第263話 消えた島
食中毒でも起きたのかと思って心配したが杞憂だったようだ。
「魔力が増えて、傷や病気が治った? 良いことじゃないか」
たぶん傷や病気が治ったと言うのは、世界樹の実から作った酒の効果だろう。
霊薬や万能薬ほどではないが、多少の傷や病気に効果があるからな。酒は『百薬の長』とも言うし、昔から薬として使われることもあるので、それほど不思議な話でもない。
魔力が増えたと言うのは、恐らくは魔物の肉の効果だ。ただ、増える魔力量なんて微々たるもので、俺もバーベキューは食べたけど特に魔力が増えた実感はない。これで増える魔力量なんて、誤差の範囲だと思うんだがな。
「驚かないと言うことは、やはり考えがあってされたことなのですね……。なら、これ以上はなにも言いませんが、これからは事前に相談をしてください」
そう言う訳で、なんとか許してもらえたと言う訳だ。
事前に確認しなかった俺が悪いしな。素直に反省するしかない。
で、いま俺たちは当初の目的であった遺跡の調査をするため、ダンジョンから一キロほど離れたところにある遺跡群にやって来ていた。
「なにもないな」
ギリシャのパルテノン神殿や日本の古墳みたいなのを想像していたのだが、なんてことはない。パッと見ただけでは、ここに遺跡があると分からないくらい真っ白な景色が広がっていた。
「ダンジョンの出現で、この辺りの遺跡も氷床に呑まれてしまったので……」
なるほど、それでか。
確かによく目を凝らしてみると、氷や雪に隠れて人工物のような石が確認できる。
でも、これだと調査になりそうにないので――
「
カドゥケウスの力を借りて〈解析〉の範囲を拡張する。
氷や雪を取り除いて調べていたら何日かかるか分かったものじゃないしな。
既に調査の終わっている遺跡という話だし、簡単に手掛かりが見つかるとは思っていなかったが――
「見つけた」
あっさりと見つかった。
分厚い氷で覆われた大地の下に魔力の反応を確認する。
ダンジョンから漏れ出た魔力ではない。これは――
「
スキルを使用し、足下の地面を〈分解〉する。
俺のスキルは魔力を宿したものにしか効果はないが、これだけ魔力を含んでいれば〈分解〉も容易い。
そしてダンジョンの外だと言うのに、こんなにも多くの魔力を地中から感知すると言うことは、考えられる答えは一つしかなかった。
「よっと――」
「シイナ様、なにを――」
シキの制止する声が聞こえるが、迷わず自分で空けた穴の中に飛び降りる。
地面に穴を空けたのは、確認しておきたいことがあったからだ。
「やっぱり、ミスリルか」
案の定、それを発見する。
薄暗い穴の底を照らす青い光。地面に埋まっていたのは
俺のスキルに引っ掛かった魔力の反応は、こいつで間違いない。
しかし、ミスリルは本来ダンジョンでしか採れない鉱物だ。その理由は魔力にある。魔鉱石と呼ばれる特殊な鉱石が長い歳月をかけて魔力を吸収し、結晶化することで青い光を放つようになる。それがミスリルの正体だ。
二年前に世界樹を植樹したと聞いているが、たった二年でミスリルの鉱脈ができるはずもない。
それに魔鉱石も魔力のない世界に存在するはずのない鉱石だった。
だとすれば、
「この反応、もっと下からか」
世界樹やダンジョン以外に、原因があると考えるのが自然だ。
魔力探知で周囲を探ってみると、更に下から大きな魔力の流れを感じる。
こっちが
「
探知した魔力の反応を追って、更に〈分解〉で地面を掘り進める。
穴の底に辿り着くと、そこには――
「明らかに自然にできたものじゃないな」
人工の空間が広がっているのだった。
◆
「遺跡の地下にこんな空間が広がっていたなんて……」
「自然に出来た空間ではありませんね。この輝き、もしかして……」
シキとテレジアも追いかけてきたみたいだ。
俺も驚いている。まさか島の地下に、こんな空間が広がっているとは思っていなかったからだ。
いままで発見されなかったことが不思議なくらいだが――
「認識阻害のスキルが遺跡全体に付与されているのか」
効力が大分弱まってはいるが〈認識阻害〉のスキルが働いている形跡があった。
となると、現代になって地上の遺跡が発見されたのも温暖化で氷床が溶けたことが原因ではなく、スキルの効果が弱まったことで見つかった可能性が高い。それに、おかしな点は他にもあった。
「ミスリルの合金だな」
「やはり、そうでしたか」
テレジアが察したとおり、壁や床に使われている素材はミスリルの合金だった。
しかしダンジョンが出現するまで、この世界に魔力はなかったはずだ。
こんな風にミスリルを加工する技術があったとは思えない。
それにこの感じ、ユミルやテレジアを発見した時に似ている気がする。
「あっちから大きな魔力の反応があるな」
施設の作りが錬金術師の工房にそっくりなのだ。
壁をミスリルで覆っているのは、魔力を施設全体に行き渡らせるためだ。
となれば、この先にあるのは恐らく――
「ご主人様。やはりこれは……」
「ああ、〈生命の水〉だ」
予想通り、奥の水路には金色に煌めく液体――〈生命の水〉が流れていた。
やっぱりそうだ。ここの遺跡の正体は、錬金術師の工房で間違いない。
でも、どういうことだ? どうして地球に錬金術師の工房がある?
ううん、やっぱりこれって……。
『アカシャ。イエスかノーでいいから答えてくれないか? この遺跡は地球のものじゃないよな?』
『…………肯定します。この
答えてくれるかは五分五分だと思ったが、やっぱりそうか。
ん? 島? いま、遺跡じゃなくて島と言ったか?
『はい。言い間違いではなく、この島は異世界から転移してきたものです』
想像を超えたスケールの話に、さすがの俺も呆気に取られる。
だが、異世界から転移してきた島だと考えれば、ミスリルの鉱脈にも説明が付く。
両親の遺したノートには『〈はじまりの地〉を託す』と書かれていた。遺跡やダンジョンではなく敢えて〈
あれは遺跡のことではなく、この島のことを示していたのだとすれば――
『でも、島を転移させるなんてこと可能なのか?』
前から何度も言っていると思うが〈空間転移〉は気軽に使えるスキルではない。移動する距離や転移させる人数、対象の大きさによっても、必要とする魔力量が大きく変わるからだ。
これほど巨大な島を転移させるとなると、膨大な魔力が必要だ。
それこそ〈時空間転移〉に使用した魔力以上の魔力が必要になると推測できる。
『通常は不可能ですが、それを可能とするスキルをマスターはご存じのはずです』
『ん? それって、まさか……』
アカシャの言うように、一つだけ思い当たるものがあった。
――転移ではなく配置の交換。
アインセルトくんの妹のユニークスキル〈黒き神の悪戯〉だ。
建造物であれば同じくらいの大きさのものや、同等の価値があるものとしか交換できないという等価交換の原則はあるが、他の転移系スキルとの大きな違いは自分の魔力をほとんど消費しないという点にある。
距離や大きさなど一切関係なく対象を観測することさえ可能なら、配置を入れ替えることが可能なスキル。だから俺は〈鷹の目〉のスキルをユニークスキルの領域にまで特化させ、星の裏側すら覗き見ることの出来る〈アルゴスの瞳〉をアインセルトくんの妹に用意した。
あの魔導具だけでは異なる世界を観測することは不可能だが、仮に副会長の持つユニークスキルを組み合わせれば、アカシャの言っているようなことが可能かもしれない。いや、間違いなく出来るという確信があった。
『スキルを使って、島を
『肯定します』
『なら、この島はどこの世界から来たんだ?』
『お答えできません』
そう言えば、ここの遺跡について尋ねた時もアカシャは『お答えできません』と回答していた。
なのに、島や遺跡について答えられないと言うことは、もしかすると――
『俺が閲覧できる情報って、この世界に関連したものに限られるんじゃないか?』
『一部、誤りがあります。現在マスターが所持されている権限は、この世界と第七観測世界のものです。それ以外の世界の情報を観測することは出来ません』
概ね予想通りの回答だった。
しかし、第七観測世界? それって過去の世界のことだよな?
もしかして、俺が直接〈転移〉したことのある世界でないとダメとか?
観測と言っているし、その可能性は高い気がする。
「シイナ様、あれは!」
考えごとをしながら歩いていると、シキの驚く声がして足を止める。
顔を上げると、そこには――
「今度はこっちのパターンか」
ホムンクルスかと思ったが、三度目はパターンを変えてきたみたいだ。
巨大な広間の中央にそびえ立つオベリスク。
それを取り囲むように壁一面には――
「
無数の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます