第283話 神託の巫女

 各国の代表たちは混乱していた。


「島が浮いているだと、なにをバカなことを――」


 一難去ってまた一難とはよく言ったもので、所属不明の艦隊がグリーンランドに向かっているとの報告を受け、その対応を協議していた最中に新たな情報が飛び込んできたのだ。

 グリーンランドが空に向かって浮上をはじめたと――

 俄に信じがたい話に困惑する各国の代表たち。

 しかし、


「これが送られてきた映像です」


 議場のモニターに映し出されたのは、空に浮かぶ巨大な島の姿だった。

 ありえないと叫ぶ者。夢でも見ているのかと現実逃避する者。神に祈りを捧げる者。混乱と驚きを隠せない様子で各国の代表がそれぞれの反応を見せる中、アレックスだけが冷静に映像を眺めていた。

 誰の仕業かを瞬時に理解したからだ。


「いま〈楽園の主〉はグリーンランドにいるのだったな」

「はい。まさか、これは……」

「他にいないだろう。こんな真似が出来るのは……」


 アレックスがジョンに確認を取った理由は明らかだった。

 島を浮かせるような真似が〈楽園の主〉以外に出来るとは思えないからだ。

 あの規格外のメイドたちにも、こんな真似は不可能だろう。

 まさに神の奇跡だ。だが、これで確信する。


(〈聖女〉が崇める神は〈楽園の主〉で間違いない。神の如き力の持ち主……いや、本当に神なのかもしれないな)


 聖女の信仰する神は〈楽園の主〉で間違いないと――

 となれば、〈教団〉も〈トワイライト〉と同様に、楽園が背後にいると見て間違いないだろう。

 そのことからも、楽園はずっと密かに計画を進めてきたのだと察せられる。

 となれば、これもすべて〈楽園の主〉の計画なのだとアレックスは考える。

 自分たちは神の手の平の上で踊らされていたのだと――


「〈楽園の主〉の仕業だと……まさか、そんなことが可能なのか?」

「ありえない! こんなことが出来る人間がいるなど!」

「いや、だがそもそも〈楽園の主〉とは人間なのか? これでは、まるで――」


 各国の代表たちも気付きはじめたのだろう。楽園の主の正体に……。

 そして、理解する。自分たちが如何に愚かな言い争いをしていたかを――


「こんなもの……どうすればいいと言うのだ……」


 疲れきった表情で天を仰ぐ男。フランスの代表だった。

 楽園への警戒とイギリスへの対抗心から〈トワイライト〉の計画に反対し、制裁を科すことを強く要望していたのがフランスだった。しかし、それは彼が普通の人間で〈楽園の主〉の力を知らなかったからだ。

 報告は受けていたが、それでも相手は同じ人間だと考えていたのだ。

 いや、そう思い込もうとしていたと言った方が正しい。

 自分たちの常識が通用しない相手。そんなものを理解しろと言う方が無理があるからだ。


「ダンジョンが出現した時、この世界は変わった。これまでの価値観や常識が通用しないことは、ここにいる全員がよく分かっているはずだ。それとも、まだ現実逃避を続けるのか?」


 アレックスはそんな彼等の姿を見て、どこか呆れた口調で尋ねる。

 結局、彼等が信じたくないのは、自分たちの常識が通用しない相手にどのように接していいかが分からないからだ。

 だから、自分たちの価値観を相手に押しつけようとする。

 普通の相手であれば、それも通用しただろう。だが、相手は神に等しい力を持つ存在だ。

 固定観念を捨てなければ、人類は滅亡を迎えかねない。

 それが、アレックスの導き出した答えだった。


「失礼します……代表! え、はい。了解しました」


 そんななか通信端末を取りだし、誰かと通話をするジョン。

 ギルドマスターの彼が『代表』と呼ぶ人物など一人しかいない。

 各国の代表だけでなく、アレックスも驚いた様子で目を瞠る中――


「皆様にギルドの代表理事にしてグランドマスター。エミリア・コールフィールド代表から重要なお話があります」


 そう言って、通信端末を議場のモニターに接続するジョン。

 するとモニターに――


『会議中に失礼します。世界探索者協会・代表理事のエミリア・コールフィールドです』


 エミリアの姿が映し出されるのだった。



  ◆



 エミリア・コールフィールド。

 各国の首脳が彼女に一目を置く理由。それは世界で唯一、彼女だけが持つスキルにあった。

 稀少な能力でありながら神の名を冠さず、ユニークスキルにも分類されない力。

 世界に与える影響力の大きさから〈王の権能グランドスキル〉と名付けられた能力。

 それが、この世界で唯一エミリアだけが使える〈星詠み〉だった。


『グリーンランドは楽園と同盟を締結することになりました。これは自治州政府の承認を得た決定です』


 だからこそ、エミリアの言葉には各国の首脳を動かすほどの力がある。

 しかし、 


「バカな! 連合に話を通さず、そんな勝手がまかり通るとお思いか!」


 幾らエミリアの言葉とはいえ、簡単に了承できるような話ではなかった。

 確かにエミリアの〈星詠み〉は稀少性の高い能力だ。彼女の予言に助けられたことは、一度や二度ではない。エミリアがいなければ、戦争を食い止めることは出来なかっただろう。

 だからと言って、グリーンランドの扱いは欧州全体に関わる問題だ。これまでどおり、グリーンランドを連合の管理下に置きたいと考えている欧州諸国にとって、エミリアの話は受け入れ難いものであった。

 だが、


「代表理事、あなたに問いたい。それは〈神託〉が関係しているのか?」


 アレックスの考えは違った。

 これまでエミリアは私利私欲で動いたことは一度としてない。

 そんな重要な決定を事後承諾で進めれば、各国の反発を招くことも理解しているはずだ。

 だとすれば、今回の件も〈星詠み〉が関係しているのではないかと考えたのだ。


『はい。楽園の……〈楽園の主〉の力を借りなければ、この島に迫る〈災厄〉から皆を守れないと判断しました』


 エミリアの回答に、どよめきが走る。

 グリーンランドに〈災厄〉が迫っている。それが事実なら話は変わってくるからだ。


「やはり、そうか。だが、事前に相談はできなかったのか?」

『はっきりと認識したのは最近のことでしたから……。それに島に危機が迫っていると相談すれば、どうなさいましたか?』

「……これ幸いと、軍を送り込んでいただろうな」

『それが答えです。自治州政府は連合の介入を嫌った。ダンジョンの権利を奪われるだけでなく、自分たちの生活も脅かされるのではないかと警戒したのです』


 これには各国の代表も、なにも言えなかった。

 自分たちが先程まで、なにを言い争っていたのかを理解しているからだ。


「だが、それは楽園も同じなのではないか?」


 それでも、納得が行かないのか?

 フランスの代表が苦虫を噛み潰したような顔で尋ねる。

 自分たちと楽園のなにが違うのかと、そう思っているのだろう。


『当然、見返りを求められましたが、それは許容の範囲内でした。むしろ、得られる恩恵の方が大きいと自治州政府は判断したようです。ジョン、皆様に転送した資料を――』

「了解しました」


 エミリアの指示で送られてきたデータを、各国の代表の端末に転送するジョン。

 そこには、楽園とグリーンランドの間で交わされた密約の内容が記されていた。


「なんだ。これは……」


 地球の常識から考えれば、ありえない契約の内容に驚きの声が漏れる。

 島の開発はすべて〈トワイライト〉が行い、自治州政府が負うべき負担は一切ない。楽園側の唯一のメリットと言えば、〈トワイライト〉に対する税の優遇措置くらいだ。

 だがこれは多額の開発投資を考えれば、むしろグリーンランドが得るメリットの方が大きい。


「なにを考えている……。その上、ダンジョンの権利を求めないだと?」


 メリットとデメリットを天秤にかけ、妥協点を探るのが外交だ。

 しかし、グリーンランドと楽園の間で交わされた契約は、一方的にグリーンランドばかりが得をして楽園は得るものがほとんどない内容となっていた。

 なにを考えて、ここまでグリーンランドに肩入れするのか理解できない内容に各国の代表たちは困惑する。

 更に――


「転移陣の設置だと? そんなことが本当に可能なのか?」


 街からダンジョンまでの道程を〈転移陣〉で繋ぐ計画が、資料には記されていた。

 街とダンジョンを結ぶ〈転移陣〉の設置によってグリーンランドのダンジョンに挑む探索者の数が増大し、これまでの十倍以上の経済効果が発生すると〈トワイライト〉の計画では試算されていた。

 これが事実ならアメリカや中国を抜いて、グリーンランドが世界一のダンジョン都市に発展する可能性すらある。


「俄には信じがたい」

「だが、島を浮かせるほどの存在だ。ありえないと断言は出来ない」

「そうだ。これが事実なら、欧州のダンジョン市場は一気に活気づく!」


 未来への展望に興奮を隠せない様子を見せる各国の代表たち。

 そんな代表たちの姿を見て、ガクリと項垂れるフランスの代表。

 ケチをつけることは可能だ。しかし、自分一人が反対したところで意味はないと悟ったのだろう。

 むしろ、新たに発生するであろう経済効果を考えれば、楽園や〈トワイライト〉に恩を売っておこうと考える国が現れることは必然だ。資料に記された計画が実現すれば、これまでと比較にならないほどの富をもたらすことになるからだ。


『ご納得頂けたようですし、これから私が目にした未来を――島に迫る〈災厄〉の正体をお伝えしたいと思います』


 そんな代表たちの姿を見て、関心を引けたことを確認するとエミリアは本題に入るのだった。 

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