第279話 浮遊石
ヘルメスが人の名ではなく、称号のようなものだと言うのは以前に聞いたとおりだ。世界を変革するほどの偉大な功績を残した者たちを〈
そして、第二のヘルメスは数学者にして魔法の基礎を築いた第一人者で、性格が大雑把でいろいろと非常識の塊みたいな人物らしく、俺に似ていると言う話だった。失礼な話だ。
最後にダンジョンを造ったと言われている第一のヘルメス〈神の子〉なのだが、
「本当になにも分からないのか?」
「データーベースを〈復元〉したのじゃろう? そこに載っておることくらいしか我も知らぬよ」
博士も詳しいことは知らないと言う話だった。
と言うのも〈三賢人〉などと呼ばれているが、ほとんど交流はなかったそうだ。
数百年に一度、顔を合わせるかどうかと言った程度で、第二のヘルメスとは〈方舟〉の設計で仕事を一緒にしたこともあって多少の交流はあったが、第一とは話をした記憶もほとんどないらしい。
「基本的に自分の研究にしか興味の無い連中ばかりじゃったしの。第二であれば、なにか知っておるかもしれぬが……自分のことを多くは語らぬ奴だったのでな。我も詳しくは聞いておらんのじゃ」
結局、なにも分からないと言うことか。
研究者のさがというか、人付き合いが苦手そうだしな。
これ以上、引き籠もりに期待しても可哀想か……。
「なんじゃ、その同族を哀れむような目は……」
他意はない。
同じ引き籠もりだから、いろいろと聞かれても困る気持ちが分かるだけだ。
「でも、そっちの世界はダンジョンに滅ぼされたんだよな? 責任問題にはならなかったのか?」
「自分たちが神と崇める存在に責任を問う勇気が人間にあれば、滅びたりはしておらぬよ」
なるほど。相手は神に例えられる存在だ。
恨むと言うよりは、畏れを抱く気持ちの方が大きかったのかもしれないな。
「でも、ダンジョンを造ったのなら滅亡を食い止められなかったのか?」
「造った本人なら止められたかもしれぬが、住処にしていた島ごと消えていたと言う話じゃしな」
「ん? それって……」
「我も同じことを考えた。この島のように、どこぞへ転移したのではないかとな」
それで結局、世界の滅亡を食い止められず〈方舟〉で避難したと言う訳か。
正直、第一のヘルメスの正体が分からないのは残念ではあるが、
「まあ、いっか」
「根掘り葉掘りと聞いてきた割には、切り替えが早いの……」
「わからないことを悩んでも時間の無駄だろう?」
それに、どうしても知りたいってほどのことでもないしな。
ダンジョンの解明に繋がるヒントにでもなればと思っただけで、製作者に興味がある訳ではなかった。それに俺がダンジョンの謎を解き明かそうとしているのは、いまの生活を邪魔されたくないからだ。
あとは知的好奇心だな。
同じ錬金術師として、ダンジョンをどうやって造ったのかは興味がある。
「……そういうところも、彼奴によく似ておるな」
「第二のヘルメスか? 前から言っているけど、そんなに似てるのか?」
「うむ。勿論、男女の差はあるから姿まで瓜二つとは言わぬが、物事に対する考え方や有り様がそっくりじゃ。親子ではないかと疑うくらいにはな」
親子ね。まさか、うちのお袋がヘルメス? いや、ないない。
あの大雑把で適当な性格のお袋が〈賢人〉とか絶対にありえないだろう。
夏休みにキャンプに連れて行ってくれると言って、山奥に息子を放置するような母親だぞ?
しかも、自給自足こそキャンプの醍醐味とか言って、猪をけしかけてくるし……。まあ、その猪はお袋が仕留めて、美味しく頂いていたけど。トレジャーハンターの嗜みだとか言ってたのを記憶している。
いや、アンタは考古学者だろうと子供ながらツッコミを入れたからな。
あれは〈賢人〉ではなく〈変人〉だ。
『そんな幼少期を過ごして、よく無事に育ちましたね』
『何度か死にそうな目に遭ったけど慣れた。まあ、猪や熊なんて所詮は動物だしな。動きも単調だし、逃げるくらいなら問題なくない?』
『ソウデスネ』
なんか、アカシャに投げ遣りな返事をされた気がする。
とにかく変わった母親だったが、さすがに〈賢人〉はありえないと思うな。
とはいえ、
「その第二って、一緒に避難したのか?」
「いや、我のオリジナルと共にあちらの世界に残った。〈賢人〉としての責任を果たすと言ってな」
念のために尋ねてみるも〈方舟〉に乗っていたと言う訳ではないようだ。
オリジナルは死んだみたいなことを言っていたけど、そういうことか。
「なら、違うな。俺はちょっとオタクな趣味があるだけの一般的な日本人だ」
「ニホンジンと言うのがどういうものかは知らぬが、一般的と言うことは御主みたいなのがたくさんおるのか?」
「オタクは大体そうじゃないか?」
「恐ろしいの……そのオタクというのは……」
俺も日本のオタクは凄いと思う。
あの発想の豊かさは見習うべき点が多いからな。
今度おすすめの漫画やアニメを見せてやるかと、震える褐色美女を見ながら思うのだった。
◆
「〈方舟〉の最終調整は我に任せるが良い。
と〈博士〉が言ってくれたので手が空いた。
なんだかんだと気の回る良い奴なのかもしれない。
折角なので〈方舟〉のなかを見学して回るかと思ったのだが、
「お父上様。そういうことでしたらアイリスとオルタナにお任せください」
いつの間にか仲良くなっていたアイリスとオルタナが案内を買ってでてくれた。
いまのアイリスは召喚された精霊のような存在だ。実体のように見えるのは魔力体であることから、世界樹から離れて大丈夫なのかと思ったが〈方舟〉のなかであれば問題がないらしい。
「ここが〈方舟〉の居住区画です」
無数の建造物が林立する光景は、確かに街と言えるものだ。
凡そ三千万人が収容可能な設備と環境が整っていると言う話だったが、この光景を見れば納得だ。
近未来的な都市と言った街並みだが、当時の状態のままで劣化はしていないようだ。これも〈
しかし、
「勿体ないな」
思わず本音が漏れる。
これだけの設備がありながら、いまのところ再利用する計画はないからだ。
と言うのも、この〈方舟〉を公開すれば、シキの言っていたように諍いの原因となる可能性が高い。
だからと言って、俺や楽園のメイドたちだけでは持て余す広さだ。
「でしたら、お父上様が開発したと言うことにして、時期を見て移住者を募っては如何ですか?」
「なるほど……それも一つの手だな」
いますぐは無理かもしれないが、アイリスの提案も一つの手だ。
とはいえ、それでも面倒なことになる予感しかしないんだよな。俺が開発したものだと主張しても、グリーンランドを自分たちの国の領土だと言いだす輩が現れても不思議ではないと思っている。
正直、面倒事は避けたい。戦争なんかしたって、こっちに何の得もないからだ。
まてよ?
「この〈方舟〉って、移動できるんだよな?」
「はい。時空間転移は現状使えませんが
もしもの時は〈方舟〉を移動させられないかと思って尋ねたのだが、浮かせる?
てっきり海上を移動させるのかと思っていたのだが……。
船は船でも宇宙船みたいだな。
「もしかして月まで飛んで行けたりするのか?」
「さすがにそれは無理です。〈方舟〉のフロート技術には、浮遊石が用いられているので。高度一万メートルくらいが限界かと」
また新しい単語が出て来た。浮遊石って、あの浮遊石だよな?
そんなものまであるのか。ダンジョンでは見ない素材だけに興味がある。
新しい魔導具の開発に使えるかもしれないしな。
「浮遊石か。一度、見ておきたいな」
「でしたら、ご案内します。下層に行けば、山のようにあるので」
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