第277話 似たもの姉妹
「うーん……私に言われてもね」
空港に設けられたラウンジで食事を取りながら、クロエの話を聞く一人のメイドの姿があった。
レギル直属の配下にして〈商会〉に所属する楽園のメイド、ベリルだ。
椎名やレギルが留守にしているため、ベリルがクロエの相談に乗ることになったのだが、その内容は彼女一人で判断できるようなものではなかった。
と言うのも、
「クロエちゃんはご主人様がお認めになったお客様だから、こうして
古い知り合いが〈楽園の主〉に謁見したいと言っているのだが、どうにかならないかと言った相談の内容だったからだ。
だが、そんな要請は〈トワイライト〉にも山ほど来ている。それに一々対応していては、貴重な主の時間を浪費させ、手を煩わせることになる。楽園のメイドとして、簡単に応じられるような話ではなかった。
「やっぱりそうだよね……でも、ダメ元で聞いてみてもらえ……もらえませんか?」
それでも、食い下がるクロエ。
ここまでミハイルのためにする義理はないのだが、どうしても確かめたいことがあってのことだった。
『俺のユニークスキル〈
と、ミハイルは言っていたのだ。
自業自得とはいえ、恨みを買ってばかりのミハイルとは相性が余り良いとは言えないスキルだ。彼の知り合いなど、ほとんどが彼に恨みを持っているような相手ばかりだと想像が付くからだ。それでは同意を得るのも一苦労だろう。
実際、ミハイルもそれは理解していて、以前ほどの力は使えないと言っていた。
だが、同時にこのスキルには便利な使い道もあった。
それが――
『妹の魂を呼び出せない?』
『そうだ。何度試しても、サーシャの魂を呼び寄せることが出来なかった。だから気付いたのだ。俺が使っていた力は、サーシャのものだったのではないかと……』
ミハイルのスキルは死者の魂を呼び寄せる力だ。即ち、失踪した人や行方不明者の生死を確かめる手段として使える。使い方によっては、一目だけ家族や恋人と引き合わせてやると言った真似も出来るだろう。
これが、ミハイルが多くの人に慕われている理由でもあった。
一度呼び出した魂は一年は再召喚することが出来ず、呼び出せる回数にも制限が設けられているなど、いろいろと制約の多いスキルではあるのだが、ミハイルの力に救われた人々は多い。
そのため、〈救済者〉という二つ名を彼は得ていた。
皇帝の時代とは真逆の二つ名を聞いて、クロエが腹を抱えて笑ったことは言うまでもない。ただ、彼は自分を〈楽園の主〉に引き合わせてくれるなら、クロエが望む者の魂を召喚すると約束したのだ。
これが、クロエがミハイルに協力すると決めた理由だった。
「諦めて……と言いたいところだけど、ご主人様から出来るだけ便宜を計らうように言われているしね。レギル様に相談してみるわ」
仕方がないと言った様子で、ベリルは折れる。
普通なら断るところだが、クロエを客として扱うようにと命じたのは椎名だ。
楽園の主の命である以上、それはすべてにおいて優先される。
ベリルの判断で決められることではなかった。
◆
「また、そんな安請け合いして……レギル様に怒られるわよ?」
「だからレギル様に相談してからって言ってあるし、ご主人様のお言葉は無視できないでしょ?」
「それはそうだけど……」
ベリルの話に一理あることは認めながらも、まだ微妙に納得が行かない様子を見せるアクアマリン。クロエを〈楽園〉の客人として扱うようにと命じたのは椎名だが、それでも主の手を煩わせるようなことは出来るだけ避けたいのだろう。
とはいえ、ベリルが変わっているだけで、アクアマリンの方が楽園のメイドのなかでは一般的な反応と言える。人間に配慮するという考え自体が、ホムンクルスである彼女たちにはないからだ。
しかし、これでも〈商会〉に所属するメイドは、まだ社交的な性格のホムンクルスが集められていた。なかには人間を虫のようにしか思っていないメイドもいるくらいだからだ。
「それで、レギル様は?」
「いまは楽園に戻られているわ。明日、お戻りになる予定よ」
「それって、例の計画のことで?」
「ええ、私たちだけでは手が足りそうにないから、応援を寄越してくださるそうよ」
応援と聞き、微妙に複雑な顔を見せるベリル。
ある人物の顔が浮かんだからだ。
「その応援って、まさか……」
「ええ、ヘルムヴィーゲよ」
アクアマリンから応援にやってくるメイドの名を聞き、やっぱりと溜め息を吐くベリル。
ヘルムヴィーゲはオルトリンデと同じ〈
そのため、優秀なのは間違いないのだが――
「相変わらず、彼女が苦手みたいね。いえ、相性が悪いと言うべきなのかしら?」
「だって、規則規則って融通が利かないんだもん。彼女……」
「適当なあなたとは相性が最悪よね……」
ルールに忠実で杓子定規なところが、よく言えば柔軟なベリルとは対照的だった。
そのため、ベリルはヘルムヴィーゲのことを苦手としていた。
そのことをアクアマリンもよく知っているだけに苦笑を漏らす。
「もし、ヘルムヴィーゲが今日の話を聞いたら……」
「間違いなく良い顔をしないわね。彼女の中のルールって、ご主人様を中心に回っているから」
最悪の可能性が頭を過り、ベリルはしばらく頭を抱えることになるのだった。
◆
同じ頃、ダンジョンの深層――
「お久し振りです。ヘルムヴィーゲお姉様。楽園に戻られていたのですね」
「ええ、あなたも元気そうで何よりです」
楽園の都市で再会を果たす姉妹の姿があった。
オルトリンデとヘルムヴィーゲの二人だ。
「記憶の件は聞いています。主様の指示で、検査を受けに戻ったのでしょう?」
「はい。身体には特に異常はないのですが、念のために検査を受けておくようにとご主人様が……」
「主様はお優しい方ですから」
メイドたちの身体を気遣ったのだろうと、ヘルムヴィーゲはオルトリンデの話に納得する。
「そんな主様の優しさに付け入ろうとする愚かな人間たちもいるようですが……」
まるで虫けらを見るような目で、人間に対する不満を漏らすヘルムヴィーゲ。
ベリルが彼女を苦手としているもう一つの理由が、こういうところだった。
基本的に多くのメイドは人間のことを、どうでもいい存在だと思っている。しかし、なかには人間を虫けらのように毛嫌いしている者もいた。その一人がヘルムヴィーゲだ。
「お姉様は相変わらず人間が嫌いみたいですね」
「自分たちの立場を理解せず、
もっとも彼女の場合、人間を嫌っている理由は主の手を煩わせるからであって、人間そのものを憎んでいる訳ではない。だから、それなりの対応能力は持っているし、そうでなければレギルの第一秘書を任されてはいなかった。
「あなたは、これから〈工房〉で検査を受けるのでしょう?」
「はい。お姉様は……聞くまでもなさそうですね」
「ええ、これよりレギル様の指示で主様のもとへ馳せ参じます」
いつになく上機嫌な姉を見て、理由を察するオルトリンデ。
楽園のメイドのなかでも〈
それはもう、忠誠と言うより信仰と言っても良いほどに――
それだけにオルトリンデは、
「このヘルムヴィーゲがすぐに参ります。いと尊き御方」
どこか羨ましそうな目をヘルムヴィーゲに向けるのだった。
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