第269話 世界樹の種

 そもそも不思議に思っていたのだ。

 魔力とは精霊が生み出す力のことで、魔法の使用に必要なエネルギーのことだ。

 そして、世界樹がなければ精霊が生まれることはない。

 そのため、この世界にはダンジョンが出現するまで魔力が存在しなかった。

 なにを言いたいかというと、精霊のいないこの世界では魔力の補給が出来ないことから、本来であれば〈方舟〉はとっくに機能を停止していなければおかしいと言うことだ。

 なのに〈方舟〉は限定的とはいえ、こうして今も機能を維持している。

 これまで〈方舟〉が発見されなかったのは、〈認識阻害〉のスキルが機能していたからだ。しかし、スキルの維持にも魔力を消費する。なら、その魔力はどこから供給されていたのかという疑問があった。


「ここが〈方舟〉の動力部です」


 都市内の区画を結ぶ〈転移陣ゲート〉を通り、オルタナの案内で辿り着いた場所は荘厳な雰囲気が漂う森の中・・・だった。

 地上に転移したと言う訳ではない。その証拠に天井からは太陽の光とは異なる光が降り注ぎ、森の中心にある湖を黄金色に染めている。この光、恐らくは〈生命の水〉の光だ。

 天井が水槽のようになっていて〈魔導人形ゴーレム〉が眠っていた〈工房〉の水路と繋がっているのだろう。

 そして湖には橋が掛かっていて、中央に台座のようなものが確認できる。

 台座には円筒形の水槽シリンダーが設置されていて、そのなかに浮かぶが目に留まる。


「ご主人様、あれはもしかして……」

「ああ、世界樹・・・だ」


 世界樹の種だ。これが〈方舟〉の動力機関の正体だと察するのは難しくなかった。

 無尽蔵にエネルギーを供給できるものなんて、そうあるものでもないしな。

 データベースでも存在は秘匿されていたが、世界樹が使われている可能性は最初から疑っていた。

 しかし魔力を感じ取れるのに、精霊の存在を確認できない。恐らくは種の状態で成長を固定することで精霊を生む力を封じ、エネルギーの供給源としてだけ利用しているのだろう。

 恐らく、そのために利用されているのが――


「あれが〈黒の原典クロノス〉だな」


 台座の後ろには、漆黒のオベリスクがそびえ立っていた。

 すぐにそれがデータベースに記されていた〈クロノス〉だと察する。

 オルタナが眠っていた場所にも同じようなオベリスクがあったが〈方舟〉の至るところに同様のオベリスクが立っていて、ここの〈クロノス〉とリンクすることで都市にエネルギーを供給しているのだろう。

 世界樹の成長を止めているのは、クロノスの能力と見て間違いなさそうだ。

 まさか、こんな風に世界樹を〈方舟〉に組み込み、動力源にするとはな。

 その技術力と発想には驚かされるが、どうしたものかと考えさせられる。


「世界樹の種を取り除いた場合、この〈方舟〉はどうなる?」   

「お勧めはしません。その場合〈クロノス〉の機能も失われ、〈方舟〉は地上の遺跡と同様に朽ちることになります」


 そんなことだろうと思っていた。

 一万年以上も経過しているのに、この〈方舟〉が当時の状態のまま少しも傷んでいないのは〈クロノス〉が時の流れを操作して状態を維持しているからだ。ようするに、この〈方舟〉のなかはダンジョンと同じような環境が構築されていると言うことになる。

 だから〈クロノス〉が力を失えば、オルタナの言うように〈方舟ここ〉も地上の遺跡と同様に朽ちる可能性は高い。

 となれば――


「仕方ない。ここは専門家を呼ぶとするか」


 彼女・・の知恵を借りるしかないと考える。

 世界樹が関係しているのであれば、確認しておきたいことがあるしな。


「専門家ですか?」


 よく分かっていない様子で、首を傾げるテレジア。

 急に専門家を呼ぶと言われて、戸惑うのも無理はないか。


「ああ、楽園には誰よりも世界樹に詳しいメイドがいるんだよ」


 テレジアは面識がないが、楽園には世界樹の専門家がいる。

 恐らくエミリアやセレスティアよりも、世界樹について詳しいメイドが――

 普段は楽園の世界樹の管理を任せているのだが、いろいろと聞きたいこともあったし、呼ぶなら丁度良いタイミングだろう。


「――契約に従い、我が声に応えよ」


 黄金の蔵から取り出した宝石・・に魔力を注ぎ込み、詠唱を口にする。

 これは、契約した精霊を呼び寄せることが出来る魔導具だ。


精霊召喚エレメントコール


 エミリアの妹に渡した〈小さな箱庭の世界リトル・ガーデン〉と同じ系統の魔導具だが、あれは契約した精霊を魔導具のなかに収容することが可能なのに対して、この魔導具に出来ることは契約した精霊に自分の位置を報せることだけだ。

 単純な機能しか持たないシンプルな魔導具。

 だが、それで十分だった。


「お呼びでしょうか? ご主人様」  

 

 彼女、イズンは世界樹の大精霊なのだから―― 



  ◆



「もっと早く呼んで頂けると思っていたのですが……」


 腰に届くくらいの波打つ銀色の髪。母性を感じさせる見た目とは対照的に、おっとりした口調で子供のように拗ねた態度を見せる彼女の名はイズン。〈原初はじまり〉の六人の一人にして〈庭園〉の管理人。ホムンクルスの器を与えられた世界樹の大精霊だ。

 本来、精霊は魔力のあるところであれば、どんな場所にでも存在する。そして、イズンはその精霊たちを統べる女王だ。だから精霊たちの目や耳を通して周囲の状況を把握し、魔力のあるところであれば、どこにでも自由に転移することが出来る便利な能力を持っていた。

 もっとも、世界樹の大精霊という特性上、世界に縛られるという制約が彼女にはある。彼女が滅多に楽園の外にでないのはそのためで、過去の世界でイズンを頼れなかった理由でもある。

 それに大気中の魔力が少ない現代の地球では、イズンの能力は制限されるしな。

 月に世界樹を植えて、それも大分改善されてはいるようだが――


「別に忘れてたとか、そういうのじゃないぞ? レギルやスカジもいたし、近いうちに楽園へ戻るつもりでいたからな」


 そもそもイズンを呼ぶほどの事態でもなかったしな。

 庭園の管理もあるし、気軽に呼び出すのも悪いと思っていたのだが――


「レギルちゃんとスカジちゃんだけ狡いです」

 

 機嫌を損ねてしまったようだ。女心は難しい。


「今度、なにか穴埋めするから機嫌を直してくれないか?」

「……本当ですか?」 

「ああ、俺に出来る範囲だけどな」

「なら、許します。フフッ、期待していてくださいね」 


 それを言うなら「期待しています」だと思うのだが、逆なのか……。

 早まったかもしれないと思うが、いま頼れるのはイズンだけだしな。

 自分の撒いた種だと思って、覚悟を決めるか。

 イズンならレミルほどの無茶を言っては来ないだろうし……。


「ご主人様……この方は?」


 テレジアにイズンのことを尋ねられ、紹介しようとすると――


「〈楽園の主〉にお仕えするメイドの一人にして〈庭園〉の管理を任せられているイズンと申します。テレジア様ですね?」


 優雅にスカートの裾を抓みながら、自分から自己紹介をするイズン。

 しかし、


「……私のことをご存じなのですか?」


 どこか訝しむように尋ねるテレジア。

 まだ名乗っていないのに相手が名前を知っていたら、警戒するのも分からなくはない。とはいえ、イズンだしな。

 魔力があると言うことは地球にも精霊がいると言うことだし、精霊たちから話を聞いていた可能性は高い。


「ええ、エミリアちゃんから話を聞いていましたので」


 そう考えていたのだが、まったく予想外の名前が出て来た。

 そう言えば、レギルにもシキのことを尋ねられたことがあったな。

 なら、エミリアと知り合いでもおかしくないのか?

 そんな風に考えごとをしていると――


「ご主人様。私を呼ばれたのは、あの子・・・のことですね?」


 世界樹の種へと視線を向けながら召喚した目的を、イズンに尋ねられるのだった。

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