第291話 信賞必罰
あれから一週間が経った。
一気に端折りすぎじゃないかって?
そう言われても、説明しないといけないようなイベントがあった訳じゃないしな。
と言うのも――
「自治州政府との協議は滞りなく済みました。欧州連合についても現状は大きな反発もなく計画通りに事が進んでおります」
「あ、うん。ご苦労様」
レギルの報告を聞いてもらえれば、察してもらえたと思う。
あれだけ自分に任せろみたいなことを言っておいてなんだが、すべて根回しが終わった後だったのだ。
レギルの姿が見えないと思ったら、自治州政府だけでなく欧州連合とも島の扱いについて交渉を済ませておいてくれたらしい。
一応、俺も手伝えることがないか尋ねたのだが――
「主様のお手を煩わせるようなことはなにも……。人間たちも主様の偉大さを十分過ぎるくらい理解したでしょうから」
すべて片付いた後だったのだ。
そのため、この一週間〈方舟〉に引き籠もってレギルの報告を待っていたのだが、そしたら冒頭の話に繋がったと言う訳だ。
部下が優秀だと楽でいいだろう?
本当に……呆れるくらい優秀なんだよな。
「最後にヘルムヴィーゲのことなのですが……」
ヘルムヴィーゲと言えば、なんでも天使を捕獲したらしい。
天使を生け捕りにしてどうするのかと思ったら、尋問して情報を得るそうだ。
でも、喋れると言っても所詮はモンスターだしな。たいした情報を持っているとは思えないのだが、恐らく〈
可能性としては十分にある。アイツ等、暗躍が得意みたいだしな。
「信賞必罰は必要か」
天使を捕獲したのはヘルムヴィーゲだ。
だから、その件はヘルムヴィーゲに任せると言ったが、やはり働きには相応の見返りがあって然るべきだ。
せめて、そのくらいは王様らしくしないとダメだなと考え、
「ヘルムヴィーゲを呼んでもらえるか?」
レギルにヘルムヴィーゲを呼んでもらうことにするのだった。
◆
「ああ、いと尊き御方。ヘルムヴィーゲはあなた様にお仕え出来て幸せです」
部屋の中の様子を確認して、そっと扉を閉めるベリル。
そして、なにも見なかったことにして、アクアマリンの待つ執務室に戻る。
ここはグリーンランドの首都ヌークに設けられた〈トワイライト〉の出張所だ。
あれから一週間。レギルの指示で、島の再開発に向けた準備を行っていた。
「あ、オルタナもきてたんだ。レギル様に用事?」
「お邪魔しております。今日は島の再開発について相談にまいりました。ヘルムヴィーゲ様はいらっしゃいますか?」
「ああ、うん。ヘルムヴィーゲね……執務室にいると思うから会ってくるといいよ」
オルタナの姿を見つけて声をかけるもヘルムヴィーゲに用事があると聞いて、目を逸らしながら部屋にいることだけを伝えるベリル。そんなベリルの態度に首を傾げながらも、オルタナは言われたとおりにヘルムヴィーゲの執務室へと向かう。
「あの子たちも働きものだよね。その所為で、みんな張り切ってるし……」
方舟の〈
このペースなら半年ほどで月面都市に見劣りしない街並みが完成するだろう。
しかし、
「ベリル。どこに行ってたのよ。まだまだ、仕事はたくさんあるのよ」
そんなガイノイドたちの活躍は、楽園のメイドたちに火を付けた。
ベリルが苦手なヘルムヴィーゲのもとへ足を運ぶほど、ここ一週間は寝る間も惜しんでメイドたちは仕事に励んでいた。
だから息抜きにこっそりと仕事から抜け出していたのだが、さぼっていたと言えばアクアマリンは怒るだろう。そのため、あらかじめ用意してあった言い訳をベリルは説明する。
「ヘルムヴィーゲの様子を見に行ったら、なんか様子がおかしくてね」
「ああ……うん、理解したわ」
ベリルの話を聞き、察した様子を見せるアクアマリン。
ヘルムヴィーゲが椎名に呼ばれた理由を知っているからだ。
「ヘルムヴィーゲがご主人様に呼ばれたのは聞いているでしょ?」
「うん、ミスを叱られて落ち込んでるんじゃないかと思って、覗きに行ったんだけど……」
「逆よ、逆」
なにか望みはないかとご主人様から尋ねられ、主様にお仕え出来ることが一番の望みですと答えたところ、地下遺跡の〈工房〉の管理を任させることになったのだと、アクアマリンは説明する。
「え、それって大出世じゃない?」
「ええ、錬金術師にとって〈工房〉は命に等しいほど大切なものだと聞いているわ。楽園の〈工房〉の管理を任されているヘイズ様が、そう言う意味でも特別な存在であることは、あなたも知っているでしょう?」
工房の管理を任せると言うことは、自分のテリトリーに立ち入ることを許可したと言うこと。それは即ち、主から絶対の信頼を置かれていると言うことだ。
楽園のメイドにとって、どんな褒美よりも栄誉なことであった。
「それって、やっぱりモンスターを生け捕りしたから?」
「ええ、ミスを補って余りある成果だと判断されたのでしょうね。ヘルムヴィーゲの献身に報われたと言っても良いのでしょうけど」
アクアマリンの説明に、なるほどと納得した様子を見せるベリル。
だが、同時に――
(そりゃ、みんな張り切るはずだよね……)
みんながいつも以上に張り切って仕事をしている理由をベリルは察する。
主のために働くことは当然だが、目立った活躍をすれば主から声をかけていただけるかもしれない。ヘルムヴィーゲのように褒美をいただける可能性もある。こんな餌を目の前にぶら下げられたら、張り切らないメイドがいるはずがない。
「まさか、アクアマリンも狙ってるの?」
「いまの職場に不満がある訳じゃないけど、ご主人様のお側に取り立てていただければ、これほどの栄誉はないでしょ?」
楽園のメイドらしい回答だった。
アクアマリンの言うように、楽園のメイドであれば誰もが憧れることだ。
そう言う意味で〈
だから、凡そ一年に一度のペースで回ってくる〈楽園の主〉のお側係は非常に人気が高いのだ。椎名が屋敷を留守にしていたこともあって、いまはその順番も滞っている状況だ。ここぞとばかりにメイドたちが張り切るのも無理はない。
(ご主人様と一緒なら毎日が楽しいだろうけど、レギル様たちと競うのは難易度が高いよね……)
しかし、ベリルは客観的に自分の能力を把握していた。
そのため、ヘルムヴィーゲが取り立てられたのは相応の実力があったからだと考える。自分がどれだけ頑張っても、ヘルムヴィーゲのように取り立てられることはないだろうと――
それでも、
(私は自分のことをよく分かっているからいいけど……)
アクアマリンが真面目に努力していることは知っている。
その努力の甲斐もあって、特別な力を持たない一般メイドでありながらレギルの側近に選ばれ、楽園の主専用のプライベートジェットの運用を任されるまでになったと言うことを――
だから、それがアクアマリンの夢なら、
「まあ、うん。アクアマリンがそうしたいなら協力するよ」
同僚の夢を応援したいと、ベリルは思うのだった。
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