第292話 依り代

 ヘルムヴィーゲには困ったものだ。

 ああ言うのを仕事中毒ワーカホリックって言うのだろう。

 信賞必罰の原則に沿って、褒美を与えようと思ったら――


「主様のお役に立てることが最上の喜びです」


 みたいなことを言って、更に仕事を要求してきたんだぞ?

 本当は逆に休みを取らせようかと思っていたくらいだと言うのに……。

 だが、それなら俺にだって考えはある。ようするに休まざるを得ない状況を作ってしまえばいいと言うことだ。だからヘルムヴィーゲの要望に応えるカタチで、方舟の〈工房〉を彼女に管理してもらうことにした。

 普段ヘルムヴィーゲが携わっている〈トワイライト〉の仕事に比べれば、〈工房〉の管理なんてすることがほとんどないしな。楽な仕事を振っておけば、自然と息抜きを覚えるだろうという算段だ。

 我ながら名案だとは思わないかね? アカシャくん。


『そうですね。マスターにしては考えた方だと思います。だからと言って思い通りに事が進むとは限りませんが……』


 なにやら引っ掛かる物言いだ。

 工房の管理なんて、いつも眠そうにしているヘイズにだって出来るんだぞ?

 仕事をさぼって俺の研究室で熟睡をして、捜しに来たメイドに連れて行かれるまでがいつもの流れだ。


『仕事とは与えられるものではなく、自ら率先して取り組むものなのでは? 命じられなければ、仕事の出来ない方なのですか?』


 ぐ……また、ぐうの音もでない正論を……。

 そんなことを言われると不安になってくるじゃないか。

 確かにヘルムヴィーゲなら、仕事がないなら自分で仕事を見つけてきそうだ。

 商会の仕事を持ち込んで、ここで仕事をすることも出来る訳だしな。

 可能性としては、これが一番ありそうな気がする。

 だが、それでは意味がない。ただ、勤務地が変わっただけの話だ。

 まてよ?


「気が逸れるようなものを置いとけば……」


 いっそ仕事に集中できない環境を作るのはどうだろうか?

 博士のために漫画やアニメを用意しようと思っていたことだし、これも地球の文化を知るための勉強だとか言っておけば、真面目なヘルムヴィーゲのことだ。オタク文化に興味を持つかもしれないしな。

 そうと決まれば、レギルに――

 いや、さすがのレギルもオタク文化には疎いだろうし、ここは俺が日本に足を運んで厳選したものを仕入れるべきだな。最近の流行は分からないが、そこはギャル姉妹にでも尋ねれば、どうにかなるだろう。

 様子を見ておきたいと思っていたし、レミルが通っているという学校にも興味があるしな。


「楽園に戻ってからになるけど、当面の予定は決まったな」


 方針は決まった。

 ヘルムヴィーゲで上手く行けば、追々とメイドたちにもオタク文化を布教するのは悪くない。そうすれば仕事以外の趣味を見つけ、自然と休みを取るメイドも増えて行くかもしれないしな。

 今回の計画は上手く行きそうな気がする。


「お父上様」

「ん? どうかしたのか?」

「……姉上様と一緒に帰ってしまわれるのですか?」


 寂しそうな表情で尋ねてくるアイリス。

 そうか。俺たちが島を去れば、アイリスはひとりぼっちになるのか。

 オルタナや〈博士〉がいるとはいえ、寂しいことに変わりは無いだろうしな。

 エミリアもギルドの仕事があるから、毎日会いに来ると言う訳にはいかないだろうし……。


「あの……ごめんなさい。お父上様を困らせるつもりはありません。たまに顔を見せていただければ、それで十分ですから」


 俺を困らせまいと必死に弁明するアイリスを見ていると、どうにかしてやりたいという気持ちが湧いてくる。

 方法がないこともなかった。

 依り代となるものがあれば、アイリスは〈方舟〉の外でも実体化できるはずだ。

 ただ、その依り代をどうやって用意するのかと言った問題がある。イズンのようにホムンクルスの身体を用意することも出来るが、それにもリスクがない訳じゃないからな。

 ホムンクルスには、前世の記憶や人格を継承できないという問題がある。これは精霊にも適用される可能性が高い。その証拠にイズンも依り代を得る以前の記憶が曖昧なのだ。

 この辺りのメカニズムは、まだちゃんと解明できた訳じゃないからな。

 オルトリンデたちの記憶が戻ったことに解決の糸口がありそうな気はしているのだが〈全は一ワンイズオール〉も未完成だし、そんな不確かな実験にアイリスを付き合わせる訳にもいかない。

 となれば――


「そうだ。あれを使えば、もしかしたら……」


 先日、入手したばかりの特殊個体の素材が頭を過る。

 情報改変ソウルハックの効果は覿面で、幾つか使えそうな素材が手に入ったのだ。


「そんなに寂しそうな顔をするな。俺がなんとかしてやる」


 エミリアにも二人で育てようと言った以上、親としての責任を果たしたい。

 それに丁度、試しておきたかった技術がある。

 いまなら専門家・・・もいるしな。

 丁度良い機会だと考え、


「〈博士〉ちょっといいか? 手伝ってもらいたいことがあるんだけど――」


 博士に連絡を取り、方舟の〈工房〉へと向かうのだった。



  ◆



 方舟の〈工房〉に籠もり始めて三日が過ぎた。


「さすが〈博士〉だな。見事なものだ」

「フフン、そうじゃろう。伊達にゴーレムマスターとは呼ばれておらぬよ」


 その二つ名は初耳だが、確かに見事なものだ。

 作業台の上に横たわる一体の魔導人形ゴーレム

 と言っても、見た目は洋服店なんかでよく見る顔のないマネキン人形だ。

 しかし、この人形には他の〈魔導人形ゴーレム〉にはない特徴があった。


「アイリス、この人形に手を触れてみて貰えるか」

「はい、お父上様」


 アイリスが手を触れると、眩い光を人形が放ち始める。

 そして、徐々にカタチを変えていく人形。

 光が収まると、そこには――


「成功みたいだな」

「うむ」


 アイリスそっくりの人形の姿があった。

 この〈魔導人形ゴーレム〉は憑依した精霊や魂の情報を読み取り、本人そっくりの見た目に変化する。博士が自慢するだけって、オルタナに匹敵するスペックを備えた高性能な依り代だ。


「アイリス。調子はどうだ?」

「まったく違和感がありません。この身体、凄いです。お父上様!」


 どうやら気に入ってくれたみたいだな。

 なにしろ、身体の各種パーツにはオリハルコンを用い、ミスリルから錬成した糸を束ね、人間の神経を再現している。更には骨格にアダマンタイトを使い、心臓となるコアには特殊個体からドロップした素材を用いていた。

 金色に輝く魔石だ。正確には〈魔核〉や〈霊核〉に近いものと言った方が正しい。

 同じようなものが天使を倒すとドロップすることがあるのだが、アレに近いものだ。

 生半可な〈魔法石マナストーン〉では大精霊の力に耐えきれないからな。

 その点、〈精霊喰いエレメントイーター〉の特殊個体の素材なら、大精霊の力にも耐えられるのではないかと考えた訳だ。

 ちなみにコアの錬成は俺が行い、身体の方は〈博士〉が担当した。

 この特別製の〈魔導人形ゴーレム〉は、俺と〈博士〉の共同作品と言う訳だ。


「お父上様、ありがとうございます。博士様もありがとうございました」

「気にせずともよい。精霊と言えど御主はまだ子供じゃ。幼子が親と一緒にいたいと思うのは当然のことじゃからの」


 やっぱり、なんだかんだと〈博士〉は良い奴なのかもしれない。

 ヘルメスのなかでも常識人ぽいしな。

 他の二人がぶっ飛んでいるだけなのかもしれないが……。

 その一人に俺が似ていると言う話は、いまだに納得していないけど。


「ところで、本当に〈博士〉は必要なかったのか?」


 依り代の件を、もう一度尋ねる。

 実は〈博士〉の分の〈魔導人形ゴーレム〉も最初は用意しようかと思っていたのだ。

 しかし、


「前にも言ったであろう? 我はオリジナルの残滓に過ぎぬと。〈方舟〉のデータベースに保存された情報に過ぎぬ。気を遣う必要などないわ」


 考えは変わらないようだった。

 情報集合体でも意志があるのなら人間と変わらないと思うんだがな。

 まあ、本人にその気がないなら無理強いするつもりもない。


「じゃが、そうじゃな。叶うなら外の情報が欲しい」

「外の情報?」

「うむ。〈方舟〉のシステムは独立していて、外界のネットワークと繋がっておらぬじゃろう? だから外の様子を知る術がないのじゃよ」


 なるほど。でも、この島は浮いている訳だしな。

 ネットに繋ぐと言っても、どうしたものか。

 手がない訳ではないが、


「少し待ってくれるか? そっち方面の技術に詳しいメイドがいるから相談してみる」

「気長に待つから、いつでも良いぞ。急いでおる訳でもないしの」


 まずはヘイズに相談してみようと考えるのだった。

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