第290話 ソウルハック
重力制御のスキルはコントロールが難しいのだが、ここ最近は天使と戦ったり上空に投げ出されたりと使う機会が多かったこともあり、空を飛ぶのにも慣れてきた。いまなら音速で飛行したり、大気圏外に飛び出すことも出来そうだ。
さすがに意味もなく、そんなことはしないけど。
しかし、
「近付くにつれ、魔力が薄くなってきたな」
特殊個体に近付くにつれ、魔力が薄くなっていくのを感じる。
こいつをこのまま放置すれば地上の精霊は食い尽くされ、地球は壊滅的な被害を受けるだろう。
島の世界樹を捕食した後は、月の世界樹に狙いをつけるのは目に見えている。
そんな真似を許すつもりはなかった。
故に――
「お前に特別恨みがある訳じゃないが、害虫は駆除させてもらう」
ここで、こいつは駆除する。
問題はどうやって倒すかだが、いまのところ俺が持つ手札のなかで最大の攻撃力を持つ〈
だからと言って、前回の失敗から〈
となれば、こいつを倒す手段は一つしか思い浮かばなかった。
「魔力を吸収できるのが、自分だけだと思わないことだ」
精霊を捕食し、魔力を吸収するのは〈
同じことは俺にだって出来る。〈
そこに新たな力を得た〈カドゥケウス〉の力を組み合わせれば――
「
偶然ではあるが〈博士〉の〈復元〉に成功したことから思いついたスキル。
その名も――
「
カドゥケウスの尖端からでた光が特殊個体を包み込む。
ダンジョンのモンスターが魔力で肉体を構成された魔力体だと言うのは以前に話したと思うが、倒されたモンスターがどうして素材をドロップするのかと疑問に思ったことはないだろうか?
モンスターの素材とは、魔力によって構築された情報集合体だ。即ち、魔力の結晶である魔石と本質は同じで、モンスターの特徴を情報として記憶した魔力結晶がドロップ品だと俺は考えていた。
天然の〈
だからサンクトペテルブルクの一件では、暴走した魔力を集束させることで偶然にも〈魔核〉が錬成された。〈霊核〉や〈魔核〉は魂から生まれたもの――情報集合体の一種だからだ。
これをただの偶然ではなく意図的に再現できないかと考えたのが〈
以前なら難しかったかもしれないが、いまは〈
ようするにだ。この実験が上手くいけば、ドロップ率百パーセント。
どんなモンスターからも素材をゲットできる夢の魔法が完成と言う訳だ。
『マスター……そんなことを考えていたのですか?』
大事なことなんだぞ?
素材がなければ、魔導具を作ることは出来ないからな。
魔導具を作れない錬金術師なんて、引き籠もりのニートと同じだ。
俺から錬金術を取ったら、なにも残らない。いまでさえ立場が危ういのに、そうなったらメイドたちの紐になるしかない。
いやまあ、レギルにお小遣いを貰っている時点で既にそうなっている気がしなくもないけど……。
『仰っていることは理解できるのですが、いまご自身がなにをされているのか理解されていますか?』
だからモンスターが素材をドロップする仕組みを再現したってだけだろう?
『ですから、それはダンジョンの仕組みの一端を解き明かしたと言うことですよ?』
言われてみると、そういうことになるのか?
でも、これだけだとダンジョンを再現するのには程遠いしな。まだダンジョンの謎を解き明かしたとは言えないだろう。
それにこの魔法だが、残念ながら俺だけの力で実現するのは現状だと難しかった。
いま使えているのは、イズンの〈祝福〉によって能力が底上げされているからだ。
この〈復元〉と言うスキルだが、とにかく扱いが非常に難しい。繊細な魔力操作を要求されることから、他のスキルと並行しながら使用するのが難しいのだ。イズンの助けなしだと、よくて成功率は一割程度だと予想していた。
それにイズンの〈祝福〉は仮契約だと三十分しか効果がないからな。
イズンの助けなしで使いこなせるようにならなければ、実用的とは言えない。
『マスターに常識を問う方が間違いでしたね』
酷い言われようだった。なにも間違ったことを言っていないと思うのだが……。
アカシャと話をしている間に、随分と魔力が集まって来た。
特殊個体の身体も半分くらいに縮んでいる。予想したとおり、身体を構成する大半の要素は魔力だったみたいだな。
前から不思議だったのだ。精霊を捕食し、魔力を際限なく吸収するのは分かるが、吸収された魔力はどこに保存しているのかと。
俺が余剰魔力を身体に纏わせているのと同じで〈
これがモンスターの理不尽さだよな。人間と違って鍛練の必要がなく、意識しないでも
だけど――
「足掻いたところで無駄だ。モンスターは確かに意識しないでスキルを使えるが、それは手足の使い方を知っているだけに過ぎない。人間は不器用だから研究し、能力を突き詰め、効率的に運用する術を学ぼうとする。それが、知性を持たない獣との差だ」
人間よりも強い生き物は地球上にたくさんいる。
それでも人間が地球上で繁栄することが出来たのは、好奇心と知性による結果だと俺は考えている。
どうして自分が息をしているのか?
どうやって手足を動かしているのか?
どうすれば、もっと効率良く道具を使えるのか?
そう言ったことに興味を持つことがなければ、学習することもない。
それが、人と獣を分ける差だ。
知的好奇心は、ここまで人類が文明を発展させることが出来た原動力でもある。
「だから自然になんとなく能力を使っているお前と俺では、同じスキルを使ったとしても天と地ほどの開きがある」
仕組みが分かれば、魔力の吸収に抵抗することも容易だ。
俺は一方的に〈
だが、所詮はモンスターだ。知性のない獣など――
「錬金術師を舐めるなよ?」
俺の敵ではなかった。
◆
「これが〈楽園の主〉の力か……」
まるで太陽のように輝く黄昏の光を、島から眺める一組の男女の姿があった。
ミハイルとクロエの二人だ。
「正直、私もまだ理解が足りていなかったみたい」
自分の理解が足りていなかったことをクロエは実感していた。
いま目の前で起きていることは、理解の範疇を超えている。
これは、まさに――
「まさに神の奇跡だな」
「その神様にお願いを聞いてもらおうとしている訳だけど、考えを改める気はないんだよね?」
「当然だ。俺にとって、この願いは死より重い。生きる意味でもある」
覚悟は出来ていると話すミハイルに、説得は無駄と諦めるクロエ。自分の意志でミハイルに協力することを決めたとはいえ、少し早まったかもしれないと内心では思っていた。
椎名が〈楽園の主〉であると言うことを、今回の件で実感させられたからだ。
話の通じない相手でないことは確かだ。しかし、話が通じるからと言って交渉の通じる相手とは限らない。
各国の事情や人間たちの都合にまで、楽園は配慮してくれない。仮に今回のことが切っ掛けで戦争が起きたとしても、『起きてしまったものは仕方がない』の一言で椎名は済ませるだろう。
当然だ。椎名にとってはその程度のことで、人間たちの争いなど歯牙にもかけていないのだから――
家を建てる計画があったとして、その土地に蟻の巣があるからと言って、人間は蟻に配慮するだろうか?
それと同じだ。
人間を蟻に例えるのはどうかと思うが、相手は神の如き力を持った存在だ。
圧倒的に上位の存在が、人間に配慮をする理由はない。
唯一の救いは、椎名が悪人ではなく基本的に善人だと言うことだ。
(結局、シイナの善意に期待するしかないってことね……)
それはそれで心が痛むクロエ。椎名には大きな借りがある。
だからこそ、本当なら善意につけ込むような真似をしたくはないのだろう。
だが、他に手はない。それだけに――
「いい? 絶対に余計なことはしないでよ?」
「分かっている。俺はあくまで真実を知りたいだけだ」
クロエは平和に解決することを祈るのだった。
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