第261話 楽園計画
「あの……シキ様、いまなんと……」
「戸惑う気持ちは分かるけど、先方の要望なのよ。鍵を渡してくれる?」
ギルドの職員が戸惑うのは無理もないと、説明しているシキ自身が思っていた。
敷地内に置かれているコンテナハウスは探索者が休息を取るためにギルドが設営しているものだが、こんな場所にでも
コンテナハウスはそうした宿に泊まる金のない探索者のために、ギルドが用意している簡易の宿泊所だ。そのため、十分な設備は備わってなく、あくまで夜風を凌いで寝起きが出来れば良い程度の環境しか整っていなかった。
「こちらがコンテナの鍵です。ですが、このような場所に楽園の方をお泊めして本当によろしいのでしょうか……」
あとで問題にならないかと心配するギルド職員を見て、シキは苦笑する。
これが普通の反応だからだ。
「責任は私が取るから心配は不要よ」
ただ、シキの場合はこう言ったことに慣れていた。
セレスティアも同じようなことを、過去にしていたからだ。
特別扱いされては、民たちの暮らしが分からない。そう言って、セレスティアは平民に扮して街をよく散策していた。
と言っても、結局は正体がバレて平伏されるまでが、セットなのだが――
恐らく椎名も同じ考えなのだと、シキは察する。遺跡の調査だけが目的ではなく、この機会に探索者たちの暮らしやグリーンランドが置かれている実情を確認するつもりなのだと――
「なんか、良い匂いがしないか?」
「あっちでバーベキューをしているらしい。凄い美人のメイドさんが
「なに!? それは本当か!」
ギルドの前が騒々しいことに気付き、外の様子を窺うシキ。
なにかを叫びながら我先にと慌ただしく走り去る探索者たち。
その光景を見て、
「まったく、あの方は……」
シキはなにかを察した様子で溜め息を漏らす。
探索者が走り去った方角。美人のメイド。白夜で外が明るいとはいえ、夜には氷点下に気温が落ち込むこともあると言うのに、そんななかでバーベキューをするという発想。
誰の仕業か、考えるまでもなかったからだ。
「あの……シキ様?」
「大丈夫よ。なにも心配は要らないわ」
不安げな表情を覗かせる職員に、心配は不要だと話すシキ。
とはいえ、その言葉に説得力がないことはシキ自身が一番良く分かっていた。
◆
バーベキューの準備をしていたら、気付くと宴会になっていた。
肉の匂いに誘われて、腹を空かせた若人たちが寄ってきたからだ。
最初は遠巻きに様子を窺っていただけだったのだが、よだれを垂らして羨ましそうに見ていたので、テレジアに言って焼いた肉を分けてやったのが切っ掛けだった。
次から次へと肉に群がる若者たち。泣いて肉を食っている姿を見て理由を尋ねてみると、彼等の大半はDランク以下の探索者らしく、
「……こんなところに三ヶ月もいるのか?」
「ああ、いえ、はい、そうです。ガイドを雇うのも金がいるし、片道一週間はかかるので、少しでも粘って稼がないと元が取れない……取れませんので」
お金に余裕がないことから普段はギルドで配給されているスープと硬いパンで飢えを凌ぎながら、毎日ダンジョンに潜っているそうだ。だから、こう言った食事を取るのは随分と久し振りとのことだった。
低ランクの探索者でも一般的なサラリーマンよりも稼ぎは良いと言われているが、彼等はギルドに雇われている訳ではない。立場的には自営業者だ。
なので装備を調えたり、ダンジョンの攻略に掛かる費用はすべて自分たちで賄う必要がある。だから低ランクの探索者は、経済的に厳しい生活を強いられているという話だった。その上、ここのダンジョンは街から離れていることから、遠征するだけでも時間と金が掛かるのだろう。
「片道三日と聞いていたが、一週間もかかるのか?」
「それは大手クランに所属している高ランクの探索者の話ですよ。マジックバッグがあれば話は別ですけど、装備や荷物を
とても三日では無理だと、若い探索者は話す。
シキは片道三日と言っていたが、あれはクランに所属している高ランクの探索者を例にした話だったようだ。確かにマジックバッグなしで雪の中を移動するのは大変そうだ。
それに、それだと気軽に街まで戻れないのも理解できる。ここまでの道程を見た感じだと車での移動も厳しそうだし、ヘリコプターや飛行機も恐らくは安全と言えないのだろう。
俺たちのように〈空間転移〉を使えれば、話は別なんだろうけど。
いや、待てよ?
「事情は理解した。他に困っていることはないか? 他の者たちも、なにかあれば話を聞かせてくれ」
これはビジネスチャンスなのではないかと思う。
ダンジョンまでの交通の便を解消してやれば、ここのダンジョンはもっと活気づくはずだ。そうなったら〈トワイライト〉の商売も上手くいくし、なによりダンジョンのモンスターが間引きされれば〈
少しでもメイドたちの負担を減らして休みを取らせたいと思っている俺からすれば、まさに一石二鳥な話だ。
そうと決まれば――
「遠慮しないで食べろ。肉なら、たくさんあるからな」
彼等の心を掴み、本音を話して貰う必要があった。
食い物で釣れるのであれば、これほど安い対価はない。なにせ、蔵の中には大量の肉が入っているからな。
過去の世界から持ち帰った魔物の肉だ。勿論、食べられることは確認済みだ。
魔海と呼ばれる塩湖で捕れた魚の大半は褐色美少女に譲ったが、それでも一人では食べきれないほどの量がまだ蔵の中に眠っていた。
それに〈大結界〉で狩った魔物の肉も大量にある。これも処分に困っていたから、ちょっとでも消費できるのなら助かる。
「い、いただきます」
しかし、まだ遠慮が抜けないみたいだな。
どうにも言葉遣いが硬いというか、距離感がある気がする。
こういう時は――
「ほら、これも飲め」
「え、あの……これは……」
「
酒の力を借りるとしよう。
◆
椎名がバーベキューを楽しんでいる頃、首都ヌークでは――
『――以上が、各国の動きです。イギリスは〈トワイライト〉の声明を支持すると言っていますが、フランスを始めとした多くの国は慎重なようです』
ギルドの執務室でノートパソコンを使い、誰かとビデオチャットで会話するエミリアの姿があった。
「問答無用で反対されないだけ、まだマシな状況よ。引き続き、そちらのことはお願いするわ。あなたも気を付けて、ジョン」
『お気遣い感謝します』
肩に掛かるくらいの黒髪に、狐のように細い目をした礼服の男。
彼の名は、ジョン・スミス。
偽名を疑うような名前だが、これは紛れもなく彼の本名だった。
ここグリーンランド自治州のギルドマスターだ。
現在は明日から開催される国際会議に出席するため、ルクセンブルクに滞在していた。会議の議題はイギリスで起きた騒動に端を発した〈トワイライト〉の声明について、その対応を協議するためだ。
「もう、話は良いのかしら?」
通信を終えたタイミングで声をかけられ、エミリアは小さな溜め息を漏らす。
いつからそこにいたのか?
ソファーに座り、優雅にお茶をする
「あなたも一杯如何? それともジュースの方がいいかしら?」
「そのジュースって、世界樹の実を絞ったものじゃありませんよね?」
エミリアの問いに、レギルは笑みを漏らす。
スカジとサンクトペテルブルクのギルドマスターのやり取りを知っていなければ、出て来ない台詞だからだ。
「良い
「
そのやり取りから〈狩人〉についても把握されているのだとレギルは察する。
本当に面白い人間だと、レギルはエミリアのことを高く評価する。
だが、そうでなくては意味がない。
だからこそ、彼女との
「一つだけ、お聞きしても? あの
ずっと気になっていたことをレギルに尋ねるエミリア。
イギリス政府に提供されたものと同じリストを、エミリアも入手していた。
その提供元が〈トワイライト〉だと分かった上での問いだった。
「主様からご提供頂いた情報よ」
やはり、とレギルの回答に納得した様子を見せるエミリア。
各国の政府機関に潜伏している〈
現代に帰還したばかりの椎名がどうやって情報を得たのかも、エミリアには察しがついていた。
「やっぱり、シーナも〈星の記憶〉に干渉できるのね」
星詠みは〈星の記憶〉から情報を読み取り、未来を予測する能力だ。
同じようなことが椎名にも出来るのではないかと、エミリアは以前から疑っていた。
それが、いま確信に変わったと言っていい。
だとすれば――
「私と同じ未来が視えている可能性が高い」
「ええ、だから主様は動かれた。すべてを察した上で、なにも気付かない振りをして行動されている。その意味が分からない、あなたではないでしょう?」
レギルの言葉に、エミリアは無言で頷く。
主の理想を実現するために、レギルはエミリアと手を組むことを決め――
エミリアは世界の滅亡を防ぐために、彼女たちに協力を求めた。
思惑は違えど、目指す先は同じだと考えたからだ。
「共に歩みましょう。主様の理想を実現するために――」
地上に楽園を築き、世界に恒久的な平和をもたらすプロジェクト。
――楽園計画が、遂に動き始めようとしていた。
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