第289話 精霊女王の祝福
跡形もなく消し去ってしまったのではないかと心配したのだが、無事だったようで安堵する。
いや、ここは喜ぶところではないのかもしれないが、レア素材を逃すよりは攻撃に耐えてくれた方がマシだしな。
それに――
「さすがは
手強いと言うことは、それだけ稀少な素材を落とす可能性が高いと言うことだ。
しかし、どうやって倒したものか。
ダメージは負っているようだが、傷の治りも早い。
耐久力だけでなく、回復力も天使を超えているかもしれない。
「ご主人様!」
どこか焦った様子で、大声で叫ぶイズン。
ここからでも、はっきりと分かるほど膨大なエネルギーが特殊個体の前方に集束していく。
これって、まさか――
『マスターの想像通りかと』
アカシャの声が頭に響いた直後、俺は宙を蹴って飛び出していた。
特殊個体がなにをしようとしているのかを察したからだ。
上空に飛び出した直後、放たれる極光。
それは俺が放った〈カラドボルグ〉と瓜二つの光だった。
「
光に向けて〈カドゥケウス〉の尖端をかざし、〈分解〉を使用する。
間違いない。特殊個体の放った光輝く槍のようなものは、聖気を集束したものだ。
恐らく〈カラドボルグ〉を学習し、自分なりに再現したのだろう。
だとすると、このモンスターの能力は――
「
光の槍が完全に〈分解〉されたことを確認して、思っていた以上に厄介な相手だと認識する。
恐らく自分が受けた攻撃を模倣する能力を、この特殊個体は持っているのだろう。
だとすれば、中途半端な攻撃は敵を強くするだけになりかねない。
とはいえ、先程の攻撃以上となると〈
でも、あれは出来ることなら使いたくない。
前回の反省を活かすなら、素材も分解してしまう可能性があるからだ。
となれば、
「イズン――力を貸してくれるか?」
ここは素直にイズンの力を借りるべきだろう。
しかし、俺はイズンが〈
彼女の能力をよく知っているからだ。
「ようやく頼ってくださいましたね」
どこか嬉しそうに微笑みながら、そう話すイズン。
いつも甘えてばかりだと思うのだが、イズンも楽園のメイドだしな。
他のメイドたちと同様、頼ってもらえるのが嬉しいのだろう。
なら――
「力を貸せ、イズン」
「仰せのままに。
彼女たちが望む姿を演じるのが、俺の仕事だ。
イズンの力を借りられるのなら、相手がなんであろうと負けはない。
それもそのはずだ。彼女は――
「
世界樹の化身なのだから――
◆
――
聖書の一節にもなっている聖句を唱えるイズン。
自分の認めた相手に〈祝福〉を授けることが出来るイズンの権能だ。
祝福と言うのは、ただの強化ではない。潜在能力を限界以上に引き出し、英雄の如き力を授ける世界樹の祝福。
それが、イズンの
「相変わらず凄いな。イズンの力は――」
「そう仰って頂けるのは嬉しいですが、私の〈祝福〉は切っ掛けを与えているにすぎません。強くなれるかどうかは、その者が持つ潜在能力次第。ですから、それはご主人様自身の御力と言えます」
こんな風にイズンはいつも謙遜するが、俺は〈原初〉の六人のなかでもイズンのスキルが一番実用性が高いと思っている。というのも、この〈祝福〉による強化だが人数に制限がないのだ。
スカジも過去の英雄を召喚するスキルを持っているが、イズンはその英雄を自分が望むだけ量産することが出来る。これが、俺が〈
その気になれば楽園のメイドたち全員に〈祝福〉を授け、強化することも出来るってことだからな。ただでさえ、規格外の強さを持つ楽園のメイドたちが強化されるのだ。
それにこの能力、自分も効果の対象に指定できる。イズンがスキルで自己強化を行って戦っているところを見たことがあるが、素手でドラゴンを殴り殺していたからな……。
だから、モンスター如きにイズンが後れを取るとは思えない。
ただ――
「ご主人様がお望みでしたら
「イズンには悪いけど、俺は俺のやり方で錬金術を極めたいからな」
「……やはり、お考えは変わらないのですね」
イズンの力を借りれば、お手軽に強くなれることは間違いない。
しかし、俺は錬金術師だ。
創意工夫することが楽しいのであって、最強を目指している訳ではない。
それに、どうせ上を目指すのなら自分の力で限界に挑んでみたいと考えていた。
これが普段、俺がイズンの〈祝福〉に頼らない理由だ。
隙を見ては、こんな風に契約を迫ってくるのだが……。
イズンとは仮の契約しか結んでいないからな。
「まあ、困ったら力を借りておいて、言えた台詞じゃないかもしれないけど」
「そうでしょうか? 私はご主人様に頼ってもらえて嬉しいですし、『道具は使ってこそ道具』――そう仰ったのは、ご主人様ですよ」
確かにそんなことを言った記憶はある。
折角作った魔導具を使わずにとっておくのは、勿体ないと思ってのことだ。
そうでも言わないと、俺が渡した魔導具を使わないで大事に飾っておきそうなメイドがたくさんいるからな……。
オルトリンデにも言ったけど、道具は使ってこそだ。役に立ったのであれば、壊れても構わないと俺は考えていた。
でも、イズンの例え方だと自分を道具だと言っているみたいで嫌なんだよな。
彼女たちは自分たちのことを〈楽園の主〉の所有物だと言うが、俺は一度もメイドたちを道具だと思ったことはないからだ。
「その話は後でゆっくりとするか。まずは
続けて撃ってこないところを見ると、模倣できるスキルには制限があるのかもしれない。
どんなスキルでもコピーできるのであれば、明らかに強すぎるしな。
だとすると、カウンターに特化したラーニング能力ってところか?
どのみち厄介な能力であることに変わりは無いが、
「それじゃあ、いってくる」
「ご武運を」
負ける気はまったくしなかった。
なにせ、こっちには
◆
「はあはあ……あ、ありえない。なんなんだ。あの化け物は……」
翼を広げ、フラフラと上空を漂うガブリエルの姿があった。
椎名の放った〈カラドボルグ〉の余波に巻き込まれたガブリエルであったが、間一髪のところを逃れていたのだ。
「もう〈身代わり〉のスキルは使えないと言うのに……危ないところだった」
以前、椎名の〈
ガブリエルの能力は殺した相手のスキルを奪うことが出来ると言ったものだが、この能力には幾つかの制約があった。
そのなかで最も大きな制約が、同じスキルは二度とコピーできないと言う制約だ。
これによって一度しか使えない〈身代わり〉のスキルを使用したガブリエルは、二度と同じスキルを覚えることが出来なくなった。
即ち、もう一度同じような攻撃を受ければ、今度こそ命を落とす可能性が高い。
「だが、島には潜入できた。このまま潜伏して機会を……」
「そんな機会はありませんよ。私が許すと思いますか?」
「――ッ!」
どうにかグリーンランドに辿り着き、身を隠そうとしていた、その時だった。
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには一人のメイドの姿があった。
ヘルムヴィーゲだ。
「どうして、ここに……」
「ずっと、あなたの影に隠れて見張っていたことに気付かなかったようですね」
ヘルムヴィーゲの説明に目を瞠り、状況を理解した様子を見せるガブリエル。
「まさか、あの爆発は虫の群れを狙ったものではなく注意を逸らすため……僕の影に身を隠すためだったのか!?」
「ええ。逃げるのが上手いようですから、また危なくなったら逃走を図るのではないかと思っていました。出来ることなら結社のアジトまで案内してくれることを望んでいたのですが、上手くは行かないものですね」
心の底から残念そうに溜め息を漏らすヘルムヴィーゲ。
上手くいけば、汚名の返上に繋がるかもしれないと考えていたのだろう。
自分の油断の所為で、主の手を煩わせてしまった。
それはヘルムヴィーゲにとって、最も許せないことだからだ。
「更に失態を重ねる訳にはいきませんので、あなた一人で我慢することにします」
「ふざけるな! 僕が簡単に捕まるとでも――」
「なぜ、このタイミングで私が声をかけたと思いますか?」
まさかと言った表情で足下を見るガブリエル。
自分の身体が影に沈んでいくのを見て、すべてを察する。
「身体が……くっ、こ、こんなことで……僕……が……」
それはヘルムヴィーゲの〈影呑み〉の能力だった。
まるで底なし沼のように、もがけばもがくほどに身体が影に沈んでいく。
万全の状態であれば、影から逃げることが出来たかもしれない。しかし、いまのガブリエルは〈カラドボルグ〉から身を守るために多くの魔力を消費し、自由に飛ぶことすら出来ないほどに弱っていた。
為す術なく影の中へと沈んでいくガブリエルを見下ろしながら、
「これで少しは
ヘルムヴィーゲは憂いを帯びた顔で溜め息を漏らすのであった。
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