第262話 酒と料理の力
昨晩は少しはっちゃけすぎたかもしれない。
「少しは反省なさってください。このようなことは言いたくありませんが――」
いま俺は昨晩の件で、シキの説教を受けていた。
外でバーベキューをするのに、ギルドの許可が必要だとは知らなかったためだ。
よくよく考えるとキャンプ場なんかでも、バーベキューは許可の必要なところがあるって聞くしな。
元は軍事施設と言う話だし、きっと火気厳禁だったのだろう。
「途中で止めなかった私にも責任はありますから……」
「いや、いいんだ」
テレジアが庇ってくれようとするが、これはルールを確認しなかった俺が悪い。
彼女は俺の指示に従っただけだしな。責任は俺にある。
「あとシイナ様……このコンテナハウスの内装は一体……」
「ああ、風呂もトイレもないのは不便じゃないかと思って――」
改造したと話すと眉間にしわを寄せるシキ。
ちょっと
そりゃ、そうだよな。確認してからやるべきだったと反省する。
そのあともシキの説教が続き、ようやく終わりかと思った、その時。
「最後に一つ、お聞きしたいことがあるのですが……」
「……まだ、あるのか?」
「昨晩の料理に、なにか混ぜられましたか?」
あらぬ疑いをかけられるのだった。
◆
ギルドの訓練場で呆然とする青年の姿があった。
探索者になって、まだ一年の新人カルロス・クロッカスだ。
ランクはE級と最低で、ダンジョンの探索でも
「嘘だろ……カルロスの奴、Cランクのロイドに勝ちやがった」
「それより、いまのカルロスの動き見えた奴いるか?」
「あいつって、あんなに強かったのか? どうなってるんだ……」
困惑する探索者たちの声が聞こえてくるが、それ以上に驚きを隠せないでいるのは当人だった。
(なにが起きてるんだ……)
カルロスのスキルは〈多重加速〉と呼ばれるもので、物理的な速さだけでなく思考も加速することで熟練者であれば〈神速〉の領域に至ることも出来る身体強化系のスキルだ。
ユニークスキルではないものの戦闘系のスキルのなかで
スキルに目覚めたはいいが、彼にはスキルを活かせるほどの魔力がなかったのだ。
そのため、ちょっと逃げ足が速くなる程度の強化しか出来ず、ダンジョン探索でもパーティーのお荷物となっていた。
それでついた二つ名が〈逃げ足〉のカルロスだ。
なのに――
(自分の身体じゃないみたいだ。魔力が身体の底から溢れてくる)
一晩寝て起きたら、なぜか魔力が増大していたのだ。
その結果が、目の前の光景だった。
ランクが一つ違えば、倍以上の力の開きがあると言われ、まず一対一で勝利することは難しい。二つもランクが違えば、勝てる可能性など万に一つもありえない。なのにカルロスは模擬戦とはいえ、Cランクの探索者に勝利した。
普通であれば絶対にありえない結果に探索者たちが驚き、戸惑うのも無理はない。
カルロス自身、自分の身になにが起きているのか理解できず困惑するが――
「まさか……」
一つ、思い当たることが彼にはあった。
昨晩、〈楽園の主〉より振る舞われた極上の料理と酒だ。
いま思えば、あれは普通の料理ではなかったように思える。
「おい! あっちでもDランクの奴がCランクの探索者に勝っちまったぞ!」
「はあ!? なにがどうなってやがる!」
勝利したという探索者を見ると、その人物はカルロスも見知った少女だった。
カルロスよりも一つ上のランクの新人で、昨日の宴会に参加していた探索者の一人だ。
本人も勝てると思っていなかったのか、杖を構えたまま固まっている様子が見て取れる。
いや、あれは自分の放った魔法の威力に驚いているのだろう。
実際、訓練場には魔法の跡と思われるクレーターが出来ていた。
Dランクの探索者が放てる魔法の威力ではない。
「やっぱり、そうだ……」
カルロスは確信する。間違いない。昨晩の料理が原因だと――
魔力を増やす魔法のアイテムは存在する。しかし、どれも高価な薬で低ランクの探索者が手を出せるような価格の代物ではない。それにそのアイテムを使っても増える魔力は微々たるもので、大半は一時的な効果しかないというのが探索者たちの常識だった。
いま身体に満ちている魔力が一時的なものだとは思えないし、料理で魔力が増えるなんて話は聞いたことがない。
普通に考えれば、ありえない話だ。
だが、しかし――
「〈聖女〉様の話は本当だったんだ……」
世界最大の規模を誇るクラン〈教団〉のトップにして、世界に五人しかいないSランク探索者の一人。それが〈聖女〉シャミーナだ。
その〈聖女〉が神と崇める存在が〈黄昏の錬金術師〉――〈楽園の主〉なのではないかと言う噂が探索者たちの間にあった。
しかし、〈聖女〉の話はこれまで真剣に捉えられていなかった。
と言うのも〈楽園の主〉が表舞台に姿を見せたことがあるのは、アメリカを通して各国の政府やギルドに〈楽園〉が警鐘を鳴らしてきたスタンピードの時と、二年前に月面都市で開かれた式典くらいで、ほとんど公の場に姿を見せていないからだ。
本当に実在するのかも含めて、謎のベールに包まれていた。
だからこそ、カルロスたちも昨晩はこんなところに〈楽園の主〉本人がいるとは思ってもいなかった。
料理をご馳走になりながらも、ずっと半信半疑でいたのだ。
話に聞いていたイメージと、随分と違っていたことも理由としてある。
いまだに夢を見ていたかのように昨日の出来事が、カルロス自身、信じ切れていなかった。
しかし、いまなら確信できる。昨晩のアレは夢なんかじゃない。
あの方こそ本物の〈楽園の主〉だったのだと――
「神は実在したんだ」
そして、自分たちの願いを聞き届け、
神の加護を与えてくれたのだと、カルロスは考えるのだった。
◆
「……これは事実なのか?」
「はい。一晩で魔力が増えた者もいれば、古傷が治ったり、持病が快復した者もいるようで、全員に聞き取りをしたところ、昨晩催された宴席に参加した者ばかりでした」
部下の報告に頭を抱えるギルド職員。彼は昨日シキとギルドで話をしていた職員で、グリーンランド自治州のギルドに所属するサブマスターだった。
普段はダンジョン前に設けられた出張所の管理と運営を任されており、突然シキがやってきて〈楽園〉の方々を案内してきたと聞かされた時には、心臓が飛び出るくらいに驚かされたのだ。
だからこそ、確信を持って言える。
「まさかとは思ったが、やはり〈楽園の主〉本人がお越しになられているのは事実だったか」
「それは……本当なのですか?」
「シキ様は言及を避けておられたがな。状況から見て、間違いないだろう」
シキは『楽園の方々』としか言わなかったが、サブマスターは最初から察していた。
確信こそなかったが、彼もルクセンブルクで開かれている会議のことやイギリスでの騒動は耳にしていたからだ。
「どうしましょうか……」
「どうもなにも我々に出来ることはない。シキ様がなにも言わなかったと言うことは、見て見ぬ振りをしろということだ」
いま思えばコンテナハウスを貸してくれという要請もおかしなものだった。
あれは〈楽園の主〉の訪問が非公式なもので、記録を残さないためだったのだと、いまなら察せられる。
なのに、このような騒ぎを起こして、どう言うつもりなのかと問い質したい気分だが、
「神の考えなど、我々に推し量れるはずもないか」
考えるだけ無駄だと、サブマスターは思考を放棄する。
ただの気まぐれかもしれないし、なにか考えがあってのことかもしれない。情報が少なすぎる上、神に等しい力を持つと噂される相手の思考を読むなど、自分には無理だと考えたからだ。
自分が凡人であることを、サブマスターは誰よりも理解していた。
だからこそ余計なことをせず、与えられた仕事を黙々とこなすことで今の地位を手にしたのだ。
「この件について情報を外に漏らすことを禁止する。職員たちには徹底させろ」
「あの……探索者たちの扱いは、どうすれば……」
「ランクの再試験を近々実施すると報せておけ。連中に口止めをしても無駄だが、これで少しは時間が稼げるだろう」
イギリスで起きた事件。ルクセンブルクで開かれている会議。
そして、このタイミングで〈楽園の主〉がグリーンランドに訪れた意味。
一連の出来事はすべて繋がっている。
なら近々、大きな動きがあるはずだとサブマスターは考えるのだった。
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