さすがにホテルここでは無理そうだと考える。思いっきり暴れられる場所がないか尋ねてみようと、レティシアがヘルムヴィーゲの姿を捜していた、その時だった。


「サーシャ!」


 ホテルのロビーに男の声が響いたのは――



  ◆



「サーシャ!」


 突然、名を呼ばれ、戸惑いを隠せない様子で振り返るサーシャ。

 しかし、


「あなたは誰ですか?」


 見知らぬ顔に首を傾げながらサーシャは尋ねる。

 青い瞳に、アッシュブロンドの髪。北欧出身と思しき顔立ち。

 男の顔に、まったく覚えがなかったからだ。


「俺だ! ミハイルだ!」

「……ミハイル?」


 サーシャの様子がおかしいことに、ようやくミハイルも気付く。

 スキルで姿を変えていた時ならまだしも、いまのミハイルは変装など一切していない。外見も三十年前とほとんど変わりがなく、妹であれば気付かないはずがなかった。

 だとすれば、別人の可能性も考えられるが――


(他人の空似? いや、違う。彼女は間違いなくサーシャだ)


 髪の色や瞳の色は違うが、最愛の妹を見間違えるようなことは決してない。

 目の前にいる少女こそ、自分の妹で間違いないとミハイルは確信する。


「本当に覚えていないのか?」


 そのため、記憶がないのだと察する。

 なんらかの事情で記憶を無くし、自分のことを覚えていないのだと――

 戸惑いを覚えながらミハイルが手を伸ばそうとした、その時だった。


「もう! なにやってるのよ!」

「ぐあ――」


 背中に強い衝撃を受け、ミハイルが床に押さえ込まれたのは――

 ミハイルを拘束したのは、〈商会〉のメイド――ベリルだった。

 起き上がれないように腕を取り、しっかりとミハイルを床に押さえ込むベリル。

 そして、


「ごめんね、サーシャちゃん。こいつにはよく言い聞かせておくから」


 サーシャに謝罪する。

 だが、その表情はどこか焦っているようにも見える。


「いえ、それは別に構わないのですが……その人、大丈夫ですか?」

「このくらいで死んだりしないから大丈夫。それより、このことはヘルムヴィーゲには内緒に……」

誰に・・内緒ですって?」


 背後から見知った声が聞こえ、ぎこちない動きでゆっくりと振り返るベリル。

 振り返った先には、いまベリルが一番会いたくない人物の姿があった。

 ヘルムヴィーゲだ。


「あはは……ヘルムヴィーゲ、どうしてここにいるの?」

「主様のご指示で、アイリス様たちを案内してたのよ。あなたこそ、どうしてここに?」

「わ、私もレギル様に命じられて……」


 ベリルがここにいる理由は簡単で、エミリアたちを月面都市まで案内してきたメイドが彼女だったからだ。

 クロエの頼みごとを仲介したのがベリルだったので、最後まで責任を持つようにとレギルに案内役を任されたのだ。

 だから、いまミハイルに騒ぎを起こされると自分の責任問題に発展する恐れがある。そのため、ヘルムヴィーゲにだけは知られたくなかったのだろう。


「そう、レギル様の指示で……。それで、いまはなにを・・・しているのかしら?」


 あ……これは逃げられないと、ベリルは観念するのだった。

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