第286話 堕ちた天使

 精霊喰いエレメントイーターが出現した?

 それって、あの〈精霊喰いエレメントイーター〉だよな?

 芋虫みたいな奴――


『いえ、出現したのは成体・・の〈精霊喰いエレメントイーター〉です』


 疑問に思っていると、アカシャが答えてくれた。

 さすがは〈全知〉だ。既に状況を把握しているらしい。

 成体ってことは、羽でも生えているのか?


『そうですね。蛾に近い姿をしています。大きさは比較になりませんが』


 特撮映画に出て来くる怪獣みたいなものか……。

 でも、なんだってそんなものが突然出現したんだ?

 また、〈モンスターの氾濫スタンピード〉が起こった訳じゃないよな?


『魔晶石が使われた痕跡があります』


 魔晶石? 聞いたことのない名前だ。

 魔石とは違うのだろうか?


『魔素が長い歳月をかけて結晶化したものです。地上で採れる魔石のようなものですね。モンスターが好む波長の魔力を発していて、モンスターを引き寄せる効果があります』


 なるほど、そんなものがあるのか。

 でも長い歳月をかけてって、ダンジョンが出現してそれほど経っていないだろう。

 数十年やそこらで出来るものなのかと疑問に思っていると、


『最低でも千年近くは掛かりますね』


 やはり無理なようだった。

 なら、なんでそんなものが地球にあるんだ。

 まさか、それも異世界から持ち込まれたものだとか言わないよな?


『正しくもあり、正しくないとも言えます。申し訳ありませんが、これ以上のことは言えません』


 アカシャが言葉を濁すと言うことは、異世界絡みと言う訳か。

 たぶん例の情報の閲覧権限に引っ掛かっているのだろう。

 この〈方舟〉について、詳しく教えてくれないのと同じだ。


「〈魔晶石〉が使われたみたいだ」

『〈魔晶石〉じゃと? 確かに〈精霊喰いエレメントイーター〉が魔素に惹きつけられて出現した例は過去にもあるが……それほど大量の〈魔晶石〉をどうやって用意したのじゃ?』


 それは俺も知りたい。

 だけど、アカシャも答えてくれそうにないしな。


「イズン、〈精霊喰いエレメントイーター〉の位置は把握しているんだよな?」

「はい。精霊たちが騒いでいるので状況は把握できています。いまヘルムヴィーゲちゃんとシキちゃんの二人が足止めをしているようですが、こちらへ真っ直ぐ向かってきているようです」


 ヘルムヴィーゲとシキが?

 まあ、あの二人の実力なら足止めくらいは造作もないか。

 一早くモンスターの出現を察知して行動するあたり、さすがだな。


「ですが、苦戦を強いられているようです」

「……あの二人が?」

「成長した〈精霊喰いエレメントイーター〉は神獣に匹敵する力を持ちます。周囲の魔力を吸収することから、魔法や魔導具も上手く使えませんので……」


 そう言うことか。それだと苦戦を強いられるのも理解できる。

 でも、まさか成体の〈精霊喰いエレメントイーター〉がそんなにやばいモンスターだったとはな。

 神獣はスカジとレギルが二人掛かりで狩るようなモンスターだ。

 ユミルなら一人でも狩れるが、なにせ相性の問題もあるしな。


『マスターでしたら、お一人でも問題はないかと』


 まあ、神獣に匹敵する力を持つと言っても〈精霊喰いエレメントイーター〉だしな。

 既に対処法が確立された相手なら、俺でもどうにかなるだろう。

 精霊喰いエレメントイーターの弱点は、魔力しか吸収できないことだ。

 ようするに魔力以外の力で対処すればいい。そこさえ気を付ければ、大きいだけのモンスターだしな。

 先代がやっていたみたいに、星霊力を使った魔法で攻撃を加えるのも一つの手だ。

 しかし、


アレ・・を試せるかもしれないな」


 今回は別の手段を試してみようと思う。

 覚えたばかりの力を試してみたいと思っていたから丁度良かった。


「若様、まさか……」

「そのまさかだ。丁度良い実験相手だろう?」


 レティシアは気付いたみたいだ。

 そう、俺が試そうとしているのは聖気・・だった。

 俺の予想が正しければ、これも〈精霊喰いエレメントイーター〉は吸収できないのではないかと思う。


「悪いけど、イズンは案内を頼めるか? あとヘルムヴィーゲとシキに射線上・・・から退避するように伝えてくれ」

「……畏まりました」


 気を付けるつもりだが、二人を巻き込む可能性があるからな。


「お父上様……」


 不安そうな顔を見せるアイリス。

 アイリスも世界樹だし、〈精霊喰いエレメントイーター〉は天敵と言える相手だ。

 本能的に恐怖を感じているのかもしれない。

 そもそも島に向かってきているのも、世界樹の気配を察知した可能性が高い。

 

「大丈夫だ。害虫くらい俺が追っ払ってやるから」


 だから安心させるように頭を撫でてやるのだった。



  ◆



 時は少し溯り――


「丁度良い手土産が増えました。いと尊き御方にも喜んで頂けるでしょう」


 軍艦の中で、ガブリエルと対峙するヘルムヴィーゲとシキの姿があった。

 状況は二対一。その上、ガブリエルの実力は既に判明している。

 スカジから逃げ切ったのはたいしたものだが、それはスカジが本気ではなかったからだ。

 魔槍とスキル抜きであれば、ヘルムヴィーゲの実力はスカジに比肩する。

 そのため、自分でも捕らえることは可能だと、ヘルムヴィーゲはガブリエルの力を見立てていた。


「私はスカジ様のように甘くありません」


 先に動いたのはヘルムヴィーゲであった。

 一足でガブリエルとの間合いを詰めると、魔力を込めた拳を放つ。

 まるで閃光のような一撃。

 音速を超えた拳は空気の壁を突き破り、衝撃を巻き起こす。

 しかし、


「問答無用か。まったく、少しは対話を覚えた方がいいよ。キミたちは――」

「不要です。敵と馴れ合うつもりはありませんから」


 ガブリエルは光の壁のようなものでヘルムヴィーゲの攻撃を受け止め、攻撃の余波で空いた穴から甲板へと飛び出す。

 そんなガブリエルの後を追うヘルムヴィーゲを、シキも追いかけようとするが――


「魔晶石が光って……まさか!」


 魔晶石の放つ光が、徐々に輝きを増していることに気付く。

 魔晶石がモンスターを誘き寄せる効果があることは知られているが、もう一つ〈青き国〉には魔晶石について伝わっている話があった。 

 それが〈精霊喰いエレメントイーター〉を呼び寄せたのが、魔晶石であったとする話だ。

 嘗て〈青き国〉に現れた〈精霊喰いエレメントイーター〉はアルカによって討伐されたが、当時はまだ魔晶石にモンスターを誘き寄せる効果があることは知られておらず、安価な魔石として魔導具などに用いられていたのだ。

 しかしその後、魔晶石にはモンスターを誘き寄せる効果があると判明し、〈精霊喰いエレメントイーター〉を呼び寄せ世界樹を危険に晒すことになったのは魔晶石が原因だったのではないかと噂されるようになったのだ。

 青き国で魔晶石の取り引きが厳しく制限されているのは、それが理由であった。

 ただの仮説に過ぎなかったが、魔晶石に〈精霊喰いエレメントイーター〉を呼び寄せる力が本当にあるのだとすれば――


「ヘルムヴィーゲ様! すぐに退避してください!」


 エミリアが視た〈星詠み〉の光景と〈青き国〉に伝わる〈精霊喰いエレメントイーター〉の伝承から、シキはガブリエルの狙いを察する。

 これだけ大量の魔晶石があれば、災厄・・を呼び寄せることも不可能ではないと考えたからだ。

 だが、シキが声を発すると同時に黒い光が視界を覆い、次々に他の軍艦からも同じ光が立ち上る。


「本当はもっと島に近付いてから、はじめたかったんだけどね。まあ、これだけ近付けば十分だろう。これ以上、キミたちに力をつけられると面倒だからね。楽園にヘルメスの遺産は渡さない」


 翼を広げ、上空から黒い光を眺めながらガブリエルは高らかに笑う。

 これこそ、ガブリエルの望んだ光景であった。


「キミのためにご馳走を用意した。さあ、来るんだ! 精霊喰いエレメントイーターの女王――いや、堕ちた天使〈死を告げる者サマエル〉!」

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