第287話 影の世界

 良い見晴らしだ。

 こうして景色を眺めていると、実感が湧いてくる。

 この島、本当に浮いているんだなって……。


「こっちに向かって、虫がたくさん飛んでくるな」

「〈精霊喰いエレメントイーター〉の眷属ですね。ですが、この数は……」


 イズンも困惑しているようだ。それもそのはずで、虫の数が尋常ではなかった。

 百や千どころではない。軽自動車くらいある巨大な羽虫が空を黒く塗り潰す勢いで、こちらに向かってきていた。

 たぶん数万匹はいるんじゃないか?

 そのことからも〈青き国〉に出現した〈精霊喰いエレメントイーター〉よりも強い力を持っているのは間違いないようだ。 


「〈精霊喰いエレメントイーター〉を倒せば、虫は消えるのか?」

「これ以上、眷属が増えることはありませんが、そう言う訳では……」

「なら、あれをどうにかする必要もあると言う訳か」


 となると、島への上陸を許すと結構な被害がでそうだ。

 どうしたものかと思案していると、


「ご主人様。でしたら虫の相手は、私どもにお任せください」

「若様の活躍を見学するつもりでついてきたけど、街に被害がでると困るしね」


 テレジアとレティシアが、虫の駆除に協力してくれるようだ。

 二人なら後れを取るようなことはないだろうが、あの数だしな。

 もう少し人手が欲しいところだと思っていたら、


『マスター。〈方舟〉の防衛機能をお試しになりますか?』


 オルタナの声が頭に響く。

 どうやら〈念話〉を使って頭の中に直接語りかけてきているみたいだ。

 こんなことも出来たんだな。


『もしかして〈魔導人形ゴーレム〉を使うのか?』

『はい。世界樹の魔力が満ちている今でしたら、あの子たちの起動は可能です。眷属の対処をお任せ頂けますか?』


 オルタナと一緒に眠っていた〈魔導人形ゴーレム〉たち。

 あれだけの数がいれば、島を守るには十分過ぎる戦力だろう。

 少しでも虫を取り逃すとこの島だけでなく、周辺の地域に被害をもたらす可能性があるしな。

 できることなら一匹残らず、ここで駆除しておきたい。


『許可する。テレジアやレティシアと協力して、虫どもを一匹残らず駆除してくれ』

『了解しました。必ずや、マスターのご期待に応えてみせます』


 これで〈精霊喰いエレメントイーター〉の眷属の件は、どうにかなりそうだな。


「オルタナに〈魔導人形ゴーレム〉の出撃を命じた。協力して虫の対処を頼む」


 俺の話に少し驚いた様子を見せるも、テレジアとレティシアは頷く。

 あとは〈精霊喰いエレメントイーター〉をどうにかすれば問題は解決だ。

 魔晶石と言うのが〈精霊喰いエレメントイーター〉を呼び寄せた原因らしいが、島に向かってきているのはどう考えても世界樹が目的だろうしな。だとすると、責任の一端は俺にもある。


「イズンは大丈夫そうか? 〈精霊喰いエレメントイーター〉って世界樹や精霊からすると天敵みたいなものだろう?」

「お邪魔でなければ、ご主人様の傍にいさせてください。皆さんだけを戦わせて、一人だけ安全な場所に隠れている訳にもいきませんから」


 辛いようなら〈方舟〉に戻っていてもいいと言おうとしたのだが、余計な心配だったようだ。

 イズンは責任感が強いからな。ここは彼女の意志を尊重するとしよう。

 それに一応は心配したけど、相性が悪いと言うだけでイズンが後れを取るとは思えないんだよな。

 なにはともあれ、やるべきことに変わりは無い。

 考えようによっては、入れ食い状態だ。これだけの数がいればドロップ品にも期待が持てそうだし、なにより〈精霊喰いエレメントイーター〉の成体はどんな素材になるのか興味がある。


「作戦開始だ」


 若干の好奇心と期待を胸に、俺は作戦の開始を告げるのだった。



  ◆



 精霊喰いエレメントイーターとの距離を取りながら、周囲を飛び交う虫を駆除するシキとヘルムヴィーゲの姿があった。

 魔力を足場に飛び跳ねるように宙を舞う二人。

 精霊喰いエレメントイーターとその眷属によって精霊が消失し、大気中の魔力濃度が薄くなっている中、限られた魔力を駆使して空中を移動するには高い魔力操作の技術がなければ難しい。

 楽園にも、これほどの芸当が出来るメイドは限られるだろう。

 それだけに――


「足手纏いと言った言葉は謝罪します」


 実力を認め、ヘルムヴィーゲはシキに非礼を詫びる。

 勘違いしないように言っておくとヘルムヴィーゲは人間が好きではないが、それは人間が欲深く、たいした力もないのに力の差を理解せず楽園にちょっかいをかけてくるからだ。

 己が分を弁えずに楽園を敵視し、神の如き力を持つ至高の存在の手を煩わせる。

 ヘルムヴィーゲは、そんな人間たちが許せないだけだった。

 だが、人間のなかもマシな人間がいることは理解している。アメリカのSランク探索者アレックス・テイラーのように、賢く実力がある者については、その価値を認めていた。

 その点から、シキにもそれだけの価値があると認めたのだ。

 少なくとも魔力操作の技術だけを見れば、自分に迫る実力者だと――


「それに彼女・・にも謝罪しないといけませんね。彼女が〈星詠み〉で察知して、あなたを寄越してくれなければ、私は不意を突かれていたかもしれない。この虫の群れに、一人で挑むことにもなっていたでしょうから」


 精霊喰いエレメントイーターの眷属如きに後れを取るとは思っていないが、それでも今以上に苦戦を強いられていたことは確かだ。

 実際、二人でも食い止めることは難しく、多くの虫たちを通してしまっている。 

 進行を遅らせるので精一杯と言うのが、いまの状況だった。

 シキがいなければ、もっと悲惨な結果になっていたとヘルムヴィーゲは考える。

 だからこその謝罪。そして、自分に対して強い怒りを覚えていた。

 無理もない。


「このまま距離を置きながら撤退します。魔力は残っていますか?」

「え、はい。まだ、そのくらいの魔力であれば残っていますが……」

「でしたら、すぐに撤退を。主様・・の邪魔になります」


 ヘルムヴィーゲの言葉でハッと我に返り、状況を理解するシキ。

 戦いに意識を集中していて、気付いていなかったのだろう。

 先程まで感じ取れなかった精霊の気配が周囲に漂っていた。

 まるで島に二人を誘導するかのように、精霊たちが道を示してくれているのが分かる。


「イズン様です。精霊が作ってくれた道を行けば、安全に撤退が出来ます。あなたは急いで撤退を――」


 そう言ってシキを下がらせ、ヘルムヴィーゲは撤退を支援するように前へでる。


「ヘルムヴィーゲ様も一緒に――」

「先に行きなさい。大丈夫です。いと尊き御方の許可なく死ぬつもりはありませんから」


 自分たちは等しく主の所有物なのだから――

 それはヘルムヴィーゲの本心だった。

 だからこそ、勝手に命を捨てるような真似をするつもりはない。

 ただ、自分の油断の所為で結局は主の手を煩わせてしまったこと。

 それが、ヘルムヴィーゲは許せないだけだった。


「どこに行こうと言うのですか? あなたたちの相手は私です」


 魔力を解放し、虫の注意を自分に向けるヘルムヴィーゲ。

 さすがにこれだけの数の虫を駆除するのは、ヘルムヴィーゲと言えど難しい。

 だが、少しばかり数を間引く程度であれば、いまの彼女でも可能であった。

 

よ、世界を呑め――」


 この時期、夜が訪れないはずの北極圏の空が暗く染まる。

 これこそで、ヘルムヴィーゲの切り札とも言える力。


影の世界ダン・スカー

 

 世界が影に侵食されるのだった。



  ◆



 ヘルムヴィーゲだと思うが、凄いことをやっていた。

 空が暗く染まったかと思うと、七隻・・の軍艦が降ってきて空中で爆散したのだ。

 恐らく海面すべてが〈影呑み〉の入り口になっていて、取り込んだものが空から落ちてくる仕掛けになっているのだろう。

 空が暗く染まっているのは魔導具の力ではなく、ヘルムヴィーゲの魔法だ。

 影のないところに魔法で影を作って、魔導具を併用するなんて――

 あの影の結界のなかでは、上下の感覚を見失いそうだな。

 本来の用途は、恐らく敵の方向感覚を狂わせるのが狙いなのだろう。


「いつの間に、あんなこと出来るようになったんだ?」

「ヘルムヴィーゲちゃんは努力家ですから」


 努力家の域を超えていると思うのだが……。

 効果範囲や規模だけで言えば、ユニークスキルにも匹敵するぞ。

 とはいえ、半数は難を逃れたみたいで、真っ直ぐに島へと向かってきていた。

 まあ、数も減ったことだし、そっちはテレジアたちに任せておけば大丈夫だろう。

 問題は――


「あれが〈精霊喰いエレメントイーター〉の成体か」


 物凄く巨大な蛾・・・・が島に向かって飛んできていた。

 全長百メートルくらいはあるんじゃないか?

 まさに怪獣映画のそれだ。


「これほど巨大な〈精霊喰いエレメントイーター〉は初めて見ます。まさか、あれは……」


 なにか心当たりがあるのか? 驚いた様子を見せるイズン。

 もしかしてと思っていると――


「ご主人様。あれは恐らく〈精霊喰いエレメントイーター〉の女王クイーンです」


 特殊個体レアだと告げてくるのだった。



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