第297話 予定調和

 ノルンが元気になったのは良かったけど、一難去ってまた一難とはよく言ったもので、また一つ問題が浮上した。

 ユミルが俺の話に嘘があることに気付いている可能性が高いと分かったのだ。

 歴史に矛盾が生じないように先代の功績にしたつもりだったのに、それがあだになるとは……。

 今更かもしれないが、タイムパラドックスが起きたりしないよな? 


『その心配は不要かと。マスターが過去に跳ばされたこと自体、歴史における予定調和であったと考えられますので』 


 アカシャの説明に首を傾げる。

 俺が過去に跳ばされることも歴史的な視点で見れば、予定通りだったと?


『はい。これまでの経緯や固体名ノルンの話が真実と仮定すると、その可能性が高いと推察します』


 それだと、未来に影響を与えないように立ち回った俺の努力は一体……。

 そもそも、どうしてそう思ったのか詳しく説明してくれないか?


『マスターが過去に跳ぶことになった〈無形の書〉は、状況から推察するに先代の〈楽園の主〉が用意したと見て間違いありません。そして、マスターは〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉を封印し、世界を救われた。これらのことはマスターがいなければ成立しなかったことです』


 え? それはおかしくないか?

 俺がいなくても先代とセレスティアだけで、どうにかなったんじゃ……。


『ありえません。マスターが過去に介入しなければ、世界は確実に滅びています。ですが、それでは楽園がこの世界に存在するのは不自然です』


 いや、だから世界が滅びそうになったからダンジョンに楽園を造ったんじゃ?


『この都市にホムンクルス以外の人間がいるのなら、その話にも説得力はあると思いますが、世界が滅びるかもしれない状況で戦力を出し惜しみしたのですか? それにマスターがこの都市を見つけられた時には、既に街があったのですよね?』


 言われてみると、確かに妙だ。

 俺が過去の世界で見た楽園には、まだ街の面影すらなかった。

 年若い世界樹と研究所があっただけだ。となれば、その後に街を造ったことになる。

 しかし、メイドたちは大結界を見張っていたから、少なくとも都市の建設が開始されたのは大結界が崩壊してからのことだと推察できる。出来ないことはないと思うが、少し厳しい気がする。

 

『マスターが過去の世界に跳ばされて現代に戻るまで、どのくらいの歳月を過ごされましたか?』


 一年に満たないと思う。

 まだ世界の滅亡まで猶予があると思っていたから、あの時は違和感を覚えることはなかったが、あらためて考えると変だな。

 それに〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉のこともある。楽園の地下には〈奈落アビス〉の入り口〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉が封印されている。となれば、〈大災厄〉を乗り越えてからダンジョンに都市を建造したと考えるのは自然だ。

 しかし、地上は〈大災厄〉によって滅亡したとユミルは言っていた。そんな嘘をユミルが吐くとは思えない。

 それに〈天国の扉〉を閉じても根本的な解決にはならないのでダンジョンと一緒に封印したのは分かるが、言われて見るとホムンクルスを一緒に封印する理由にはならないんだよな。

 世界が救われたのなら、ダンジョンだけ封印して終わりで良かったはずだからだ。


『そうしなければ、マスターが〈楽園の主〉になって錬金術を継承することも、過去に跳ばされることもないからです。即ち、第七観測世界は滅亡を迎えることになります』


 なに、その卵が先か鶏が先かみたいな話は……。

 だが、確かに辻褄は合っているような気がする。

 もう、これ自体がタイムパラドックスなんじゃないか?


『そうとも言えますね。ですが矛盾がなければ、世界はそのように回ります。そもそも時間移動がイレギュラーなものと言えますから』


 それもそうか。

 俺も〈時空間転移〉のスキルが存在するなんて、自分が体験するまで想像もしなかったしな。

 だとすれば、先代はユミルに嘘を吐いたと言うことになる。

 ユミルたちの記憶が曖昧なのを良いことに、誤った情報を植え付けたのだろう。

 ん? 記憶が曖昧? 誤った情報?


『なあ、もしかしてユミルたちの記憶が欠落しているのって……』

『ようやく気付かれましたか。一生お気付きにならないと思っていましたよ』


 どうやら、俺の所為だったらしい。



  ◆



「すまなかった」


 いろいろと考えたが、やはりこういう時は素直に謝るのが吉だと悟った。

 タイムパラドックスよりもユミルを怒らせる方が、俺にとっては死活問題だからだ。


「言い訳に聞こえるかもしれないが、騙すつもりはなかったんだ。ただ、歴史への影響を考えると――」


 と言ったように弁明すると、本当のことでも言い訳ぽく聞こえるのが難点だ。

 だが、ここは誠心誠意、謝罪するしかない。

 まさか、彼女たちの記憶が不完全なのは俺が原因だったなんて……。 

 記憶の改竄を行ったのは事実だが、そんなつもりではなかったのだ。

 って、これも言い訳ぽく聞こえるな。ぬう……弁明の余地がない。


「マスター、どうか顔を上げてください。分かっていますから」


 分かってくれるのか?

 理解してくれるのは嬉しいが、俺がやったことに変わりはない。

 責任を取るつもりでいたのだが、


「むしろ、マスターには感謝しています」


 なぜか感謝されて首を傾げる。

 感謝されるようなことをした記憶はないからだ。


「世界が滅亡したと言うのに自分たちだけが生き残り、先代のお役に立てなかったのではないかと、そのことだけが心残りでした。ですが、私たちが長い眠りについたことには意味があったのだと、マスターが証明してくださいました」


 なるほど、そう言う考え方もあるのか。

 確かにユミルたちと出会わなければ、俺が〈楽園の主〉になることも錬金術を学ぶこともなかっただろう。

 アカシャの話を信じるのなら俺が錬金術を学び、過去に跳ばされなければ世界は滅ぼされていたと言うことになる。そう言う意味で、ユミルたちが果たした役割は大きいと言えるだろう。


「ありがとうございます。世界を……あの子・・・を救ってくれって」


 あの子?

 よく分からないが、ユミルが感謝してくれていることは分かる。

 でもなあ……。


「なら、少しは恩を返せたのかな?」

「恩ですか?」

「ああ、俺もユミルやメイドたちに感謝しているからな」


 俺もユミルと出会わなければダンジョンで野垂れ死んでいた可能性が高い訳だ。

 その点では、お互い様だと思うんだよな。

 結局、俺がユミルに命を救われたことに変わりは無いからだ。

 それにメイドたちがいなければ、これほど快適にダンジョンで過ごすことも出来なかっただろう。

 ここまで錬金術を極めることが出来たのも、メイドたちが理想の環境を整えてくれたお陰だ。ユミルは感謝していると言ってくれるが、俺の方が感謝してもしきれないほどだと思っていた。


「私たちは当然のことをしただけで、感謝されるようなことはなにも……」

「なら、俺もやりたいことをやっただけで感謝されるようなことはなにもしていないな」


 世界を救ったのだって、なりゆきだしな。

 そもそも後始末は全部丸投げで現代に戻ってきたので、本当に世界を救ったのかも分からない。

 それに俺一人の力で世界を救った訳ではないからな。

 皆が力を合わせて運命に抗い、手にした勝利だと考えていた。


『非常識の塊かと思っていたら、意外と常識的なところがあるんですね』


 錬金術師なんて英雄でもなんでもない、ただの生産職だぞ?

 先代は神様扱いされていたみたいだが、俺は普通の人間だ。

 先代やセレスティアと一緒にされても困るし、常識はある方だと思うしな。

 ちょっとコミュ障で、人付き合いが苦手なだけだ。 


『そう言うことにしておきます』


 なにやら棘のある言い方だが、いまはアカシャの相手よりもユミルだ。

 とにかく面倒な誤解は先に解いておかないと――


「そう言う訳だから……って、ユミル?」


 両腕で頭を掴まれ、ユミルの胸に抱き寄せられる。

 良い匂いがする……じゃない。これ、どう言う状況だ?

 どうして、急にこんな―― 

 

「我が儘を一つ許して頂けるのでしたら、しばらくこのままでいさせてください」


 そんな風に頼まれると拒めない。

 正直、ちょっと恥ずかしいが――


(自分の撒いた種だしな。それに、たまにはこういうのも悪くはないか)


 ユミルの気が済むまで付き合うことにするのだった。

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