第270話 世界樹の秘密(前編)
あの子か。イズンからすれば、世界樹の種は子供のようなものだろうしな。
「このような場所に隠されていたのですね」
「もしかして気付いていたのか?」
「確信はありませんでした。ですが、何者かが〈星の記憶〉に干渉している気配を感じ取っていたので、もしかしたらと考えてはいたのですが……」
星の記憶に干渉……それって、たぶんエミリアの〈星詠み〉のことだよな?
「もしかして、世界樹の苗を植えたのは……」
「はい。最初はヘイズからの提案でしたが、私にとっても都合が良かったので。この世界を魔力で満たせば、いずれ〈
あちらから接触してくるとは思ってもいませんでしたが、とイズンは答える。
なるほど、そりゃそうだよな。彼女は世界樹の大精霊だ。
巫女姫の存在に気付かないはずがない。
「それなら相談してくれても良かったのに……」
「ユミルちゃんには相談していたのですが確信はありませんでしたし、ご主人様のお手を煩わせるほどのことではないと考えていましたので……」
まあ、相談されたとしても、なにも出来なかった可能性が高いけど。
その時の俺はエミリアやシキのことを知らなかった訳だしな。
イズンだけを責められないか。
とはいえ、
「なにも出来ないかもしれないけど、今度から報告だけはしてくれ。イズンの同胞なら、世界樹だって家族みたいなものだしな」
俺にこんなことを言われるのは意外だったのか? 目を丸くするイズン。
俺だって、組織における
メイドたちに頼り切りの俺が言えた義理でもないかもしれないが……。
あ、もしかして普段まったく仕事してないのに、なに言ってるんだ?
って思われてるのか? だとすれば、弁明できない。
「申し訳ありませんでした。以後、このようなことがないように努めます」
クスリと微笑みを漏らし、謝罪と共に了承の意思を伝えてくるイズン。大人の対応だ。
イズンにそんな風に思われていたのはショックだが、自分の撒いた種だしな。
不可抗力とはいえ、二年間も留守にしていた訳だし、楽園の運営もユミルやレギルに任せきりだったので王様らしい仕事を何一つした記憶がない。今後はもう少し〈楽園の主〉に相応しい振る舞いと、穀潰しと思われない程度には運営に関わるべきかもしれないな。
「ご主人様。もしかして、この方は……」
「ああ、イズンは世界樹の化身――世界樹の大精霊だ」
驚いた様子を見せるテレジアだが、話の流れから察してはいたのだろう。
俺が精霊召喚を使っているところも見ているしな。
「この子の存在に気付けなかったのは、精霊を生む力を封じられていたからなのですね。精霊が生まれていれば、私が存在に気付かないはずがありませんから」
「……もしかして怒ってるのか?」
やはり怒っているのだろうかと、不安になりながら尋ねる。
イズンを召喚した最大の理由がこれだった。
さっきも言ったように世界樹の種や苗は、イズンにとって子供のような存在だ。
だから世界樹がこんな扱いを受けていたら、気を悪くするんじゃないかと思ったのだ。
黙っていて、あとでバレる方が面倒臭いことになるしな。
真っ先にイズンに報せて、世界樹の種の扱いを相談した方がいいと考えた訳だ。
「思うところがないと言えば嘘になりますが、理解も出来ます。種の状態で成長を固定し、精霊を生む力を封じたのは〈
ああ……そういうことか。
世界を魔力で満たすという目的であれば、精霊の持つ役割は大きい。
しかし、それをすると〈
だから種の状態で成長を固定し、星の力を引き出す動力源にしたのか。
「あの装置が、精霊の代わりを果たしているようですね」
黒いオベリスクを見ながら、そう話すイズン。俺も同意見だった。
恐らく〈クロノス〉が世界樹の種から供給された星霊力を魔力へと変換する役目も担っているのだろう。
そうして集めた魔力をオベリスクを通して都市全体に行き渡らせているのだ。
よく考えられたシステムだと思う。
しかし、
「俺は世界樹をこのままにしておくつもりはない。だから聞かせてくれ。世界樹は同じ世界に一つしか存在しないみたいな話を過去にしていたが、仮に成長を妨げている力を取り除いて、この世界樹を成長させるとどうなるんだ?」
俺は世界樹をこのままにしておくつもりはなかった。
正直こんな風に意志や選択肢を奪うやり方は、俺の趣味ではないからだ。
メイドたちは自分たちのことを道具だと言うが、感情や意志があるのなら尊重してやりたい。それは世界樹とて同じだ。
それにイズンは俺にとって大切な家族だ。彼女の同胞なら助けてやりたいと思う。
俺にとって最優先は、やっぱり楽園のメイドたちだしな。
それで〈方舟〉が使えなくなったとしても、俺はイズンの気持ちを優先したいと考えていた。
「世界樹の実に種がない理由はご存じですか?」
「〈星の力〉の結晶だからだろう?」
世界樹の実は〈星の力〉を結晶化した天然の〈賢者の石〉と言ったところだ。
だから、種がない。その代わり〈霊薬〉や〈万能薬〉の材料にも使えるとあって、そのまま食べても怪我や病気への効用が高く味も抜群と、言うことのない素材だった。
果実酒なので少し甘口だが、酒にしても美味いしな。
「はい。ですから世界樹の実には種がありません。ですが、種がなければ子孫を残すことは出来ません」
言われてみると、確かに変だ。
でも、実際に目の前には世界樹の種がある。
「なら、この種は? それに月にも世界樹を植えたんだろう?」
「生涯に一度だけ、自分の
子供ではなく分身。ようするに
それって、
「……すべての世界樹は同一存在ってことか?」
「はい」
まさか、世界樹にそんな秘密があったとは……。
だとすると、過去の世界の世界樹のコピーが楽園の世界樹と言うことになるのか。
「でも、イズンは自我があるよな?」
「私は特殊な例になりますが、分身と言っても
「……欲?」
「人間を知りたいと思う気持ちです。世界樹の本来の役割は、
文明の保存か。ダンジョンとは対照的なイメージを受ける。
ダンジョンはどちらかと言えば、世界を破滅に導くイメージがあるからだ。
それと言うのも〈大災厄〉が原因なのだが、それ以外でもダンジョンにまつわるトラブルは多いしな。現代の地球でもダンジョンを巡るトラブルで、戦争にまで発展しそうになったと聞いているし……。
ダンジョンは人間の欲を駆り立て、利用するシステムだと俺は思っていた。
「もしかして、精霊たちは魔力を通して記憶と知識を得ているのですか?」
なにかに気付いたようで、俺とイズンの会話に割って入るテレジア。
イズンは
「はい。世界を魔力で満たす最大の理由は、記憶と知識の蒐集にあります」
なにかあるとは思っていたのだが、そういう仕組みだったとは……。
魔法はイメージの力だと前に話したが、そう考えると合点の行く話だ。
とはいえ、
「それって、なにか問題なのか?」
勝手に記憶を覗き見られていると思うと良い気分はしないのかもしれないが、そもそも〈星の記憶〉が存在する時点で今更という感想しかない。前にも話したと思うが、すべての生物は等しく〈星の記憶〉と繋がっている。それは人間だけじゃない。魂を持つ存在であれば、すべてだ。
そのため〈星の記憶〉には、ありとあらゆる記憶が漂っているのだ。
俺たちが魔力と呼んでいるものも、元はその〈星の記憶〉を構成する〈星の力〉から得たものだ。
「人間が魔力を便利に使っていることは事実だしな。魔法やスキルを使わないように出来るのかと言えば、無理だろう?」
なら真実を知ったところでなにも変わらない、と言うのが俺の出した答えだ。
それでも納得が行かないのであれば、世界の仕組みそのものを変えるしかない。
それに――
「イズンがホムンクルスの身体を望んだのは、記憶と知識を得るだけでなく自分で体験したいと思ったからだろう?」
なら、それを否定することは俺には出来ない。当然の欲求だと思うからだ。
むしろ、分身と聞いて最初は驚いたが、そういう人間らしい欲があって安心したくらいだ。イズンが自分を特殊だと言ったのは、そういうところにも理由があるのだろうけど。
「イズン様、申し訳ありませんでした。疑問に思っただけで、不快にさせるつもりはなかったのですが……」
「いえ、仕方がありません。自分の知らないところで記憶を覗き見られて、良い気分はしないでしょうから。ただ、誓って言えることは精霊たちが集めた情報を自由に見ることは私にも出来ません。それが可能なのは、世界樹を創造された
ん? 二人して、どうして俺を見るんだ?
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