第293話 人類の希望

 グリーンランドの首都ヌークにあるギルドマスターの執務室に、クロエとミハイルの姿があった。

 ギルドからの呼び出しを受けたためだ。


「急に呼び出して申し訳ありません。ああ、そんなところに立ってないで、どうぞ座ってください」


 本当に申し訳なさそうな表情で頭を下げながら、二人に着席を促すギルドマスター。

 彼の名はジョン・スミス。ここグリーンランドのギルドマスターだ。

 ギルドマスターから呼び出しを受ければ、普通は少しくらい緊張するものだが、


「ルクセンブルクに出張してたんでしょ? 帰国早々、何の用?」


 クロエは警戒を隠すことなく、ジョンに尋ねる。

 どこか胡散臭そうなものを見る目をジョンに向けていた。

 それと言うのも――


「ハハ……そんなに警戒しなくても……」

「警戒するのは当然でしょ? ギルドマスターからの呼び出しで面倒事じゃなかったことなんてないじゃない」


 ジョンに呼び出されて、何度も面倒事に巻き込まれている経験があるからだ。

 忘れそうになるが、こんな見た目でもクロエはSランクの探索者だ。それだけにギルドからの指名依頼を受けることも多く、そうした依頼はAランクでも達成が難しい危険を伴うものが大半を占めていた。

 だが、それだけならクロエも警戒したりはしない。問題はジョンの持ってくる依頼のほとんどが、表向きの内容とは別に裏のあるものばかりだと言うことだった。


「以前、一生のお願いとか言って、私にどんな依頼をしたか覚えてる?」 

「ええ、勿論。Bランクのパーティーに経験を積ませるため、下層までの護衛と指導をお願いしたいと言う内容だったかと」

「その探索者パーティーのリーダーが王族だってこと黙ってたでしょ?」

「そ、それは先方の要望で、普通の冒険者と同じように扱って欲しいと……」

「へえ……シラを切るんだ。王子様は〈十二の騎士ナンバーズ〉の採用試験だと勘違いしてたみたいだけど?」

「些細な情報の行き違いがあったみたいですね」

「その後、晩餐会に招待されて、両親に紹介されそうになったんだけど?」

「王族と仲良くしておくのは悪いことじゃ――」


 ジョンが話を終える前にズドンと音が響き、重厚な執務机が真っ二つに割れる。

 クロエが手刀を机に叩き付けたのだ。

 ただならぬオーラを発するクロエに、頬が引き攣るジョン。

 無理もない。椎名にスキルを解除されたとはいえ、クロエはSランクの探索者だ。

 ユニークスキル抜きでも、高ランクの探索者に匹敵する実力がある。

 普通の人間がクロエに睨まれれば、身が竦んで恐怖で動けなくなるのが普通だ。

 しかし、


「机の弁償は〈円卓クラン〉に請求しておきますね」

「……ほんと良い度胸しているわね」


 冷静な対応を見せるジョンに呆れながら、クロエは青筋を立てる。

 こういうところが、ジョンがやり手とされる所以だった。

 誰に対しても丁寧な言葉遣いで一見すると卑屈な態度に見えるが、相手がSランクであろうとこの男は態度を変えない。ギルドマスターの職務を全うするためであれば、誰が相手であろうと臆したりはせず、ギルドのために利用しようとする。

 それがグリーンランドのギルドマスター、ジョン・スミスだ。

 だから、この男にはなにを言っても無駄だと、クロエも本当は理解しているのだろう。


「楽園を利用するつもりなら、やめておいた方がいいわよ」


 だが、そうと分かっていてもクロエは釘を刺す。

 ジョンがギルドに自分たちを呼んだ理由を察していたからだ。


「……お人が悪い。最初から察していたみたいですね」

「私だけならまだしも、この男・・・を呼んだ時点で察するなと言うのは無理があるわよ」


 気付いた理由は簡単だ。

 自分だけでなくミハイルも一緒に呼び出したこと。

 例の件・・・が関係していると考える方が自然であった。


「〈楽園の主〉に謁見を申し入れたそうですね。その件で〈トワイライト〉の会長から伝言を預かっています」

「ギルドに伝言を?」


 レギルとは面識がない訳ではない。

 ギルドを間に通さずとも、直接呼び出せば済む話だ。

 なのにギルドに伝言を頼んだのは、なにか意味があるはずだとクロエは考える。


「……また、アンタがなにかしたんじゃ?」

「誤解をしないでください。今回のことはギルドからの依頼であり、先方からの要請でもあります。あなた方には代表理事の護衛として、〈月の楽園エリシオン〉に出向いて頂きたいのです」


 そういうことかと、納得した様子を見せるクロエ。

 ベリルが言っていたように〈楽園の主〉に謁見を求める声は多い。

 だからこそ〈楽園の主〉に謁見をするにしても、なにかしらの理由が必要だ。

 そこで今回の件・・・・を利用するつもりなのだと、察したのだ。

 グリーンランドの件でエミリアがギルドを代表して〈楽園の主〉と会談するのは、なにも不思議なことではない。そのエミリアの護衛に高ランクの探索者が護衛につくことも、おかしな話ではなかった。

 だが、


「……ジョン・スミス。俺の正体にお前は気付いているな?」

「え?」


 まだ裏があるとミハイルは察する。

 ミハイルの問いに驚きの声を漏らしたのは、ジョンではなくクロエだった。

 サンクトペテルブルクのギルドマスターが〈皇帝〉の死に一枚噛んでいることは間違いないが、まさかそのことをジョン・スミスが掴んでいるとは思っていなかったからだ。


「誤解のないように言っておきますと、サンクトペテルブルクのギルドマスターが情報を漏らした訳ではありませんよ? ただ、彼とは旧い付き合いでしてね。なにか隠していることは察していました。そんな時に現れたのが、あなたです」

「……なるほど、最初から怪しまれていたと言うことか」

「正直に言うと、確証はありませんでした。私の知る〈皇帝〉と、いまのあなたでは余りに印象が違いすぎますから」


 その点は、クロエもジョンと同意見だった。

 以前の〈皇帝〉を知っていれば、いまのミハイルは別人にしか見えないからだ。

 いまのミハイルを見て、その正体が〈皇帝〉だと気付く者はほとんどいないだろう。


「確信を持ったのは、クロエさんのお陰です。彼女がこんな風に接する相手を、私は〈円卓クラン〉のメンバー以外に知りませんから」

「気持ちの悪いこと言わないでくれる? まるで、こいつと仲が良いみたいじゃない」

「喧嘩するほど仲が良いとも言いますし」


 殺気を込めた視線でジョンを睨み付けるクロエ。

 冗談でも止めて欲しいと言うのが、クロエの本音だった。

 ただ、そのことからジョンの狙いを察する。


「あ、そういうことね。正体をばらされたくなかったら言うことを聞けってこと?」

「……〈剣聖〉殿が、どんな目で私のことを見ているのかがよく分かりました」

「自業自得でしょ?」


 散々、人を利用するような依頼ばかりを振っておいて、よくそんなことが言えたものだとクロエは呆れた視線をジョンに向ける。


「信じてもらえるかどうかは分かりませんが、このことを誰かに話すつもりも広めるつもりもありません。勿論、あなたたちになにかを要求するつもりも……。こんなことを話しても、誰も信じてはくれないでしょうしね」


 そう話すジョンに訝しげな視線を向けるクロエ。まだ疑っているのだろう。

 そして、それはミハイルも同じだった。

 だからこそ、質問を続ける。


「お前の望みは、代表理事の安全の確保か」

「さすがにあなたは察しが良いですね」


 ジョンが本当はなにを望んでいるのかを知りたかったからだ。

 現役のSランクと元Sランクの探索者を護衛に付けると言うことは、それほどに楽園を警戒し、エミリアの安全を危惧していると言うことだ。そのことからも、ジョンは楽園を信用していないのだろう。


「なるほどね。でも言っておくけど、楽園がその気ならSランクが二人いても結果は同じよ」 

「……分かっています。島を浮かせる能力。巨大な化け物を瞬く間に消滅させた力。いずれも人間に出来ることではありませんから。まさに、あれは神と呼ばれる存在なのでしょう」


 楽園の主の正体は神か、それに準じるものだとジョンは考えていた。

 そうでなければ、これほどの力に説明が付かないからだ。

 だからこそ、


「人類は団結しなければなりません。そのためにも、あの方を失う訳にはいかないのです」


 エミリアが必要なのだと、ジョンは真剣な表情で熱く語るのであった。




後書き

 これにて六章は終幕です。

 近況ノートは予約投稿ができないので早くともお昼過ぎになると思いますが、後ほど総括を投稿予定です。 

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