第281話 空飛ぶ島
壮観だった。
翠緑に輝く石が周囲を明るく照らし、幻想的な景色を演出している。
島の地下にこんなところがあったなんて――
「マスター。これが〈浮遊石〉です」
やはり、この光っているクリスタルのようなものが〈浮遊石〉だったようだ。
「
石に触れ、〈解析〉を使用する。確かに〈浮遊石〉のようだ。
ダンジョンのモンスターがドロップする素材にも、稀にスキルと同じような効果を持ったものがある。例えば、メタルタートルの甲羅。あれはただ頑丈なだけじゃなく物理と魔法に対する高い耐性を持っている訳だが、それはスキルと同じ効果が甲羅に付与されているからだ。
この〈浮遊石〉も同様で、物を浮かせるスキルが備わっているようだった。
「お父上様! こちらに一際大きな〈浮遊石〉があります」
アイリスに声をかけられて足を向けると、とんでもない大きさの浮遊石があった。
地下の大空洞にそびえ立つ、まるでビルのように巨大なクリスタル。
これだけの大きさがあれば、島を浮かせることも確かに出来そうだ。
だけど――
「なんか、色がくすんでいるな」
「あ、マスター。それは使用不可です」
「使えない?」
「はい。〈方舟〉を建造する際、巨大な〈浮遊石〉を合成して動力機関にする計画があったそうですが、必要な魔力量が大きすぎて起動ができなかったそうです」
なるほど、それでそのままここに放置されていると言う訳か。
これ一つで島を浮かせることも出来そうだけど、使えないなら仕方がないな。
「しかし、本当に大きいな」
巨大な〈浮遊石〉に手を触れた瞬間、激しい倦怠感が全身を襲う。
「
このままだとまずいと考え、魔力炉と接続する。
物凄い勢いで魔力を吸い上げられていく、この感覚。
間違いない。カドゥケウスをはじめて使用した時と一緒だ。
「お父上様、大丈夫なのですか?」
「ああ、このくらいならどうにか……ん?」
地面が揺れていた。
それに先程までくすんでいた浮遊石の色味が増し、艶々と輝いている気がする。
これって、まさか――
「浮遊石が起動したようです。さすがマスターですね……」
あ、やっぱり?
これは、やらかしたかもしれない。
◆
「この揺れは……」
突然の揺れに驚き、地震を疑うエミリアたちだったが――
「島が上昇を始めているみたいですね」
「え……」
イズンの一言に戸惑い、唖然とする。
いま、信じられない話を耳にした気がしたからだ。
「上昇って……まさか、浮いているんですか?」
「はい。ゆっくりと空に向かって上昇をはじめています」
ありえないと思いながらも、もしかしたらと言う考えがエミリアたちの頭を過る。
グリーンランドに所属不明の艦隊が向かっていると、話を聞いた直後にこれだ。
椎名が〈方舟〉の下層に向かったタイミングといい、偶然と片付けるには出来すぎている。
そのことから導き出される答えは――
「まさか、シーナが……」
「他にいないでしょう。このようなことが可能なのは、いと尊き御方だけです」
椎名の仕業だと、ヘルムヴィーゲは断言する。
島を浮かせるなんて真似が、神に等しい力を持つ〈楽園の主〉以外に可能だとは思えないからだ。
恐らくは艦隊の接近をいち早く察知し、行動にでられたのだとヘルムヴィーゲは考えていた。
「イズン様。この場をお任せしても、よろしいでしょうか?」
「あら、ご主人様に会っていかなくてもいいの?」
「いと尊き御方の意志を汲み、お力添えすることが私どもに与えられた責務ですから」
「待って!」
イズンに一礼をし、立ち去ろうとするヘルムヴィーゲを制止するエミリア。
不機嫌さを少しも隠そうとせず、そんなエミリアをヘルムヴィーゲは睨み付ける。
いま彼女自身が言ったように、主のために動くことが楽園のメイドに与えられた責務だ。
その仕事を邪魔されることは、彼女が最も嫌うことだった。
「私たちも一緒に――」
「不要です」
エミリアは同行を願い出るが、ヘルムヴィーゲは一蹴する。
エミリアとシキが椎名の知り合いで、楽園の協力者であることは知っている。
それでも、彼女たちが人間であることに変わりは無い。人間にしては出来る方だが、それだけだ。
足手纏いを連れていく意味はないと、ヘルムヴィーゲは考えていた。
だが、しかし――
「ヘルムヴィーゲちゃん。彼女たちを連れて行った方がいいと思うわよ」
「イズン様?」
イズンの忠告に戸惑いを見せる。
まさか、イズンがエミリアたちの味方をするとは思っていなかったからだ。
しかしイズンが意味もなく、こんなことを口にするとは思えない。世界樹の大精霊であるイズンであれば、自分には分からないものが見えているのかもしれないと考え、
「許可します。ですが、足を引っ張るようなら置いて行きますので」
ヘルムヴィーゲはエミリアたちの同行を許可するのだった。
◆
「被害状況は?」
「こっちは問題なし。空港の人たちは安全な場所に避難させておいたよ。でも、海岸にいた人たちは逃げ遅れて、取り残されているみたい」
「そっちは他のメイドたちに任せましょう」
ベリルの報告に、ある程度の被害は仕方がないと諦めるアクアマリン。
いまのところ死者が確認されていないだけマシと言うのが、彼女の考えだった。
時間帯も良かったのだろう。
白夜と言うことで外は明るいが、時刻は既に夜の九時を回っている。
皆、家で寛いでいる時間帯だったので、この程度の被害で済んだのだ。
「でも、さすがご主人様。私たちには想像もつかないことするね」
「今頃、人間たちは慌てふためいているでしょうね」
どこか得意げに話すベリルに、アクアマリンは苦笑を漏らす。
所属不明の艦隊が向かっていると報告を受けた時には驚かされたが、さすがにこれは人間たちも予想していなかったはずだ。
島が浮くなんて、楽園のメイドと言えど予想できることではないからだ。
「もう、この島に手をだすのは難しいんじゃない? 包囲も出来ないだろうし」
どこの国の艦隊かは分からないが、狙いは想像が付く。
しかし、目的の島が空高くに消えてしまえば、手をだすことは不可能だ。
むしろ、これで人間たちは理解するはずだ。自分たちがどんな存在を相手にしようとしていたのかを――
それが、ベリルの考えだった。
「バカな考えを起こす国は減るでしょうけど、ゼロにはならないわね。人間が欲深く愚かな存在であることは、あなたもよく知っているでしょう?」
とはいえ、これで問題がすべて解決するとアクアマリンは考えていなかった。
レギルのもとで数多くの人間を見てきたからこそ、分かるのだ。
人間たちの欲深さは、神すら畏れぬものだと――
だからこそ、次の一手が必要だとアクアマリンが考えを巡らせていると、
「艦隊を鹵獲します」
背後から声がして二人が振り返ると、そこには見知った顔があった。
ヘルムヴィーゲだ。それに――
「げ……」
「げ? あなたとは、あとで話し合う必要がありそうね。ベリル」
「急に声をかけられて驚いただけだから! というか、後ろの二人って……」
「イズン様のご指示で、同行を許可しました」
エミリアとシキを見て、ベリルは溜め息を漏らす。
ヘルムヴィーゲの話を聞き、なにがあったのかを察したからだ。
「艦隊の鹵獲って、あなた一人でやるつもり? 手伝いは……」
「不要です」
アクアマリンの問いを一蹴し、現れた時のように
「まったく勝手なんだから……」
「ヘルムヴィーゲなら大丈夫でしょ。あんな性格だけど実力は確かだし」
へルムヴィーゲの勝手な行動に呆れるアクアマリンに、心配する必要はないと答えるベリル。ヘルムヴィーゲに苦手意識を持ってはいるが、その実力を認めているからこその発言だった。
それに彼女の能力なら艦隊の鹵獲も不可能ではない。
そう考えてのことだ。しかし、
「シキ。私のことはいいから、すぐに彼女を追って」
「エミリア様? まさか……」
「ええ、
この島に迫っている
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます