第300話 姉と妹

 楽園のメイドの大半は先代が製造したものだが、サーシャは違う。

 サンクトペテルブルクで入手した〈魔核〉を元に、俺が錬成したホムンクルス。

 言ってみれば、俺の娘と呼ぶべきホムンクルスの一人がサーシャだ。

 なので――


「アイリス、お前のお姉ちゃんだぞ」

「姉上様ですか?」


 アイリスとサーシャは姉妹と言うことになる。


「アイリスです。姉上様、よろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げるアイリスに、戸惑う様子を見せるサーシャ。

 しかし、俺の顔を見て状況を察したらしい。


「うん、アイリスちゃんだね。私はサーシャだよ。こちらこそ、よろしくね」


 差し出されたサーシャの手を、嬉しそうに握り返すアイリス。

 大丈夫だとは思っていたが、これなら姉妹仲良くやれそうだな。

 あとはシオンだが――


「シオンは一緒じゃないのか?」 

「あ、はい。たぶん、まだ仕事中だと思います。私は見回り中にこの子から連絡がきて、急いで飛んできたので……」


 この子?

 ああ、さっきの〈魔導人形ゴーレム〉のことか。やっぱりサーシャの眷属だったんだな。

 サーシャの〈皇女の黒き守護者ニグレド・ゲニウス〉は死者の魂を使役するスキルだ。召喚したゴーストを〈魔導人形ゴーレム〉に憑依させて仕事を手伝わせているのだろう。

 これなら街の隅々まで目を配ることが出来るし、普通の〈魔導人形ゴーレム〉よりも臨機応変な対応が出来る。上手く考えたものだ。


「ところで、後ろのドラゴンもサーシャの眷属なのか?」


 もう一つ、気になっていたことを尋ねる。金色のドラゴンのことだ。

 サーシャを背中に乗せてきたことからも、野生のモンスターではなさそうだ。

 しかし、サーシャのスキルは死者の魂を使役するスキルだ。生きたモンスターには効果がないはず。

 そのことから気になっていたのだ。

 サーシャのペットじゃなければ、良い素材になりそうなんだけどな。


「――ッ!」


 サーシャの後ろに隠れるドラゴン。身体が大きすぎて頭すら隠し切れてないけど。

 モンスターなんて普通は目が合えば襲ってくる知性しか持たないはずなのに変わってるな。

 やはり、特殊個体なのだろう。

 でも、覇気がまったく感じられない。モンスターの癖にヘタレとか……。

 ああ、だから人に懐いたのかな?


「王様、覚えていらっしゃいませんか? この子は以前、王様が捕獲された神竜です」


 神竜? そんなものを捕獲した記憶は……あ!

 もしかして、前にレミルとシオン。それにサーシャの三人で〈奈落アビス〉に潜った時に捕獲したチビドラゴンのことだろうか?

 喋るドラゴンなんて珍しいから、あとでいろいろと実験しようと思っていたのだが、そのあとすぐに過去の世界に跳ばされたことから、すっかりと存在を忘れていた。

 あのチビがこんなに大きく成長するとはな。


「あ、あの王様……この子はモンスターだけど悪い子じゃなくて、だから……」


 必死にドラゴンもとい神竜の擁護をするサーシャ。

 もしかして、俺が取って食うみたいに思われているのだろうか?

 良い素材になりそうだが、娘のペットに手をだすほど鬼畜じゃないつもりだ。


「ちゃんと世話が出来るのなら、サーシャの好きにすればいいさ。でも、幾らここが月面都市とはいえ、こんなのが空を飛び回って問題にならないのか?」

「あ、それなら大丈夫です。これを見てください」


 サーシャに言われて確認してみると、神竜の足首には大きな枷のようなものが装着されていた。


「使役したモンスターは、この枷を嵌めておけば問題ないそうです。探索者のなかにも精霊を召喚したり、動物を使役するスキルを持った人がいますから」


 なるほど。この枷で使役されたモンスターと野生のモンスターを区別する訳か。

 よく見るとただの金属製の枷ではなく魔導具のようだ。

 サイズの自動調整機能の他、発信機の役割も兼ね備えているようだな。

 たぶん、これを作ったのはヘイズだろう。


「それに……ファーちゃん、小さくなってくれる?」


 サーシャが命じると神竜の身体が白い光を放ち、あっと言う間に子竜の姿に変化する。

 猫や子犬ほどの大きさだ。

 確かに、これならトラブルになることもないだろう。


「か、可愛い……サーシャ姉上様、撫でても構いませんか?」

「うん、大丈夫だよ」


 目を輝かせながら、優しく神竜の頭を撫でるアイリス。

 確かに見た目は可愛く……見えなくもないのか?

 ダメだな。モンスターを見ると、すべて素材に見えてくる。

 これも職業病と言う奴か。


「レティシアはまざらなくていいのか?」

「モンスターを可愛がると言うのがよく分からないので……」


 レティシアも俺と同類だったか。

 なんとなく、そんな気はしていた。

 そのため、


「食べるなよ?」

「……若様、私のことをどんな目で見ているんですか?」


 一応、釘を刺しておくことを忘れないのだった。



  ◆



「こちらが政庁です」


 ブリュンヒルデの案内で政庁に到着する。

 道中かなり目立っていた気がするが、ドラゴンなんて連れてたら人目を引くのは当然か。

 小さくなれると言っても、ドラゴンに違いはないしな。

 ダンジョンのなかでは、相応に危険なモンスターだ。警戒されるのも頷ける。

 しかし、本当に人が増えたなと実感する。どこに行っても人の姿を見るからだ。

 視察と言うことでいつものローブを着てきたのだが、正解だったな。


「主様、ヒルデお姉様。それでは予定通り、私たちはこれで。アイリス様、レティシア様、ホテルへご案内しますね」


 ヘルムヴィーゲに声をかけられ、アイリスのことを頼んであったのを思い出す。


「サーシャはどうするんだ?」

「王様さえよければ、私もアイリスちゃんたちと一緒に行って構いませんか?」


 どうやらサーシャもアイリスの相手をしてくれるみたいだ。

 これから俺が仕事だと察し、たぶん気を遣ってくれたのだろう。


「アイリスもそれで構わないか?」

「はい。私も姉上様と一緒がいいです」


 すっかりとサーシャに懐いたようだ。

 ヘルムヴィーゲも一緒だし、心配は要らなそうだな。

 あと不安なのは――


「レティシア、食べ歩きは程々にしろよ。夜はご馳走を食べさせてやるから」

「分かりました。今日のところは大人しくホテルで待っています」


 ご馳走と聞いて一瞬レティシアの目が光った気がする。

 あとでブリュンヒルデに頼んでおこう。食べ物の恨みは恐ろしいからな。


「ヘルムヴィーゲ。あとのことは頼む」

「畏まりました」


 ヘルムヴィーゲに皆のことを任せ、ブリュンヒルデと共に仕事へ向かうのだった。



  ◆



 街はすっかりと様変わりしたが、ここは二年前と変わっていないみたいだ。

 以前、各国の代表と謁見し、会談を行った場所がこの政庁だ。

 あの時は本当にいろいろとあった。ギャルの知り合いのヤクザに絡まれたり、黒髪褐色の残念美人から宗教の勧誘を受けたり、一番驚いたのはシオンの前世の弟が代表団のメンバーにいたことだ。

 あの〈勇者〉――ああ、〈勇者〉と言っても、別にレティシアの同類と言う訳ではない。各国の代表団の前で姉の名前を叫んで式典を中断させ、メイドたちを怒らせた後先を考えないバカと言う意味での〈勇者〉だ。

 若気の至りと言ってしまえばそれまでだが、子供ならまだしも大人のすることじゃないしな。死んだと思っていた肉親が目の前に現れたら取り乱す気持ちは分からないでもないけど。

 ちなみにその〈勇者〉は今、月面都市にいるはずだ。

 騒ぎを起こした責任を取るため、月面都市でボランティアをすることに決まったからだ。

 期間は特に定めていなかったが、たぶんまだ月面都市にいるだろう。

 かなりのシスコンのようだったしな。


「陛下、こちらへ」


 見たことのある扉の前で足を止めるブリュンヒルデ。

 細かな装飾が施されたオリハルコン製の巨大な扉だ。

 この先は確か、謁見の間へと通じていたはず――


「このまま真っ直ぐお進みください」


 扉を開き、奥へと進むように指示される。

 このパターンは既に経験済みなので、もうなんとなく察した。

 たぶん、この先には――


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 謁見の間で左右に並び、一斉に頭を下げるメイドたち。

 やっぱり、またこれをやるんだなと心の中で溜め息を漏らすのだった。

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