第273話 勇者の血統

 自分でも、どうしてこんなことになったんだと戸惑っていた。

 クロノスを〈解析〉しようとしたら力が流れ込んできて、気付けば〈カドゥケウス〉に吸収されていたのだ。

 この杖、まさかこんな機能まで備えているとは予想外だった。


『なあ、アカシャ。この杖、本当にレプリカなのか?』

『オリジナルではないと言う意味ではレプリカで間違いありませんが、これ以上はお答え出来ません』


 引っ掛かる物言いだ。

 しかしアカシャが質問に答えてくれないとなると、本当に先代が作ったのかも疑わしくなってきた。アカシャが第七観測世界と呼称する世界で製作されたものなら、恐らく今の問いに答えてくれるはずだからだ。

 褐色美少女は〈楽園の主〉が作ったと言っていたが、はっきりと断言した訳ではなかったしな。

 こんなことなら先代に杖のことを聞いておくんだった。

 とはいえ、タイミングが悪かったしな。

 結局、〈青の国〉で開かれた会議の後は一度も先代と話が出来ていないし……。


「クロノス?」


 カドゥケウスは知っていても、さすがにこっちは知らなかったか。

 どのみち説明をする必要があったので〈方舟〉に関して、俺の知っていることをエミリアに説明する。


「シキから島のことは聞いていたけど、そんなに凄いものだったなんて……それじゃあ、世界樹が成長したのは〈カドゥケウス〉が吸収した〈クロノス〉の力なのね」

「まあ、うん。そうだな……」

「……シーナ。なにか隠してない?」


 エミリアには、あっさりと見抜かれたようだ。

 嘘は言っていないが、本当のことも実はまだ話していなかった。

 カドゥケウスが〈黒の原典クロノス〉を吸収したことは事実なのだが――


「ちょっと実験を……」

「実験?」


 どんな能力か試してみたくて〈クロノス〉を使用してみたのだ。

 その結果、


「やっぱり、とんでもないことをしているじゃない……」


 世界樹の種が成長したと、エミリアに説明すると呆れられる。

 好奇心に勝てなかった結果だが、なにか不具合があると困るだろう?

 それにまあ、結果オーライじゃないかなって……。

 通常、種の状態から苗木に育つまで、イズンの話では百年ほどかかるって話だしな。三十メートルの大木に成長するには、そこから千年は必要らしい。種の状態で眠っていた時間を多少取り戻したと考えれば、結果的には悪くなかったのではないかと思う。


「いま結果オーライとか考えてるでしょ? それはそれ、これはこれよ」


 ごもっともだった。

 エミリアには隠しごとが出来そうにない……。


「でも、ありがとう」

「なんのことだ?」


 怒っていたかと思えば急に感謝されて、意味が分からず首を傾げていると――


「あの子がずっと寂しがっていたことは気付いていたから。どうにかしてあげたいとは考えていた。でも、私には近くにいてあげることくらいしか出来なかったから」


 あの子を救ってくれて、ありがとう。

 と、エミリアに笑顔を向けられるのだった。



  ◆



「今日から、お前の名前はアイリス・・・・だ」


 世界樹の少女の名前は『アイリス』に決まった。ちなみに名付けの親は俺だ。

 エミリアから少女の名前を考えて欲しいと頼まれたためだ。

 世界樹の管理は〈庭園〉の仕事だし、〈庭園〉に所属するメイドたちは全員、花の名前を冠しているからな。

 これまで自由を奪われてきた彼女が、未来に希望ユメを持てることを祈ってつけた名前だ。

 ちょっと、エミリアに語呂も似ているしな。


「アイリス……良い名前ね」

「はい! お父上様、ありがとうございます!」


 エミリアだけでなく、アイリスも気に入ってくれたみたいで安心する。

 いつもが適当と言う訳ではないが、今回は割と真面目に考えたからな。

 結果オーライとはいえ、俺なりに〈クロノス〉の件は反省していると言う訳だ。


「若様、そっちの件が片付いたのなら、そろそろいいですか?」


 レティシアに声をかけられ、そう言えばと思い出す。

 シキにレティシアを呼びに行ってもらったのは、〈方舟〉について知っていることがないかを確かめるためだった。


「〈方舟〉のことを、なにか知っているのか?」

「いえ、オルタナから一通り説明は受けましたけど、はじめて聞く話ばかりでした」


 おい……。期待しただけにガックリと来る。

 でも、オルタナもレティシアのことは名前を知っているだけみたいなことを言っていたしな。

 ということは、


「オルタナ。レティシアが消えたのって、何年前の話なんだ?」

「〈方舟〉が建造される千二百年前の話です。オルタナが生まれた時代には、既に〈勇者〉の血筋は途絶えていましたので」


 やっぱりか。そんなことだろうと思った。

 自分のことを人工勇者とか言っていたから、なんとなくそんな気はしていたのだ。

 レティシアのような〈勇者〉がいるのなら、そんなものを作る必要がないからな。


「私のいた時代から千年以上も未来ですか。勇者がいないのであれば、世界が滅びたのも納得です」

「もしかして、ショックを受けてるのか?」

「いえ、そういう感傷はまったくありません。〈勇者〉の務めを果たせなかったことに思うところはありますが、それだけですね」


 まあ、そんな気はしていた。

 冷たいとまで言う気はないが、こういうところがレティシアにはあるからだ。

 楽園の騎士団長も、あっさりと辞めてきたしな。

 たいした情報を得られそうにないが、一応こっちも聞いておくか。


「なら〈賢人〉について、なにか知らないか?」

「〈賢者〉ではなく〈賢人〉ですか?」

 

 この様子だと、やっぱり知らないみたいだな。

 期待していただけに残念だが、こればかりは仕方がない。レティシアが悪い訳じゃないしな。

 しかし、だとするとレティシアが別の世界に跳ばされた後に〈賢人〉が誕生し、ダンジョンが生まれたと言うことになるのか。でも、これって時系列が無茶苦茶じゃないか?

 レティシアが跳ばされたのは、ダンジョンのある世界だった。

 となれば、俺とは逆で未来の並行世界に跳ばされたと言うことになるのか?


「若様、一ついいですか? オルタナと話をしていて気付いたのですが」


 新しい情報には期待できそうにないなと諦めていたのだが、レティシアにとっては未来の話とはいえ、なにか察することがあったのだろう。

 オルタナもたいした情報を持っていないし、〈方舟〉のデータベースは大部分が破損していて、これと言った情報を得られていないしな。なんでもいいから〈賢人〉に関する手掛かりが得られないかと思っていると、


「クロエは勇者の子孫かもしれません」

「……は?」


 まったく予想しなかったことを告げられるのだった。



  ◆



「エミリア先生もいないって、どういうこと!?」

「どういうことと聞かれましても……」


 ギルドの受付に詰め寄るクロエの姿があった。

 今朝ホテルの部屋で目覚めたらレティシアの姿が消えていて、嫌な予感がしてギルドまで足を運んだら、エミリアも留守にしていると受付から聞かされたのだ。

 椎名やシキ。それにテレジアだけでなく、エミリアやレティシアまで姿を消したとなると、ただの偶然と片付けるのは難しい。

 自分の知らないところで、なにかが起きているのだとクロエは察する。 


「遺跡の調査に行くって言ってたよね?」


 ここでじっとしていても仕方がないし、いっそのこと自分も向かうべきかと――


「まったく、その落ち着きのない子供みたいなところは相変わらずのようだな」


 クロエが受付に背を向けた、その時だった。

 よく見知った声がしたのは――


「まさか!」


 戸惑いを隠せない様子でクロエが振り返ると、そこには灰色の外套を羽織った男が立っていた。

 クロエの視線に気付き、フードを取る男。


「アレク――」

「やはり、お前の目は誤魔化せないようだな」


 言い切る前に、慌ててクロエの口を塞ぐ男。

 やれやれと言った表情で溜め息を漏らしながら、


「いまの俺はミハイルだ」


 と名乗るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る