第284話 魔晶石

 グリーンランドの首都ヌークから沖合に百キロの地点に件の艦隊の姿があった。


「妙ですね。人の気配がしない」


 昔のように戦闘機が飛び交い、大砲を撃ち合うと言った戦争は過去のものだ。

 現代の軍艦はコンピューターで制御され、戦闘もミサイルを用いた攻防、電子戦を想定したものが主流となっている。

 しかし、だからと言って乗員が必要ないと言う訳ではない。

 なのに船から人の気配がしないことにヘルムヴィーゲは疑問を持つ。


「でてくる気配がありませんね。これは……」


 なにより、いま彼女は目立つように船の甲板に立っていた。

 これで反応がないと言うのは、幾らなんでもおかしい。


「ヘイズ様がいらっしゃれば、なにか分かったかもしれないけど……」


 少し逡巡するも、船ごと持ち帰れば問題はないだろうとヘルムヴィーゲは考える。

 彼女が〈楽園の主〉より授かった魔導具であれば、それが可能であった。

 収納に特化した影のスキルが付与された〈影呑み〉であれば――


「呑み干せ――影呑みシャドウイーター


 ヘルムヴィーゲが腕を空に掲げると足下の影が広がり、船体を呑み込み始める。

 これが〈影呑み〉の能力。あらゆるものを〈影の世界〉に引きずり込む能力だった。

 影に取り込んだものは、影から取り出すことも可能だ。この能力を応用すれば、空間転移の真似事も出来る。エミリアとシキを連れて一瞬でヌークの空港まで転移したのは、影世界の入り口をベリルの影に繋げたからだ。

 勿論、制約はある。影のない場所に出入り口を繋げることは出来ないし、特化型の能力であるため、シキの〈影魔法〉のような汎用性はない。この魔導具に出来ることは、あくまで影の世界に取り込むことだけだからだ。

 だが、ヘルムヴィーゲにとっては、それで十分だった。


「次――」


 軍艦を取り込むと宙を蹴って、次のターゲットへと向かうヘルムヴィーゲ。

 魔力を固めて作った足場で、器用に宙を闊歩する。

 魔力操作の技術では〈九姉妹ワルキューレ〉のなかで一番の実力を持つのが彼女だ。

 それ故に戦闘技術も卓越していて、姉妹随一の怪力を誇るオルトリンデすら、魔導具抜きの戦いではヘルムヴィーゲに敵わないほどだった。

 器用貧乏ではなく、すべての武器や魔法を超一流で使いこなす達人。

 それが、ヘルムヴィーゲなのだ。

 例えるなら、彼女の戦闘スタイルはスカジが最も近い。

 スキル抜きであれば、その実力は〈原初〉の六人にも見劣りしないだろう。

 だが、


「やはり、この船にも人間の姿はなしですか」


 二隻目の軍艦に降り立つも、やはり人の気配はなかった。

 まだ七隻の船が残っているが、他の船にも動きはない。となれば、無人で航行していると言うことだ。

 現代のコンピューター制御された船であれば、理論上は不可能ではない。目的地をインプットしておけば、自動的に船は目的地へと向かう。最新鋭の船であれば極端な話、船長一人でも運航は可能だ。 

 しかし、そうする意味がない。

 なにを目的にグリーンランドへ向かっていたのかが、これだけでは分からなかった。


「……まさか」


 なにかに気付いた様子を見せるヘルムヴィーゲ。

 周囲を探るような素振りを見せ、身体を影へと沈める。

 そして、


「やはり、そういうことでしたか」


 船倉で目的のものを発見する。それは山のように積まれた木箱だった。

 木箱の中身を確認すると、黒い魔石のようなものがギッシリと詰められていた。

 すべての船に同じものが積み込まれているのだとすれば、その量は数万トンを超えるだろう。


「ですが、普通の魔石は赤い色をしているはず。この黒い魔石は一体……」

「まさか、その石は……!」


 ヘルムヴィーゲが魔石を手に取ろうとした、その時だった。

 船倉に響く大きな声。ヘルムヴィーゲが振り返ると、そこにはシキの姿があった。

 後を追ってきたのだと察し、ヘルムヴィーゲは溜め息を吐く。


「そう言えば、あなたは影のスキルが使えるのでしたね。手伝いは不要と言う話を聞いていなかったのですか?」

「聞いていました……。ですが、エミリア様が危険が迫っていると……」

「危険? それは、この石のことですか? そう言えば、なにか知っているような口振りでしたね」


 シキの話から、エミリアの〈星詠み〉がヘルムヴィーゲの頭を過る。

 未来を予知する能力。〈神託の巫女〉の噂はヘルムヴィーゲの耳にも届いていた。


(イズン様が彼女たちを連れて行くようにと仰ったのは、そういうことですか)


 イズンは世界樹の大精霊だ。

 エミリアが〈星詠み〉を使ったことに気付いていたのだろう。

 だから彼女たちを連れて行くように命じたのだと、ヘルムヴィーゲは察する。

 だとすれば、最も怪しいのは黒い魔石だとヘルムヴィーゲは考えるが、


「それは魔石ではありません」

「魔石じゃない?」

「魔素が結晶化したもので〈魔晶石〉と呼ばれるものです。本来は〈魔の森〉の奥地など、魔素を大量に帯びた土地でしか採れないはずのものなのですが、それがこんなにあるなんて……」


 シキの説明に、怪訝な顔を見せるヘルムヴィーゲ。

 魔晶石などと言うものを、彼女は耳にしたことがないからだ。

 しかし、シキの驚きようからも嘘を言っているようには見えない。

 となれば、この〈魔晶石〉と言うのは――


あなたたち・・・・・の世界のものと言う訳ですか」


 この世界には存在しないはずのものだと、ヘルムヴィーゲは察する。


「私たちが〈渡り人〉だと言うことに、お気付きだったのですか?」

「あなたたち二人の過去は調べましたから。この世界にダンジョンが出現するより前の足取りがまったく掴めなかったことや、なにより主様の魔導具を所持していることで確信しました」


 渡り人――それは世界の壁を越え、異なる世界に迷い込んだ異世界人の総称だ。

 エミリアとシキの過去がわからなかったことや、椎名の魔導具を二人が所持していることから楽園は二人の正体に察しを付けていた。

 椎名が跳ばされた異世界からやってきた〈渡り人〉なのではないかと――

 確信を得たのは、二人のことを椎名が知っていたからだ。


「それで? この〈魔晶石〉と言うのは、魔石とどう違うのですか?」

「〈魔晶石〉はダンジョンで採れる魔石と違い、魔素が結晶化したものです。なので地上でしか発見されることがありません」

「地上でしか採れない魔石……」


 世界樹が植樹されたことで大気中を漂う魔力の量は少しずつ増えているが、それでもダンジョンや月と比べれば、地球の魔力濃度は薄い。大量の魔素を発生させるほどの量とは言えなかった。

 だと言うのに、目の前にある魔晶石の数は尋常ではない。

 あるはずのないものが目の前に存在する事実に、ヘルムヴィーゲは違和感を覚える。


「それに、その石には魔石にはない特性があります。モンスターを……魔物を引き寄せる特性が……」


 そのため、自分の生まれ育った世界では魔晶石の取り引きに制限が設けられていたとシキは話す。

 犯罪に使用される危険性を考えれば、確かに規制されてもおかしくはない代物だ。

 だが、いまはそんなことよりも――


「モンスターを引き寄せる。それなら人為的にスタンピードを起こすことも……」


 ここに〈魔晶石〉がある理由の方が重要だと考える。

 軍艦に〈魔晶石〉を積み、グリーンランドへ向けて出航させた目的。

 それは〈魔晶石〉の特性を考えれば、ダンジョンのモンスターを地上に誘き寄せモンスターの氾濫スタンピードを人工的に起こすことが狙いなのではないかと、ヘルムヴィーゲは考えたのだ。

 しかし、


「それは、ありえないと思います。ダンジョンには階層を隔てる結界がありますから、モンスターがダンジョンの外にでることは基本的にないはずです。実際そのように使われた事例を私は知りません」


 シキはヘルムヴィーゲの考えを否定する。

 スタンピードを起こすには、ダンジョンの階層を隔てる結界が邪魔だ。

 それにシキの知る限りでは〈魔の森〉や〈魔海〉があることで有名な〈紫の国〉で、モンスターの氾濫が起きたという話は聞いたことがなかった。


「確かに……なら、狙いは一体……」

「そのことでエミリア様から伝言を託されました。いまなら、まだ間に合うかもしれないと。恐らく、この計画を立てた相手の狙いは――」


 シキがエミリアの伝言を口にしようとした、その時だった。


「困るな。勝手なことをされては――」


 若い男の声が艦内に響いたのは――


「あんなスキルがあるなんて、油断をしたよ。船ごと収納するスキルとか反則でしょ。一隻ならまだ許容範囲内だけど、もう少しで計画がご破算になるところだったじゃないか」


 二人が声に反応して振り返ると、木箱の上に一人の男が腰掛けていた。

 明るいエメラルドグリーンの髪にピンクのメッシュをいれた派手な装いの男。

 その特徴と一致する男に、ヘルムヴィーゲは覚えがあった。


「逃げられたとは聞いていたけど、なるほど……〈北の狼あなたたち〉の仕業だったのね」


 男の名は――ガブリエル。

 魔術結社〈北の狼フェンリル〉の使徒にして、欧州最強のクラン〈円卓〉の元九席であった。

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