第272話 世界樹の親
「お嬢様。紅茶のお代わりは如何ですか?」
「いただきます。テレジアさんのいれてくれるお茶はとても美味しいです」
「フフッ、そう言って頂けると幸いです。よろしければ、こちらの焼き菓子もどうぞ」
さて、どこから説明したらいいだろうか? 最初から説明しろって?
いや、実は俺もまだ気持ちの整理がついていないというか、困惑しているのだ。
「
どことなく古風な喋り方をする巫女服を着た少女が目の前にいた。
見た目はレミルよりも更に幼く、小学三年生くらいの女の子だ。
長く伸びた黒髪に、瞳は金色に輝いている。髪の色は恐らく〈
巫女服はどうしたのかって? 言っておくが、俺の趣味じゃないからな?
どうも記憶にある服を
ここまで説明すれば既にお気付きかと思うが、彼女は世界樹の化身だ。
そう、あの世界樹の種が
「いや、なんでもない。それより、勉強はいいのか?」
「そうでした。姉上様に叱られてしまいます」
性格は真面目で勤勉。
イズンのことを姉と慕っているようで、よく言うことを聞いている。
当初の懸念はなんだったのかと言うくらいに良い子だった。
なら、もうエミリアに母親役を頼む必要はないのではないかと思うかもしれない。
だが、
「早く、お母上様にお会いしたいです」
「良い子にしてれば会えるさ」
「はい!」
彼女は既にエミリアのことを母親と認識しているようで、退路は断たれていた。
孤独と寂しさを紛らわせるため、無意識にエミリアを〈巫女〉に選んだのではないかと言うのがイズンの話だった。
エミリアのことを母親と認識しているのは、それが原因と見て間違いない。
なら会わせてやればいいんじゃないかと思うだろうが、彼女は世界樹の化身だ。所謂〈精霊召喚〉によって召喚された精霊と同じ状態にある。実体のように見えるのは魔力体と言う奴だ。
「頑張っているみたいですね」
風が吹いたかと思うと、最初からそこにいたかのように姿を現すイズン。
彼女がこんな風に世界樹を離れて活動が出来るのは、依り代となる肉体を得ているからだ。
普通は召喚された精霊が召喚主に縛られるように、世界樹の大精霊も世界樹から離れることが出来ない。所謂、依り代がなければ精霊は実体を得ることが出来ないからだ。
世界樹から離れることが出来ないとはいえ、むしろこんな風に実体化できること自体、珍しいケースだとイズンは話していた。たぶんこれも〈クロノス〉の影響なのだろう。
「はい、姉上様。この世界の言葉は大体話せるようになりました。文字の読み書きも問題ありません」
何気に凄いことを言っているのだが、たぶん本人に自覚はないのだろう。
彼女が言っていることは本当だ。地球上にある国々の言語や文字を、彼女は半日足らずで習得していた。
普通ならありえないことだが、なにせ彼女は世界樹の化身だ。
イズンが女王なら、精霊のお姫様と呼ぶべき存在。そのくらい出来て当たり前なのだろう。
「ご主人様。先程、オルタナちゃんから連絡がありました」
「ってことは、シキが戻ったのか?」
「はい。予定にない人物が一緒とのことで、ご主人様の指示が欲しいそうです」
予定にない人物? レティシア以外に誰か連れてきたのだろうか?
「お母上様の気配を感じます。近くにいらしています!」
と、考えていたら興奮した様子で目をキラキラと輝かせる少女。
どうやら一緒なのはエミリアみたいだ。
さすが世界樹の化身。自分の〈巫女姫〉が近くにいると分かるみたいだな。
「ここまで案内するように、オルタナに伝えてもらえるか?」
「畏まりました」
一礼すると、イズンの姿が現れた時のように一瞬で消える。
本当に便利な能力だなと思いながら、俺は目の前の少女を落ち着かせるのだった。
◆
「世界樹……やっぱり、ここにあったのね」
オルタナに案内されてやってきたのは、シキとレティシア。
それに予想した通り、エミリアだった。
全長三十メートルほどに成長した世界樹を見て、驚いた様子を見せるエミリア。
俺自身、あの種がここまで成長したことに驚きを隠せずにいるしな。
まあ、原因は俺なのだが……。
「やっぱり、ここに世界樹があることに気付いていたんだな」
「ごめんなさい。利用するようなことになってしまって……でも、私も確信はなかったの。それだけは信じて」
世界樹と繋がっている本人が、世界樹の存在に気付いていないはずがないからな。
ただ、世界樹の位置を特定できなかったと言うのは本当だろう。
この遺跡を疑ってはいたが、確証がなかったと言ったところか。
だから両親のノートを俺に見せて、確かめようとした訳だ。
もっともエミリアは嘘を吐くのが得意じゃないしな。遺言と言うのも疑っている訳ではなかった。
「気にするな。怒っている訳じゃないしな」
「シーナ……うん、ありがとう」
相談して欲しかったと言うのは本音だが、怒ってなどいなかった。
そのお陰で〈方舟〉を発見して、こうして世界樹を保護することが出来た訳だしな。
ああ、そうだった。世界樹と言えば――
「お母上様!」
遅かったようだ。
紹介をする前に我慢できなくなって、樹の陰から飛び出してくる少女。
映画のワンシーンのように、そのままエミリアの胸にダイブする。
「エミリア様。いつの間に、こんなに大きな子を……」
「違うから! 経験だってまだなのに出来る訳が……ちょっと、シーナ。この子は誰なの?」
シキにからかわれながらも、説明を求めてくるエミリア。
当然、困惑するよな。俺もこんなことになって戸惑っているのだから――
イズンにも頼まれたことだし、ここは正直に答えるべきだろう。
「俺とエミリアの子だ」
◆
「あれはシイナ様が悪いかと」
「うん、若様が悪い」
「ご主人様、あの説明はないかと……」
「説明が簡潔すぎます。あれでは誤解を招くのも当然かと」
シキとレティシアだけでなく、イズンにテレジアまで……。
遠回りに説明するよりは、ストレートに言った方がいいと思ったのだ。
ちょっと説明が足りなかったように思わなくもないが、エミリアが落ち着いたところでちゃんと説明したしな。
「いい加減、機嫌を直してくれないか?」
「……別に怒ってないわよ。ちょっと驚いただけ」
それなら良いのだが、まだ棘がある気がする。
「この子が世界樹の化身だと言うのは分かったわ。こうなった原因は私にもあるし、責任は取るつもりよ。でも……」
「お母上様? もしかして、お父上様と喧嘩されているのですか?」
「違うわよ。ちょっと、
そう言って、シキに目配せをするエミリア。
「お嬢様。お土産があるので、あちらで一緒に頂きませんか?」
「外の世界のお土産ですか? でしたら、お父上様とお母上様も……」
「でしたら、お二人の分も一緒にご用意しましょう。とっておきのお茶の入れ方も教えて差し上げます」
「本当ですか! 是非、お願いします」
エミリアの考えを察して、シキが少女を連れて行く。
それを見て、レティシアとオルタナ。それにイズンとテレジアも空気を読んで席を外す。
エミリアと二人きりにされ、微妙な空気が漂う中――
「あの子のことだけど、シ-ナはいいの? 元々、シーナには関係のないことだし……」
どういうことかと首を傾げる。そもそも、こうなった原因は俺にあるしな。
むしろ、相談もなくエミリアに母親役を押しつけてしまって申し訳なく思っているくらいだ。
「関係なくはないさ。だから二人で育てよう」
「――ッ! あなたがそう言うなら、うん……ちょっと順番は違うけど、予行練習だと思えば……」
エミリアだけに押しつけるに訳にもいかないしな。
二人でちゃんと教育してやれば、暴走するようなこともないだろう。
「でも、どうしてこんなことになったの?」
「話せば長くなるんだけど、これを見て貰った方が早いか」
さすがに説明しない訳にはいかないと考え、〈カドゥケウス〉を取り出す。
別名〈ヘルメスの杖〉とも呼ばれている褐色美少女から貰った神器だ。
と言っても、レプリカと言う話を聞いていたのだが――
「凄い力を感じる杖ね。シーナ、それは一体……?」
「〈カドゥケウス〉――別名〈ヘルメスの杖〉の名で知られる神器だ」
「カドゥケウス!? まさか、それが……」
さすがに知っていたようだ。有名な杖らしいしな。
ここからの話が、世界樹の種が急成長した理由になるのだが――
「で、杖に巻き付いている蛇が加えている宝石のようなものがあるだろう? これが――」
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