第265話 トリスメギストス
ドーナッツを美味しそうに食べる少女――もといガイノイドの姿があった。
「
「問題ありません。食べた物は自動的に分解され、魔力に変換される構造なので」
便利な機能を搭載しているようだ。
まるで未来から来たタヌキ型ロボットみたいだなと見ていると、
「甘くて美味しいです。これは、なんと言うのですか?」
「ドーナツですよ。お気に召したのなら、他にもいろいろと種類があるのでお出ししますね」
「ありがとうございます!」
満悦の笑みを浮かべるガイノイド。
ドーナツを食べている姿は、人間の少女と変わりが無い。
違いがあるとすれば、耳を覆うイヤーパッドのようなものくらいだ。
ヘッドフォンだと言えば、普通に誤魔化せるのではないかと思うくらいの違いしかなかった。
しかし、ちょっとレティシアに似ている気がする。
髪の長さは違うが色はそっくりだし、身長や体型も同じくらいだ。
なにより纏っているオーラと言うか、雰囲気のようなものがレティシアに似ている気がした。
特に食いしん坊なところは、そっくりだ。
「そろそろ自己紹介をしてくれるか?」
山のようにあったドーナツが消え、落ち着いたところで名前を尋ねる。
ここの施設のこととか、他にも聞きたいことは山ほどあった。
「失礼しました。〈
一度に整理しきれないほどの情報がでてきた。
確かに聞きたいことは山ほどあると思っていたけど、決戦兵器に移動型要塞都市?
錬金術師の〈工房〉かと思っていたら、一気にSFチックな話になってきた。
「シイナ様、彼女は一体……」
ほら、シキも困惑している様子が見て取れる。
テレジアも一見すると平静を装っているが、内心は戸惑っているようだ。
しかし、
「ようするに、この島はメガフロートのようなもので、お前は都市の管理を任されたナビゲーターってことだろう? 人造勇者と言うのがどういうものかは分からないけど、エンジェルが〈天使〉のことだと仮定すると、島ごと緊急避難してきたってところか」
「おお……見てきたかのような鋭い考察力。説明の手間が省けて助かります」
どうやら正解だったようだ。
元日本人の適応力の高さを舐めないでもらいたい。異世界ものだと思っていたらSFが出て来たとしても、なんとなく話を聞くだけで理解できてしまうのが日本人の凄さだ。
こういう時は日本で生まれ育って良かったと心の底から思う。
「さすがはご主人様です」
「はい、〈楽園の主〉の叡智に感服しました」
テレジアとシキが褒めてくれるが、なんだか申し訳ない気持ちになる。
日本は異常なほどサブカルチャーの充実した国だしな。
この手のネタは半世紀以上も前から使い古されている。
とはいえ、大体のことは分かった。
他にも確認したいことはあるが、その前に――
「はじまりの地について、なにか知らないか?」
本題に入る。
この島のことを指しているのだと思うのだが、まだ確信はない。
だから確認を取っておきたかった。
「〈はじまりの地〉ですか? そのようなものは知りませんが、あなた方は〈賢人の遺産〉を求めて、ここまで来られたのではないのですか?」
「賢人の遺産?」
話がまったく噛み合っていなかった。
どうやら彼女は〈はじまりの地〉について、なにも知らないらしい。
少し考える素振りをすると、
「どうぞ、オルタナに着いてきてください」
自分に付いてくるようにと、少女は案内を始めるのだった。
◆
改めて、この施設の広さを実感させられる。
俺たちのいた区画は全体の一部に過ぎないらしく、いまは閉鎖中の区画も多いそうだが、ここには三千万人の人々を収容できるだけの設備と環境が用意されているそうだ。
まさに巨大な街がすっぽりと収まっているようなものだ。
都市と言う名がついているのが、いまなら理解できる気がする。
「ここが〈方舟〉の中枢です」
そう言って案内されたのは、なにもない白い部屋だった。
どこか見覚えのある部屋に、もしかしたらと言う考えが過る。
『アカシャ。この部屋って、もしかして……』
『はい。マスターが考えられているとおりかと』
やっぱり過去と現代を行き来する際に通った例の〈白い部屋〉を模倣した空間のようだ。
「そして、この部屋が〈賢人の遺産〉でもあります」
「さっきから言っている賢人って、なんのことだ?」
「この〈方舟〉や〈
なるほど、この船を造った人物と言うことか。
賢人と聞くと先代たちのことが頭に浮かぶが、あっちは〈三賢者〉だしな。
話の流れからも別人であることは察せられるが、
「
一つ気になっていたことがあった。
この島が異世界から転移してきたことは分かったが、住民が見当たらないことが気になっていた。
避難が目的なら人間がいても不思議な話ではないからだ。
「いまから一万二千年ほど前に新天地を求めて地上へ移住しました。〈転移〉の際にエネルギーを消耗しすぎて
ああ、それで今も多くの区画が使えなくなっているのか。
だとすると地球人のなかに異世界人がまじっていると言うことか。
まあ、一万年以上も経過しているのであれば、区別はつかなくなっていそうだけど。
いや、待てよ?
『なあ、アカシャ。仮の話なんだけど、この星の人間ってもしかして……』
『よく、お気付きになりましたね。現在の地球人の祖先は、異世界から転移してきた人々です』
やっぱりか……。これ、公表したら大騒ぎになるんじゃないか?
進化論とか創世論とか、人類の誕生については昔から議論されてきたからな。
宇宙人説を唱える人々もいた。それがまさか、異世界が起源だったとは……。
まてよ? なら、はじまりの地というのは、もしかして――
『はい、人類起源の地。それが、この島です』
やっぱり、そう言う意味だったのか。
というか、そもそも親父とお袋はどうやって、そのことを知ったんだ?
謎の多い両親だしな。今更このくらいで驚いたりはしないけど……。
うちの両親も異世界人とか? まさか、な。
「で、俺たちをここに連れてきた理由は?」
「〈賢人の遺産〉を継承して頂くためです。あなたには、その資格があると判断しました」
こんなものを見つけてしまっては、見て見ぬ振りも出来ないしな。
賢人の遺産とやらを継承することに異論はない。
だが、その前に確認しておきたいことがあった。
「どうして、
テレジアやシキではなく、彼女が俺を選んだ理由を知りたかった。
両親が『はじまりの地を託す』と書き残した理由が分かるかもしれないと考えたからだ。
「マスター権限を持たない人間が、この〈方舟〉に立ち入ることは不可能です。それを、あなたは成し遂げた。そしてオルタナの封印を解き、起動に成功したと言うことは〈
話の流れから〈博士〉というのが〈賢人〉で間違いないだろう。
匹敵するかどうかは分からないが、封印を解いたのは事実だ。
地下の施設に気付くことが出来たのも、こうして辿り着くことが出来たのもスキルのお陰ではあるのだが、それが資格だと言うのなら俺は条件を満たしているのかもしれない。
でも、本当にそれだけの理由かと訝しんでいると――
「それに、あなたは似ている気がするのです」
「似ている? その〈博士〉にか?」
「いえ、〈博士〉の盟友であり、滅びの運命に抗い続けた人類の指導者――」
と、少女は告げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます