第295話 帰るべき場所

「……見慣れた天井だ」


 久し振りにゆっくりと自分の部屋で寝た。

 旅行中は気にならないけど、家に帰ってくるとほっとするこの感覚。

 やはり、もう楽園ここが俺にとって帰るべき場所になっているんだなと実感する。


「ご主人様、おはようございます。昨晩はよく寝られました?」

「ああ、お陰様でな」

「こちらは洗顔用の水です」

「お召し物を代えさせていただきますね」


 メイドたちの挨拶からはじまり、甲斐甲斐しく世話をされながら朝を迎える。

 これも、毎朝の光景だ。

 本音を言うと、ここまでされるのは少し恥ずかしいのだが、断るとこの世の終わりみたいな顔をされるからな……。もう、とっくに諦めた。

 とはいえ、以前と比べると慣れたと言うか、ほっとしている自分がいる。

 たぶん、この光景も俺にとっては日常の一部になっているのだろう。

 過去に跳ばされたときはどうなるかと思ったが、いまでは良かったと思う。なんとなく状況に流されるままに〈楽園の主〉を演じてきたが、自分にとって大切なものはなんなのかを見つめ直す切っ掛けとなったからだ。


「今日のご予定を説明させて頂きます」


 ただまあ、いつも以上に気合いの入ったメイドたちを見ると、もう少し手を抜いてくれてもと思わなくもない。ユミルもそうだが、みんな昨日からずっとこの調子だからな。

 ちょっと楽園に顔をだしたら日本へ向かうつもりだったのだが、またしばらく留守にすると言い出せる雰囲気ではない。しばらくは大人しくしておいた方が良さそうだ。


「食事の後は、各部署を視察して頂き――」


 そう言えば、昨日はユミルにしか会っていないな。

 過去の世界のことを話していたら、すっかりと夜が更けていたからな。

 他の〈原初〉や〈九姉妹〉それにシオンやサーシャも元気にしているのだろうか?

 レミルはギャルの妹と日本の学校に通っているそうだが、


「レミルは学校に通っていると聞いているが、シオンとサーシャはどうしてるんだ?」

「お二人でしたら、いまは月面都市にいらっしゃいます」


 月面都市?

 ああ、そう言えば〈勇者〉の話があったな。〈勇者〉と言うのはシオンの弟だ。

 あれからもう二年経つ訳だが、たぶん月面都市のギルドで探索者をしているのではないかと思う。

 姉弟仲良くやってると良いんだけど、前は凄い姉弟喧嘩してたしな。心配だ。


「なら、レミルの方には誰がついているんだ?」 

「そちらはロスヴァイセ様とグリムゲルデ様の担当ですね」


 ああ、あの二人か。

 ロスヴァイセとグリムゲルデは、オルトリンデやヘルムヴィーゲと同じ〈九姉妹ワルキューレ〉に所属するメイドだ。

 言われてみると、確かに適任かもしれない。二人とも社交的だし、人間に対しても悪感情はなく友好的な方だ。なによりロスヴァイセは動物や子供に好かれる性格をしているし、グリムゲルデは役を演じるのが得意だからな。潜入任務には打って付けだ。


「お呼びしましょうか?」

「いや、仕事の邪魔をすると悪いし、そのうちこっちから顔を見せるよ」


 もう二年も経っているんだものな。

 みんな、それぞれ自分たちの道を見つけ、頑張っているのだろう。それなら陰ながら応援するだけのことだ。

 メイドたちには俺の世話ばかりではなく、もっと自分たちのやりたいことを見つけて欲しいと思っているくらいだしな。

 だが、この話をすると「ご主人様にお仕えすることが、私たちのやりたいことです」みたいな話を返され、堂々巡りになるので言わないようにしているのだ。

 さすがの俺も何度も同じことを繰り返していれば、学習する。

 そう、学習していたはずなのだが――

 

「さすがに多すぎるだろう……」


 食堂に案内され、唖然とする。

 貴族の家でしか見ないような長いテーブルの上に、食べきれないほどの絢爛豪華な料理が並んでいたからだ。

 朝から、これは無理だ。朝じゃなくても食べきれる量じゃないけど……。

 少しは加減を覚えさせないといけないと、考えさせられるのだった。



  ◆



「ん……主。久し振り」


 この怠そうな感じ。

 無駄に気合いの入った他のメイドたちと違い、ヘイズはいつも通りで安心する。

 

「どうかした?」 

「いや、お前は変わらないなと思って。昨日から他のメイドたちは気合いが入り過ぎているみたいで、今朝も食べきれない量のご馳走が食卓に並んでてな……」

「それは当然。みんなあるじの帰りを待ってた」


 そう言われると、何も言えない。

 過去の世界に跳ばされたのは不可抗力だが、自分の撒いた種でもあるしな。

 しかし、


「お前もそうなのか?」

「さすがに失礼。私だって主がいなくて寂しかった」


 いつもと変わらないように見えるのだが、やはりそうなのか。

 だとすれば悪いことを言ったなと思い、謝罪をしようとすると――


「主がいてくれないとサボれない」


 やはり、いつものヘイズだった。

 俺をダシによく仕事をサボって、研究室に引き籠もっていたしな。


「そう言えば、主。異世界のお土産、ありがとう」

「ああ、レギルに分配を頼んだんだけど、無事に受け取ったみたいだな」

「ん……〈工房〉のみんなも喜んでる。〈方舟〉だっけ? あれも近いうちに確認しておきたいんだけど」


 ああ、その件があったな。

 丁度良い機会だし、〈博士〉に頼まれたことをヘイズに相談してみる。


「そのことで思い出した。〈方舟〉のシステムを地球のネットワークに繋ぐことは可能か?」

「見てみないとはっきりとしたことは言えないけど、たぶん出来る」


 やはりヘイズに相談して正解だったようだ。


「それじゃあ、頼めるか?」

「ん……急ぎ?」

「いや、手が空いている時でいい」

「なら、〈方舟〉の調査の時についでにやっとく」


 話が簡潔で助かる。

 月面都市でも地球のインターネットに繋ぐことが出来るのだが、そのシステムを構築したのは俺ではない。ヘイズと〈工房〉のメイドたちだしな。

 前から何度か言っているが、技術的なハードの構築に関してはヘイズの方が俺よりも上だ。俺がヘイズより勝っているのはソフトウェアの方で、魔法式プログラムの構築に関しては誰にも負けない自信があった。

 だから、この手のことは〈工房〉に任せておけば大丈夫だと思っていたのだ。

 餅は餅屋と言うしな。

 

「この後、ノルンのところに顔をだすの?」

「ああ、各部署の視察らしいからな。ここに来る前に他のところには顔をだしたから、あとは〈書庫〉だけだな」


 イズンのところに顔をだして世界樹の様子も確認したし、スカジは残念ながら留守にしていたがオルトリンデには会うことが出来た。レティシアの食べ歩きに付き合ったらしく、かなり疲れた顔をしていたな。

 なお、〈商会〉ではレギルが出迎えてくれたが、ヘルムヴィーゲはまだ島に残っているみたいだ。俺が〈方舟〉の〈工房〉の管理を頼んだから、それを律儀に守っているらしい。

 島の再開発を任されているというのも理由にあるみたいだが――

 庭園、狩人、商会の順に回ったので、工房ここが四つ目だ。あとは〈書庫〉に顔をだせば、視察は終わりと言うことになる。視察と言ってもメイドたちの仕事に抜かりがあるはずもないので、ようするに顔見せだ。


「なら、主からノルンに言ってくれる?」

「ん? どういうことだ?」

「あの子、ずっと気にしているみたいだから。二年前のことを」


 二年前のこと?

 なんのことか、さっぱり分からないが……あ、もしかして〈無形の書〉のことか?

 ノルンから預かった本を開いたら、あの白い部屋に飛ばされたんだよな。

 とはいえ、ノルンが悪い訳ではない。そんなものを〈書庫〉に仕舞っておいた先代の責任だ。

 それに結果的には過去の世界に跳ばれて良かったと思っている。

 いろいろと得るものもあったし、エミリアたちとも出会えたからだ。


「気にする必要ないんだけどな」

「主なら、そう言うと思ってた。でも、あの子は責任を感じて、ずっと自分を責めてる。だから主が帰ってきたのに、自分から顔を出せない」


 ノルンはヘイズと違って真面目だしな。

 責任を感じてしまうのも分からないではない。


「わかった。ノルンのことは、俺に任せろ」

「ん……お願い」


 とはいえ、俺が気にしなくていいと言ったところで、ノルンが納得するかは別の話だ。

 どうしたものかと考えさせられるのだった。

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