第282話 魔力炉
「あの〈浮遊石〉を起動したじゃと? 御主……本当に人間か?」
酷い言いようだった。
確かに結構な魔力を持って行かれたが、俺一人の魔力と言う訳じゃないしな。
魔力炉を使わなければ、俺一人では〈浮遊石〉の起動に必要な魔力を賄うことは出来なかっただろう。
だから誤解のないように、そのことを伝えると――
「なにを言うておる? そのようなこと人間に出来るはずがなかろう? 大体、あの〈浮遊石〉は世界樹の力でも起動しなかった代物じゃぞ? どのような魔力炉を使えばそのようなことが出来ると言うのじゃ……」
なぜか呆れられた。出来ないと言われても、実際に出来ているのだが?
世界樹で魔力を賄えなかったのは、種の状態だったからだろう。
それに俺の魔力炉は、ホムンクルス千人に魔力供給を行える特別製だ。
ん? そう考えると世界樹の種よりも、俺の使っている魔力炉の方が上なのか?
「そっちの世界には魔力炉がなかったのか?」
そもそも〈方舟〉や〈
うーん。魔力炉なんて、それほど構造の難しいものではないはずなんだけどな。
「勿論あったぞ。じゃが、御主が言うほどの魔力を賄える魔力炉など存在せぬ。仮に開発できたとしても、一体どれほど巨大な装置になるか……。現実的とは言えぬの」
なんか話が噛み合っていない気がする。
俺の知っている魔力炉は大きなものでも、オルタナの入っていた装置くらいの大きさだ。
小型のものならバスケットボールくらいの物もある。
「魔力炉って、これだよな?」
「なにを言うておる。そのように小さな魔力炉があるはず……本物なのか?」
「これは一番小さい奴だけどな」
黄金の蔵から一番小さなサイズの魔力炉を取り出して見せてやる。
正直これでは、あの〈浮遊石〉を起動させるには足りないだろう。
ちなみに俺が使っている魔力炉は、これの百倍以上の出力と容量がある。
それでも〈浮遊石〉の起動に八割の魔力を持って行かれたからな。
「……このように精巧な作りの魔力炉は初めて見た。そもそも、なんじゃこれは……本当に魔力炉なのか? 内部に一体どれだけの魔法式を刻んでおるのじゃ、構造がまったく理解できぬ。我の知る魔力炉とは別物じゃぞ……」
内部の
オルタナや〈方舟〉を開発した〈博士〉が驚くくらいだから相当に凄いのだろう。
「博士……これ一つで居住区のエネルギーを賄えるほどの容量があります」
「……なんじゃと?」
オルタナの説明に驚く博士。というか、俺も驚きを隠せないのだが……。
そんなに〈方舟〉の居住区って省エネなのか?
ダンジョンにある〈楽園〉の都市には、俺が使っているものと同型の魔力炉が五基設置されている。ヘイズの〈工房〉や地下研究所など、エネルギーをたくさん必要とする施設があるからな。
世界樹の――イズンの負担を減らすためと言うのが主な理由だ。
と言っても楽園で使用しているのは量産タイプなので、最初に造った試作型の方が出力の面では上なのだが――
「どうやって、これほどの小型化を……」
「普通に〈賢者の石〉を使っただけだが?」
「は? 〈賢者の石〉じゃと? まてまて、あれは錬金術には打って付けの触媒じゃが、加工せねば使えぬじゃろう?」
「ああ、だから〈賢者の石〉を〈
「……やはり、我の知る魔力炉と別物のようじゃな」
以前にも話したことがあると思うが、世界樹の魔力を使った特殊な魔法石。
それが世界樹の魔力――〈星の力〉を結晶化した〈賢者の石〉を材料とする
普通の魔石から作られた〈魔法石〉は赤い色をしていて、金色の〈魔法石〉と比べると付与できる魔法式の数や吸収できる魔力量に天と地ほどの開きがある。実は〈アスクレピオスの杖〉にも、この金色の〈魔法石〉が用いられていた。
ただ、神獣の素材を使わないと〈魔法石〉の力に魔導具が耐えられないんだよな。
だから普段は使い捨ての魔導具にしか、この〈魔法石〉は使用していないのだ。
なら魔力炉は壊れないのかって?
勿論、ヘイズに加工を頼んだ部分に神獣の素材が使われている。
シオンとサーシャに渡した魔導具は、その素材の余りで作ったものだ。
「こんなものが実在すると言うことは、まさか本当に魔力炉から魔力供給を得ておるのか?」
「ああ、足りない魔力を外から持ってくるって、誰にでも思いつくことだろう?」
「思いついても実践はせぬよ。というか、そもそも出来ぬ……」
そんなことないと思うんだけどな。
それって単純に魔力操作の修練が足りていないだけじゃないか?
魔力制御の失敗が、魔力暴走の主な原因だ。だから逆に言えば、どれだけ大きな魔力でも上手くコントロールしてやれば暴走することはない。その点、魔力操作には自信があった。
俺のスキルが魔力を伴うものであれば、どんなものでも〈解析〉〈分解〉〈構築〉が可能な便利スキルと言うのも理由にある。このスキルのお陰で魔力をどのように扱えば効率的に運用できるのかを、何千、何万回と繰り返して身体に覚え込ませてきたからな。
「御主、自分でなにを言うておるのか、理解しておるのか? それはようするに普通の自動車にロケット用のエンジンを搭載して動かすようなものじゃぞ?」
「上手く操縦すれば、いいだけだろう?」
「上手く操縦するもなにも、普通は動かすだけでぶっ壊れるわ!」
ええ……でも、実際に出来ているしな。
そもそも人間の身体は機械じゃないし、自動車に例えられても困る。
割と無茶しても身体が順応するというか、慣れてくれるのが人間の身体だ。
実際、俺も幼少期に死ぬような目に何度か遭っているが、こうして生きているしな。
多少のことでは人間は壊れたりしないというのが、俺の経験則だった。
「もうよい……御主が規格外だと言うのは、最初から分かっておったことだしの……。ところで御主、これからどうするつもりじゃ?」
島が浮上を始めていることについて聞いているのだろう。
既に高度千メートルを超えているらしい。少しずつではあるが、浮上を続けている状況だ。オルタナの話では高度一万メートルくらいで止まると言う話だから、放って置いても問題ないと思っていたのだが、
「取り敢えず、結界を起動しておいた。普通の人間は急激な気圧の変化に身体が耐えられぬからの」
その問題があったかと〈博士〉の機転に感心させられる。
探索者の街と言っても、探索者以外の人たちが住んでいない訳じゃないしな。
ダンジョンで長く過ごしている所為か、そういう配慮が欠けているんだよな。
「そこまでは気が回らなかった。助かったよ。ありがとな」
だから素直に感謝を口にしたのだが、ポカンと目を丸くして固まる博士。
そんなに意外だったのだろうか?
どう思われているのか知らないが、俺だって感謝くらいはするぞ?
メイドたちには、いつも感謝しているしな。
「どうかしたのか?」
「いや、昔のことを少し思いだしただけじゃ。と言っても、我自身が経験したことではなくオリジナルの記憶じゃがな」
よく分からないが、変な誤解をされている訳ではないようだ。
昔の記憶ね。それって、前から言っている第二のヘルメスのことだろうか?
「それで先程の話に戻るが、これからどうするつもりなのじゃ?」
どうするつもりと聞かれてもな。
下層にあった〈浮遊石〉を起動したのは不可抗力みたいなものだし、これと言った
さすがに説明なしと言う訳にはいかないだろうし、面倒臭いことになった。
もう、全部レギルに丸投げしてしまおうか?
ぶっちゃけ、それが一番の最適解の気がする。
自分の尻拭いをさせるようで情けないが、何事も適材適所だしな。
「あとのことはレギルに任せるつもりだ」
「レギル? そう言えば、御主のことを聞いておらなんだな。御主、何者なのじゃ?」
言われてみると、こっちが質問してばかりで名乗っていなかったことを思い出す。
こういうところが、人付き合いが上手く行かない原因なんだろうな。
自分でも反省するべき点と理解しているのだが、改善できるかどうかは別の話だ。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺は――」
楽園の主だと、〈博士〉の疑問に答えるのだった。
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