第七章 聖女と神の国
第294話 再会
「お帰りなさいませ。ご主人様」
声を揃え、一斉に傅くメイドたち。
玉座に腰掛け、数百名のメイドに傅かれる姿は、まさに王のようだ。
いやまあ、実際に〈
俺の名は暁月椎名。
月の楽園でメイドたちに囲まれながら〈楽園の主〉をやっている者だ。
『……急に自己紹介をはじめて、どうしたのですか?』
ちなみにこいつはアカシャ。
正式名称は〈全知の書〉と言って、魔導書に宿る人工知能のようなものだ。
『いや、立場を振り返って冷静になることで、気持ちを落ち着かせようと思ってな。久し振りに帰ってきたと思ったら、これだろう?』
エミリアたちは後で〈商会〉のメイドが月面都市まで案内すると言う話をレギルから聞かされ、テレジアとレティシアを連れて先に楽園へ戻ってきたのだ。そして、レギルの案内で謁見の間に通され、この状況に至ると言う訳だった。
ちなみにテレジアとレティシアの二人とは、楽園の入り口で別れた。
楽園を案内するとかで、オルトリンデが二人を連れて行ったのだ。
たぶん、それもレギルの差し金だったのだろう。
『これ、楽園のメイドの半数近くが集まってるんじゃないか?』
出迎えてくれるのは嬉しいが、これだけメイドたちが勢揃いだと妙な圧を感じる。
『四百九十八名いますね』
ほぼ半数じゃないか。
まあ、それだけ心配をかけたってことなんだろうけど……。
二年だもんな。それだけ留守にすれば、心配をかけて当然か。
でも、ユミルたちの姿がないな。〈原初〉だけでなく〈
シオンやサーシャもいないようだし、みんなどうしたんだ?
とはいえ、
「皆、出迎えご苦労。俺の留守をよく守ってくれた」
こうなったら彼女たちの期待に応えて、主らしく振る舞うしかない。
しかし、気の利いた台詞を言えるほど、俺はコミュ力が高くないからな。
なので、
「その忠誠に報い、褒美を取らせる」
物で釣って、誤魔化すことにするのだった。
◆
メイドたちに、どんな褒美を与えたのかって?
褒美とは言ったが、別にたいしたものではない。異世界の
過去の世界から持って帰ってきた魔導書や魔導具。それに魔物の肉や、密かに採取しておいた植物や鉱物など――いろいろなものを詰め合わせたセットをメイドたちに土産として渡したのだ。
レギルに仲良く分けるようにと渡しておいたので、上手く分配してくれるだろう。
それよりも問題は――
「マスター。お茶が入りました」
ユミルだ。
いま俺はユミルと二人きりで屋敷のテラスにいた。
屋敷と言うのは、楽園都市の中心にある〈楽園の主〉の邸宅。ようするに俺の家だ。
微妙に緊張した空気が場に漂っている気がする。
謁見の間にユミルたちの姿がないから不思議に思っていたのだ。
これ、もしかしなくても怒っているのではないだろうか?
スカジとレギルは普通の態度だったから、たぶん大丈夫だろうと高を括っていたのだが、二年も音沙汰無しだった訳だしな。心配をかけただろうし、怒っていても不思議ではない。
「よろしければ、こちらの焼き菓子もどうぞ」
ユミルは考えていることを隠すのが上手いので、表情から読み取れない。
いつものユミルに見えるのだが、これは先に謝った方がいいのだろうか?
いや、でも下手なことを言うと藪蛇になりかねないし……。
こういう時、自分のコミュ力のなさを痛感する。
「俺が留守にしている間に変わったことはなかったか?」
なにか話題がないかと考え、無難な話題を振る。
見た感じは特に変わっていなさそうだが、気にはなっていたのだ。
レギルがいろいろと手広くやっているみたいだしな。
楽園もなにか変化があるのではないかと思ったのだが、
「いえ、これと言って特に変わったことは……。強いてあげるなら
例の計画? そんなの聞いた覚えは……ああ、島の再開発のことかな?
レギルには面倒ばかりかけて済まないと思うが、〈トワイライト〉にも旨味のある話らしく張り切っていたからな。
さすがは〈商会〉のトップ。どんな状況でも組織の利益を追い求める姿勢は、たいしたものだ。そのお陰で俺も責任を感じずに済んでいるので、そう言う意味でもレギルには感謝していた。
島が浮いた時は、どうしたものかと頭を抱えたからな。
「マスター。この二年間どう過ごされていたのか、話を伺ってもよろしいでしょうか?」
今度は逆にユミルから質問が返ってきた。
そりゃそうか。気になるよな。
レギルとスカジには軽く説明したけど、まだ詳しく話したことはなかったしな。
でも、どこから話したものか。本当にいろいろとあったからな。
「長くなるけど、いいか?」
「はい。時間はたっぷりとありますから」
ああ、うん。これは全部話すまでは解放してくれない奴だ。
取り敢えず最初から順を追ってでいいか。
過去の世界――いや、異世界に転移したところから俺は語り始めるのだった。
◆
椎名がユミルと二人きりの時間を過ごしている頃、クロエはミハイルやシキと共にエミリアの護衛として月面都市のギルドに顔をだしていた。
だが、しかし――
「あら? こっちにエミリア代表が来ることは聞いていたけど、〈剣聖〉に〈皇帝〉も一緒なのね。あなたたち二人が一緒なんて珍しい」
一目でギルドマスターに正体を見抜かれ、
とはいえ、これはクロエも想定していたことだった。
月面都市のギルドマスターは〈聖女〉の二つ名を持つSランク探索者だ。
褐色の肌に黒髪の女性で、クレオパトラの生まれ変わりとも言われている絶世の美女。名はシャミーナ。厄介な能力を持っていて、顔を変えた程度では彼女の目は誤魔化せないと分かっていた。
「神に謁見? なんて羨ましい……それ、私も一緒で構いませんよね? いえ、決めました。ギルドの未来が掛かった大事な会談。代表理事に協力するのもギルドマスターの務めですから」
「えっと……」
勝手に話を進めるシャミーナに困惑した様子を見せるエミリア。
言っていることは矛盾していないように聞こえるのだが、明らかに個人的な欲望が垣間見える。
それも当然で、シャミーナが月面都市のギルドマスターに立候補したのは、彼女が神と崇める存在――〈楽園の主〉の近くにいるためだからだ。
この二年、幾度となく〈楽園の主〉に謁見を申し入れてきたのだが願いは叶わず、ずっと機会を待ち続けていたのだ。目の前に待ち望んだチャンスが飛び込んできて、飛びつかないはずがない。
「エミリア先生、諦めて。この女は、こういう奴だから……」
首を横に振りながら、なにを言ったところで無駄と話すクロエ。
むしろ、ここで断れば、なにをするか分からない。
そんな危険人物だと、クロエはシャミーナのことを認識していた。
「ですが、浮遊都市ですか。私も神の御力を間近で体験したかったです」
心の底から残念そうに溜め息を漏らすシャミーナを見て、ダメだこいつと全員の心が一致する。
「でも、ギルドマスターの仕事はちゃんとやってるのね。意外だわ……」
「当然です。ここは神の国。神にご迷惑をおかけする訳にはいきませんから」
結局そこに行き着くのかと、クロエの口から大きな溜め息が溢れる。
シャミーナがこの調子だと、少しでも問題を起こした探索者は無事で済みそうにない。
相手がAランクであろうと、Sランクのシャミーナに敵うはずがないからだ。
だが、
(実力は確かなのよね。この女。私の……いえ、探索者の天敵とも言える能力を持っているし……)
月面都市には、ギルドからの推薦を得た探索者しか訪れることが出来ない。
その多くがBランク以上、Cランクでも上位の実力を持つ一握りの実力者ばかりだ。
だからこそ、ギルドマスターにも相応の力が求められることから、シャミーナが月面都市のギルドマスターに就任したのは結果的に良かったのかもしれないとクロエは考えるが、
「先日も神に無礼を働いたAランクの探索者を再起不能――いえ、強制送還しました」
「いま、再起不能って言った? 言ったよね?」
「気の所為です。
やっぱり、この女はダメだと頭を抱えるクロエ。
能力的には問題なくても、その他が最悪すぎる。
取り敢えず、シャミーナの前で〈楽園の主〉の話は出来るだけしない方がいい。
椎名のことは黙っていようと、クロエは考えるのだった。
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