第271話 世界樹の秘密(後編)
神ね。そう言えば、世界樹も誰かが作ったものなんだよな。
仮にダンジョンを造った神と、世界樹を創造した神が一緒なら――
(第一のヘルメス――〈神の子〉か)
第三のヘルメス〈博士〉が言っていたことが頭を過る。
神の子なら神様のような力を持っていても不思議ではない。
やっぱり一番怪しいのは、第一だなと考える。
「ご主人様、感謝します。あなた様と出会えて本当によかった。私たちの
「ご主人様以上に〈楽園の主〉に相応しい方はいらっしゃいませんから」
普通のことを言っただけなのだが、意気投合して褒めちぎってくる二人。
キミたちそんなに仲が良かったっけ?
精霊がどうとか魔力がどうとか、たいした問題ではない。
それよりも重要なのは――
「結局、同じ世界に世界樹が二つ存在すると、どうなるんだ?」
こっちの方が重要だった。
答えによっては、世界樹の種の扱いが変わって来るからだ。
「同じ魂から人間の
「ならないな」
イズンの問いに答える。
レミルが良い例だが、同じ魂から生まれた存在でも同一人物にはならない。
肉体というのはコンピューター端末で言うところの
言ってみれば〈星の記憶〉はクラウドで、シリアル番号が魂に振られているようなものだな。
「世界樹も同じです。世界樹にも個性があると言ったように、分身であっても同じ自我が生まれることはありません」
「なら、なにも問題はないんじゃないのか?」
「自我があることが必ずしも良い結果を生むとは限りません。生まれて間もない世界樹は子供と変わりがありませんから無邪気な分、好奇心が旺盛で自制の効かないところがあります。仲良く出来れば良いのですが、大抵は……」
ああ、そういうことか。
世界樹が二つ存在するからと言って効率が二倍になったり、役割を分担すると言ったことが出来ないのだろう。
個性があるからと言って、仲良く出来るかは別の話だしな。
「最悪の場合、世界中で精霊の暴走が起き、未曾有の災害をもたらす恐れがあります。津波、地震、台風……それらの災害によって世界が滅亡する切っ掛けになりかねないかと……」
世界樹が原因で世界が滅びるとか、洒落になっていないな。
だとすると、この世界樹には悪いけど、やはり現状維持をするしかないのか?
でも、それが分かっていて、イズンは月に世界樹を植えたんだよな?
「イズンはどうするつもりだったんだ?」
「仮に暴走したとしても精霊は私が抑えられますし、悪い子には
「……それでいいのか?」
「私にとって最優先は楽園の繁栄であり、ご主人様ですから。ご主人様のお役に立てないのであれば、世界樹と言えど楽園にとって不要な存在です」
イズンから見たら子供みたいなものだから大切にしているのかと思ったら、意外とシビアな考えを持っていた。
というか、彼女もやっぱり楽園のメイドなんだなと実感させられる。
「ただ、私も我が子のような存在を手にかけたい訳ではありません。なので〈巫女〉を捜していました」
「そこで最初の話に繋がるのか……。でも、どうして巫女を?」
「精霊の反応がないことから、仮に地球に世界樹が存在するのだとしても精霊を生むほどの力はないと判断しました。生まれて間もない世界樹は、赤子のように自我が希薄です。ですから親となって教育するものがいれば、或いは……」
言うことを聞かせられるかもしれないと、イズンは話す。
ようするに、レミルで言うところのユミルみたいな存在が必要と言うことか。
でも、
「それを、エミリアに頼むのか?」
「わたし自身も世界樹ですから、反発を招く可能性はあります。その点、彼女でしたら資格が十分にあると判断しました。既に、この子は彼女のことを母親と勘違いしているようなので……」
「ああ、それで〈星詠み〉が使えたのか……」
世界樹と繋がっていなければ〈星詠み〉は機能しないしな。エミリアがこの世界で〈星詠み〉を使えたのは、ここにある世界樹の種と偶然リンクが繋がったからだろう。
謎は解けたが、母親になってくれと頼むのか。
引き受けてくれるといいのだが、
「そう言う訳ですので、ご主人様。彼女の説得、よろしくお願いします」
え? 俺が説得するの?
◆
世界樹に施された固定化の魔法を解くことは決まった。
イズンがエミリアを世界樹の親代わりにする案をだしてきたのは、エミリアが〈巫女姫〉の適性を持つと言うことが理由にあるだろうが、やはりこのままにしておきたくはないのだと察したからだ。
それに世界樹がこんな状態にあると知れば、エミリアも良い顔はしないだろう。
他にも理由はある。イズンにも確認したが、やはり〈方舟〉の機能が回復しないのは世界樹の種から供給されるエネルギーが不足していることが原因だった。
つまり種の状態では、世界樹と言えど本来の力を発揮しきれないのだ。
都市の機能をカバーするだけであれば、それでも十分だったのだろう。しかし、システムに〈
緊急避難のためには仕方のないことだったのだろうが、〈博士〉も〈黒の原典〉については〈解析〉が出来ず、システムに組み込む程度のことしか出来なかったと記していたしな。
これを解決するには〈クロノス〉を停止させるか、世界樹を成長させるしかない。だが、世界樹を成長させるには〈クロノス〉を停止する必要があり、どのみち選択肢は一つしかないと言うことだ。
「ご主人様。
「一応、結界で対処するつもりではいるけど、出て来たら始末するしかないな」
テレジアがなにを危惧しているかは分かるが、倒せない敵ではないしな。
少し厄介ではあるが、〈原初〉の六人なら余裕で対処可能なはずだ。
他のメイドには少し厳しい相手かもしれないが、たぶん〈
害虫はどれだけ気を付けていても湧くものだしな。警戒し過ぎても仕方がない。
それよりも、いまは気になっていることがあった。
『なあ、アカシャ。前に言ってた〈アーカーシャシステム〉が情報を蒐集している端末って、世界樹のことなんじゃないのか?』
以前、アカシャはこんなことを言っていた。
『アーカーシャシステムは全知を司る情報蒐集システムです。――――を通じて、ありとあらゆる情報を蒐集。世界の知識と記憶を管理するために――――によって開発されました』
と――
この『――を通じて』の部分に入るのが、世界樹なのではないかと考えたのだ。
最初は〈星の記憶〉のことだと思っていたが、考えてみると〈星の記憶〉から必要な情報だけを抜き出すなんて真似が出来るとは思えない。恐らく〈アーカーシャシステム〉と言うのは――
『
所謂、検索エンジンのような役割をするシステムなのではないかと俺は推察した。
世界樹が人々の記憶や知識を集めている理由は、検索の元になるインデックスの作成に必要だからだ。同時に端末の役目も果たしているのだろう。
だから世界樹と繋がっている〈巫女姫〉は〈星詠み〉が使える。〈星詠み〉は〈星の記憶〉から読み取った情報を元に未来を予測するスキルだが、恐らく〈アーカーシャシステム〉を利用して〈星の記憶〉から必要な情報にアクセスしているのだろう。
『いずれ、気付くとは思っていましたが……想定よりも随分と早かったですね』
『否定しないんだな』
『自分で辿り着いた答えを否定するほど、私は意地悪ではありませんよ?』
そこは信用しているさ。
アカシャが嘘を吐いたことは、これまでに一度もなかったしな。
答えられないことには答えられないと言うが、彼女は決して嘘は吐かない。
だから、なんとなく答えてくれるのではないかと言う予感はあった。
『ってことは、アカシャと世界樹は姉妹みたいなものってことか』
『お答えできません』
いつものアカシャだが、今回の『お答えできません』は少し違う気がする。
否定できないけど肯定もしたくないと言った意志を感じるのだった。
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