第266話 三賢人と方舟

 まさか、こんなところで過去の世界で聞いた教会の神と、同じ名を耳にすることになるとは思ってもいなかった。

 てっきり人の名前だと思っていたら違ったらしい。

 偉大な賢人と讃えられる〈三賢人〉を表す称号のようなものだそうだ。

 どことなく〈三賢者〉に響きが似ている気がする。


「この都市を設計された〈博士〉もヘルメスの一人です。第三のヘルメスと呼ばれていました」

 

 全知の書アカシャや〈カドゥケウス〉の設計者と同一人物かは分からないが、同じ名を持つと言うことは凄腕の錬金術師なのだろう。そう言えば〈魔女王の槍レジーナ・ハスタ〉も元は〈神槍グングニール〉と言って、同じ製作者が作ったものだっけ?

 あんなものを作れる錬金術師なら人間そっくりの〈魔導人形ゴーレム〉を造ったり、こんなにも大きな都市を設計したという話にも頷ける。


「で、俺がその二番目・・・の賢人に似ていると?」

「はい。彼女は人類の導き手にして、優れた魔法の研究者でした」


 彼女と言うことは、女性だったのだろう。

 女性に似ていると言われるのは複雑な気持ちだけど……。


「彼女の名は――――」


 聞こえてはいるのだが、頭にもやが掛かったかのように名前を記憶することが出来ない。本当に厄介な呪いだと思う。

 まあ、名前が覚えられないくらい、たいしたことでもないけど。

 

『それを、たいしたことがないと言えるのはマスターくらいかと……』


 そうかな?

 ゲームやアニメのキャラクター。それに歴史上の偉人とかは普通に名前を覚えられるしな。実際、ユミルたちの名前は神話から取った訳だけど、物語に登場する神様や英雄の名前も問題なく認識できている。

 そのため、これまでは人の名前を記憶するのが苦手なだけだと思っていた。

 元々、人付き合いは得意じゃないし、日常生活で困ったことはないので特に気にしたことはなかったからだ。

 名前で呼び合うような友達もいないしな……。

 ただ、セレスティアに〈神の呪い〉が原因ではないかと指摘されて、気付いたことがある。教科書に載っている歴史上の偉人なんかは記憶できるのに、魔導具の力を借りなければエミリアたちの名前を記憶できなかったことに疑問を持ったのだ。

 俺から見れば、彼女たちは歴史の人物と同じく過去の人間だからだ。

 そのことから、この呪いは俺の主観に基づいているのではないかと考えた。

 ようするに俺の認識が、呪いの効果範囲に影響を及ぼしていると言うことだ。

 なにを言いたいかと言うと――


『第二のヘルメスは俺の知っている人物だったりするのか?』

『お答えできません』


 この呪いは俺が接点を持った相手。少しでも関わりのある相手にだけ影響を及ぼしているのではないかと言う考察だ。

 だから歴史上の偉人なんかは問題なく記憶が出来る。

 書物などから知識として得ただけの情報には効果が及ばないのだろう。

 アカシャがこういう反応をする時は、正解とまでは言えないが大きく外れてもいないと言うことだと思っている。

 でも、一体誰なんだ? 心当たりのある人物なんていないんだけど……。

 俺の知り合いなんて限られているし、楽園のメイドだと名前を記憶できないことに疑問が残る。名付けの親と言うこともあるが、俺はメイドたちの名前をしっかりと認識できているからだ。

 でも、それ以外の知り合いなんて、ほぼ心当たりがないんだよな。


「もしかして、あの魔法式――封印を施したのは、その二番目の賢人だったりするのか?」

「はい。よく分かりましたね」


 錬金術師ではなく魔法の研究者と言ったことから、なんとなく察しただけだ。

 恐らくは〈魔女王〉のように魔法式の構築を得意とする研究者だったのだろう。

 だとすると、かなり候補は絞れそうな気はするが、あの魔法式の癖は魔女王のものと異なるし、先代のものとも違った。そもそも過去の世界で使われていた魔法式とは、根本的な作りが大きく違っていた。

 プログラムに例えるなら、言語の種類が違うと言った方が分かり易いだろう。

 封印の解除に時間が掛かったのも、それが主な理由と言っていい。封印自体も複雑な暗号が用いられていたが、それよりも未知の言語を使った魔法式の〈解析〉に時間を取られたのだ。

 だが、そうすると尚更わからなくなる。

 未知の言語を使う異世界人の知り合いなんて、思い当たる節がないからだ。

 やっぱり、ダメだな。特定しようにも手掛かりが少なすぎる。 

 それよりも、いまは――


「俺はなにをすればいいんだ?」


 まずは目の前のことに集中するべきだろう。

 賢人の遺産を継承すれば、なにか分かるかもしれないしな。


「分かりません」

「……どういうことだ?」

「システムを扱えるのは〈博士〉だけでしたので」

「……管理を任されてるとか言ってなかったか?」

「はい。ですから、ここまで案内しました。資格を持つ者が現れれば、〈方舟〉の中枢に案内するようにと指示されていましたので」


 使い方が分からないと言われ、なんとも言えない気持ちになる。

 肝心なことは、なにも教えてくれないアカシャと同じだ。

 賢人の作るものは、そういうのばかりなのだろうか?


『失礼なことを言わないでください。私の所為ではなく、マスターの権限が足りていないだけです』


 はいはい、俺が悪いですよ。

 まあ、どうにかなるだろう。ここが例の〈白い部屋〉と同じなら、この部屋自体が恐らくは〈方舟〉の管理システムのようなものになっているはずだ。

 ちなみに例の〈白い部屋〉だが〈時空間転移〉を使えば、いつでも行くことは可能だ。

 ただ、あの部屋は俺しか認識することが出来ないみたいなんだよな。

 現代に帰還するときにも〈白い部屋〉を通ったのだが、テレジアとレティシアの姿はなく〈白い部屋〉に関する記憶も二人には残っていなかった。

 たぶん、あの部屋に行くためには〈時空間転移〉を使用するだけではダメで、他にも条件があるのだろう。

 転移そのものは一緒に出来ることが分かったので、問題がないと言えば問題はないのだが――


「ちなみに資格がないと判断していたら、どうなってたんだ?」

「排除していました。それがオルタナに与えられた役目ですから」


 どういう判断基準かは分からないが、認められて良かったと思う。

 俺も無駄な戦いはしたくない。これでも平和主義だからな。

 それじゃあ、取り敢えず―― 


管理機能解放システムオープン


 白い部屋で学んだことを試してみる。

 方法は簡単だ。やりたいことをイメージして、星霊力を流し込んでやればいい。

 あくまで想像になるが、ここのシステムが〈博士〉にしか使えなかったのは、魔力で動かそうとしていたからだろう。

 星霊力を使うには、ちょっとしたコツがいるしな。

 ちなみに俺の場合、スキルで魔力を〈再構築〉して星霊力に変換している。


「お、やっぱりこれで正解だったみたいだな」


 カドゥケウスの尖端から床や壁に金色の光が奔ったかと思うと、無数のウィンドウが空間に現れる。

 壊れていないか心配したのだが、どうやら無事にシステムは起動したようだ。


「ご主人様!」


 テレジアの声がして振り返ると――

 テレジアとシキ。それにガイノイドの少女の姿が消えていた。

 そして、


『――これより継承の儀を開始します』


 というメッセージがウィンドウに表示され、周囲の景色が一変する。


「……そうきたか」


 恐らくシステムの起動と共に、用意されていたプログラムが立ち上がるように設定されていたのだろう。

 辺りを見渡してみるが、氷と雪に閉ざされた白銀の世界が広がっていた。

 地上に強制転移させられたのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 この感覚、レミルの〈蒼き夢魔の世界グリム・ワールド〉に取り込まれた時と似ている気がする。

 だとすれば、ここは恐らく――


「なるほど」


 巨大な影が頭上に差す。

 白い霧雪が晴れると目の前には、


「これが継承の儀・・・・――試練の相手と言う訳か」


 冷気を纏った青いドラゴンの姿があった。

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