第299話 至高のメイド

「若様、私もうここに永住してもいいかも」


 そう話すレティシアの表情は満ち足りていた。

 心なしか肌が艶々と輝いているようにも見える。俺が執務に励んでいる間、食べ歩きツアーをしていたらしい。この楽園には俺とメイドたちしかいないが、環境は充実しているからな。

 商会の管理する商業区にいけば、服や日用品など大抵のものが揃うし、一流シェフ顔負けの技術を持ったメイドたちの絶品料理が堪能できる。その種類も豊富で、世界中の料理が楽しめるようになっていた。

 それらのものがすべて無料の上、なんでもメイドたちがやってくれるのだ。

 レティシアが楽園ここに永住したいと言う気持ちは理解できる。

 だが、


「ここに住むなら仕事してもらうぞ?」

「ええ……」


 いまはお客様だからいいが、楽園で暮らすからには特別扱いするつもりはない。

 レティシアにも相応の仕事をしてもらうつもりだ。

 働かざる者食うべからずとも言うしな。

 ずっとメイドたちの世話になっていた俺が言うと説得力ないけど。


「他に行くところもないし、給金がちゃんとでるなら良いですけど……」

「その辺りはレギルと相談してくれ」


 金のことを俺に相談されても困る。お金の管理はレギルに任せているしな。

 第一、どんな仕事がレティシアに向いているのか分からないからな。

 騎士団長をしていたなら治安維持に関する仕事が思いつくが、俺とメイドたちしかいない楽園で犯罪なんて起きようがないしな。そもそもメイドたちがいれば、騎士団なんて不要だろう。

 結局そこに落ち着くのだ。メイドたちがいれば、すべて解決すると――

 まあ、レギルなら上手くレティシアにも出来そうな仕事を見つけてくれるだろう。


「テレジアも、ここの生活に慣れたか?」

「はい。皆さんよくしてくださいますし、そのことでご主人様に相談があるのですが……」

「相談?」

「はい。ご主人様のお屋敷で働かせて頂けないでしょうか?」


 相談と言うからなにかと思えば、そういうことか。

 テレジアには過去の世界でも、屋敷の管理を任せていたからな。

 こっちでも経験のある仕事がしたいのだろう。

 とはいえ、


「別に構わないが、屋敷の管理はユミルに任せてるからな」

「そのことでしたら、既にユミル様から承諾を得ています」


 ユミルに確認しないことには決められないと言おうとしたら、既に根回しが済んでいるようだ。

 さすがテレジア。やることにそつがない。

 食べ歩きばかりしていないで、レティシアも見習って欲しいものだ。


「それじゃあ、屋敷のことは頼む。分からないことがあったらユミルに相談してくれ」

「はい。いってらっしゃいませ、ご主人様」

「レティシアはどうする……って、確認するまでもないか」

「さすが、若様。私のことをよく分かっていますね」


 どうせ、月面都市でも食べ歩きをするつもりなのだろう。

 付いてくる気満々と言った様子が態度に滲み出ていた。

 と言うことは、俺とアイリス。それにヘルムヴィーゲとレティシアの四人か。

 ああ、それにもう一人、紹介しておかないといけない人物がいた。


「そう言う訳で、よろしく頼む。ブリュンヒルデ・・・・・・・

お任せください、陛下イエスユアマジェスティ


 九姉妹ワルキューレの長女にして至高のメイド。

 月面都市の運営と管理を任されているのが、彼女――ブリュンヒルデだった。



  ◆



 至高のメイド。

 彼女がそう呼ばれるのは、すべてにおいて彼女が完璧なメイドだからだ。

 ホムンクルスは美形揃いだが、そのなかでもブリュンヒルデの美しさは際立っている。長い銀色の髪に黄金の瞳。透き通るような白い肌と、人形のように均整の取れた顔立ち。しなやかでバランスの取れた黄金比の身体。まるで女神が地上に降臨したかのような美しさを持ちながら、武芸や教養にも秀でている。

 いや、秀でているなどと言う例えでは、彼女の実力を表現しきれない。

 一を聞いて十を知るとは彼女のためにあるような言葉で、ありとあらゆる分野でマスタークラスの実力を持ち、苦手なものが一つとして存在しないのだ。見て、聞くだけで、なんでも完璧にこなしてしまう。

 欠点のない完璧主義オールパーフェクト――

 惜しむべくは〈魔王の権能をディアボロススキル〉を所持していないことくらいだろう。

 彼女が仮に〈魔王の権能をディアボロススキル〉を所持していれば、メイド長はユミルではなくブリュンヒルデだったかもしれない。そうメイドたちに噂されるほどの完璧超人が、彼女――ブリュンヒルデであった。

 

「到着しました。ここが〈月面都市〉です」


 帰還の水晶リターン・クリスタルを使い、ダンジョンの外にでると目を疑うような光景が飛び込んで来る。

 澄んだ空気に心地よい風。自然と融合した近未来的な街並み。

 ここが月だと聞かされても、信じられない景色だ。

 気温や重力も魔導具で最適な環境に保っているのだろう。

 まさに理想の未来都市が目の前には広がっていた。


「二年前よりも随分と街が拡張されているみたいだな」

「はい。現在、この街には三十万人が暮らしておりますので」


 ブリュンヒルデの話に驚かされる。

 移住者を募る計画ではあったが、多くても一万人くらいを予想していたからだ。

 それが、三十万人って――


「驚かれるのも無理はないかと思いますが、移住希望者は増える一方で街の拡張が追いついていない状況です。それにギルドの運営の他、各商店や施設の経営に携わる人材は必要ですから。それらを〈トワイライト〉だけで補うのは無理があります」


 言われてみると、納得の行く話だった。

 探索者を一万人受け入れたとして、探索者だけで街が回るはずもない。

 ギルドや商店など、彼等が利用する店や施設にも人手は必要になる訳だ。

 それらをメイドたちだけで賄うのは無理がある。


「と言うのは建て前で、人間たちを飼育……失礼、飼い慣らすにはどのような環境を整え、街を運営していけばよいのか? 陛下が地球を支配なされた時を想定して、テストケースに丁度良いと考えました」

「……冗談だよな?」


 俺の問いに、無言で微笑みを返すブリュンヒルデ。

 ブリュンヒルデなりの冗談なのだろうが、冗談でも止めて欲しい。

 世界征服なんて興味がないし、俺にその気はないからな。

 正直、想像するだけでも面倒臭い。


「ん? あれって……」

魔導人形ゴーレムですね。街の拡張工事や治安維持に活用しています」


 俺が見かけたのは、狼の姿をした〈魔導人形ゴーレム〉だ。

 オルタナのように人型と言う訳ではなく、様々な動物の形をした〈魔導人形ゴーレム〉がいるみたいで、街の至るところで確認できる。

 なるほど。足りない分の人手は移住者を募るだけでなく、〈魔導人形ゴーレム〉で補っていると言う訳か。

 楽園都市では、ほとんど〈魔導人形ゴーレム〉の姿を見ないから盲点だった。

 楽園で〈魔導人形ゴーレム〉が使われていない理由は〈楽園の主〉――ようするに俺の世話はメイドたちの仕事だからだそうだ。

 だから昔から楽園では、こう言った〈魔導人形ゴーレム〉が使用されていなかった。

 あるのは訓練用の〈魔導人形カカシ〉くらいだな。


「そうなんですね。はい、いえいえ……こちらこそ、ありがとうございます」


 感心して見ていると、アイリスが狼の〈魔導人形ゴーレム〉となにやら話をしていた。


「なにしてるんだ?」

「ご挨拶していました」

「挨拶って……〈魔導人形ゴーレム〉だぞ?」

「はい、ですからアイリスと一緒ですよね?」


 確かにアイリスの身体は〈魔導人形ゴーレム〉を依り代としたものだが、 普通の〈魔導人形ゴーレム〉には魂がない。アイリスやオルタナが例外なだけで、基本的にプログラムで動き、命令を実行するだけの機械人形だ。

 自我はないはずなのだが――


「――構造解析アナライズ


 気になってアイリスが話し掛けていた狼の〈魔導人形ゴーレム〉を〈解析〉してみると、驚くべきことが分かった。

 アイリスと同じように、この〈魔導人形ゴーレム〉たちには魂がある。

 いや、正確には亡霊ゴーストが憑依していると言った方が正しいだろう。

 こんなものが用意できるのは、ヘイズ以外に考えられない。

 しかし、ヘイズだけでは無理だ。

 恐らく、このゴーストを使役しているのは――


「王様――」 

「やっぱりか……」


 遠くから声がして空を見上げると、一人の少女が金色のドラゴンに乗って、こちらに向かってきていた。

 一生懸命、手を振っているのが分かる。

 そして、器用にドラゴンから飛び降り、着地する少女。

 彼女が〈魔導人形ゴーレム〉に憑依させているゴーストのマスターだ。


「久し振りだな。サーシャ」

「はい! 王様」


 名は、サーシャ。

 ここにいるアイリスと同じく、俺の娘の一人だった。




後書き

 以前、一度だけ名前が登場した時にブルンヒュルデと記載していましたが、正しくはブリュンヒルデです。現在は修正済みです。

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