第268話 黒のオリジン
「ご主人様、お身体に異常はありませんか?」
「ああ、心配をかけたみたいだな」
テレジアには随分と心配をかけたみたいだ。
目を覚ましたらテレジアに膝枕をされていて、泣きながら抱きつかれたくらいだしな。
なんでも突然、目の前で倒れたそうだ。
俺が意識を失ってから数分しか経っていないそうだが――
「あの……そろそろ、この拘束を解いて頂けますか?」
影のスキルで簀巻きにされたガイノイドの少女――
誰がやったのかって? そりゃ、勿論テレジアとシキだ。
俺が目覚めたのは、丁度オルタナを尋問するところだったらしい。
女って怖い……。
「シキ、拘束を解いてやれ」
「よろしいのですか?」
「こいつは指示に従っただけだしな。それに――」
さっきからオルタナの名前を呼んでいることからも分かるように、賢人の遺産――〈方舟〉を継承したことで、それに付随するすべての所有権が俺に移っていた。
アカシャと同じように、オルタナとも霊的なパスの繋がりを感じる。恐らく、この船そのものが巨大な魔導具になっていて〈方舟〉を通してオルタナとも繋がりが出来たのだろう。
「アストラルリンクを確認しました。無事に〈賢人〉の遺産を継承されたのですね。これより本機オルタナは、新たなマスターの指揮下に入ります」
と言う訳だ。
そう言えば、オルタナにも確認しておきたいことが一つあるんだった。
「オルタナ。お前って、元は人間じゃないのか? いや、正確には〈霊核〉を搭載しているだろう?」
呪いの影響を受けていたことからも、オルタナがただの〈
恐らく彼女には、ホムンクルスのように魂がある。そのため〈
「はい。オルタナは
そう言えば、そんなことを言っていたな。
ようするに、ロボットよりも人造人間に近い存在ってことか。
「オルタナの
「前からそんなこと言っているけど、勇者ってなんのことだ?」
「聖なる気を纏い、聖具を使用することの出来る人類の守護者です」
どこかで聞いたことのある話だ。
勇者と聞いて、もしかしたらという考えはあったが――
ああ、だから
「ご主人様、彼女はもしかして……」
「ああ、レティシアの関係者の可能性が高いな」
話を聞いている限り、レティシアと同じ世界からやってきた可能性が高い。
だとすると、この〈方舟〉もレティシアの生まれ育った世界のものってことか。
「レティシア……それは、もしかして〈聖剣の勇者〉のことですか?」
「やっぱり、知り合いだったか……」
「いえ、名前を知っているだけで面識はありません。彼女は〈
それって、エミリアやシキの時と同じってことか?
その時の事故が原因で、先代やセレスティアのいる世界に跳ばされたのだろう。
だとすれば、この〈方舟〉のことを伝えた方が良さそうだな。
それにレティシアなら、なにか知っているかもしれない。
いまは少しでも情報が欲しいし――
「シキ。悪いんだけど、街に戻ってレティシアを連れてきてもらえるか?」
「それは構いませんが……シイナ様。一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
「別にいいけど、急にどうしたんだ?」
「彼女を……いえ、〈方舟〉をどうされるおつもりですか?」
深く考えていなかったので改めて聞かれると、どうしたものかと考えさせられる。
世界に公表する? それは却下だな。面倒臭いことにしかならないと断言できる。
シキが危惧していたように戦争の火種になる可能性は低くないだろう。
それに〈方舟〉のマスターになった今だから分かるが、ここの〈
となれば、選択肢は一つしかないようなものだ。
「楽園で管理する」
これがベストだと思う。
遺産を継承したからと言って、島で暮らしている人たちを追い出すつもりはないし、ダンジョンの利権にも興味はないので遺跡のことを除けば、これまで通りとなにも変わらないはずだ。
そもそも俺が〈方舟〉を発見しなければ、世にでることもなかった訳だしな。
とはいえ、シキがなにを危惧しているのかは察せられる。
だから、それでも文句を言ってくる奴がいるようなら――
「面倒なことになったら、今度は月にでも転移させるか」
◆
と、シキには言ったものの――
「やっぱり現状は難しそうだな」
島ごと月に転移させるのは難しそうだった。
と言っても、現状では難しいと言うだけで不可能と言う訳じゃない。
この〈方舟〉が別の世界から転移してきたことは事実だからだ。
いま、それが出来ないのは〈方舟〉の機能の大半が使えなくなっているからだ。
その原因は――
「〈クロノス〉か」
方舟のデータベースを調査して分かったことがいろいろとある。
移動型要塞都市と呼称するだけあって、この〈方舟〉には様々な機能が備えられている。そのなかでも特に大きな特徴と言えるものが、この島を地球に転移させるために用いられた装置〈クロノス〉だ。
アカシャの言うように〈異世界の島〉と〈地球の島〉をスキルを使って入れ替えたことは間違いないが、この〈クロノス〉と名付けられた装置はそんな単純なものではなかった。
「世界の法則を司る
クロノスと言うのは、ようするにスキルの大元になった力だ。
島を交換した能力も〈クロノス〉の力の一端に過ぎず、これはあくまで俺の推察だが、過去の世界で〈黒の神〉と呼ばれていたもの――あれが〈クロノス〉ではないかと考えていた。
実際、データベースには〈
と言うことはだ。他にも〈
恐らくはそれが、過去の世界で神と称されていたものの正体なのだろう。
どうして、そう思うのかって?
世界の
てっきり御伽話の類だと思っていたのだが、たぶんこれが元ネタなのではないかと思う。
「〈方舟〉について調べてたら、それ以上に厄介な代物が出て来るとはな……」
正直〈方舟〉そのものよりも、この〈クロノス〉の方がやばい。
ダンジョンの謎――いや、世界の真理に迫る発見と言っても過言ではないと考えていた。
もっとも〈解析〉できればという但し書きが頭に付くのだが……。
博士の研究レポートの一部がデータベースには残されていたのだが、オルタナを製作したほどの錬金術師でも〈
「取り敢えず、試してみるしかないか」
とはいえ、ダメ元で試してみるつもりだ。
クロノスは〈方舟〉のコア――動力機関とセットになっているようなので、どのみち〈解析〉と調整は必要だからな。
現在この〈方舟〉は休眠状態にある。居住区を含めた区画のほとんどが使用不可の状態にあった。その原因となったのが、この島を地球へと転移させる際に使用した〈クロノス〉だ。
島ごと異世界に転移させるほどの力が、何の対価もなしに使えるはずもない。
都市の機能がダウンしたのも〈クロノス〉の使用によって〈方舟〉の
「オルタナ、〈方舟〉の動力室まで案内してくれるか?」
「はい、マスター」
「でしたら、私もご一緒します」
なので、オルタナに声をかけ、動力室まで案内してもらうことにする。
いまシキにはレティシアを呼びに街まで戻ってもらっているのだが、彼女が戻るまでに調査は終わらせておきたい。出来ることなら、ある程度〈方舟〉を使える状態にまでシステムを回復させたいと考えていた。
探索者たちが間違って侵入しないように、せめて〈認識阻害〉を含めた都市機能を復活させておきたいからだ。
しかし、あんなことがあったからか、テレジアはまだオルタナを警戒しているみたいだな。
「テレジア。オルタナのことだけど――」
「分かっています。ですが、他に危険がないとは限りませんので」
テレジアもエミリアと一緒で頑固なところがあるからな。
油断していた俺も悪いが、なにも出来なかった自分を責めているのだろう。
いまは彼女の好きなようにさせるしかないと諦め、三人で〈方舟〉の動力室へ向かうのだった。
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