第260話 白夜

 予定よりも随分と早くダンジョンに到着した。

 なにをしたのかと言うと、カドゥケウスを使ってシキのスキルを〈拡張〉したのだ。


「他人のスキルに干渉するなんて……シイナ様、もうなんでもありですね」


 失礼な。俺にだって出来ないことくらいある。

 でも、ユミルの〈昏き終焉の光ラグナレク・ロア〉の効果範囲を〈拡張〉できたことから、なんとなくシキの影を使った転移も範囲を〈拡張〉出来るんじゃないかという予感はあったんだよな。

 今回の実験で他人のスキルでも〈カドゥケウス〉の〈拡張〉は有効であることが証明された。これなら、いろいろと応用が利きそうだ。

 それよりも、いまは――


「ここがグリーンランドのダンジョンか。なんていうか」


 ――秘密基地みたいだなと、思ったことが口から漏れる。

 金網で厳重に囲われた敷地のなかにアスファルトで整備された道があったり、探索者用の休憩施設だと思うが無機質なコンテナハウスが建ち並んでいる光景を見ると、そうとしか例えようがなかったからだ。


「仰る通り、ここには嘗て米軍の秘密基地がありました」

「……どういうことだ?」

「この島の北西に米軍の宇宙軍基地が嘗て存在したことはご存じですか?」


 そう言えば、そんな話を聞いたことがあるような気がしないでもない。

 うろ覚えではあるが、確か第二次世界大戦の頃に作られたんだっけ?


「ダンジョンの出現によって、その基地も閉鎖されてしまいましたが、ここにあった遺跡を最初に発見したのは米軍なのです」


 初耳だった。ああ、それで基地の名残がここには残っているのか。

 だとすれば、アメリカは遺跡の存在を隠していたと言うことになる。

 なにやら、きな臭い話になってきた。国や政治の話が絡むと面倒臭いことにしかならないと教訓を得ているからな。

 エミリアも面倒臭いことに巻き込まれていなければいいけど、ギルドの理事長という立場を考えると手後れな気がする。恩人との約束とか言っていたし、責任感が強いから頼まれたら断れなかったのだろうなと言うのも想像が付く。


「エミリアがギルドの理事をしているのは、それが理由か」

「はい。ギルドが設立されるに至った最大の理由でもあります。ダンジョンの解放を求める民間の声が後押しになったことは事実ですが、それ以上にダンジョンを巡る各国の調略が激しさを増し、戦争まで秒読みの段階にありましたので……」


 案の定、面倒臭いことに巻き込まれているようだ。

 いまから二十五年ほど前、第三次世界大戦がここグリーンランドを中心に起きようとしていたらしい。ダンジョンの帰属を巡って欧州連合内での対立が激しさを増す中、アメリカや中国が漁夫の利を狙って動き出し、状況は混沌としていたそうだ。


「嘗て無い規模の大戦が起き、多くの犠牲者がでるとエミリア様は〈星詠み〉で見た未来を告げられました。ダンジョンに滅ぼされる前に、このままでは地球は人の住めない〈死の星〉と化すと……」

「それって、まさか……」

「はい。核の炎・・・で世界が赤く染まり、死の灰が降り注ぐ光景を目にされたそうです」


 星詠みでなにかを見たのだろうとは察していたが、想像し得るなかで最悪の未来だった。俺がダンジョンに引き籠もっている間に、地球がそんな危機を迎えていたなんて驚きだ。

 しかし、そうなっていないと言うことは、エミリアとシキが止めたと言うことなのだろう。


「そんな状況で、どうやって戦争を止めたんだ?」

「まだ当時はスキルについての研究が今ほど進んでおらず、スキルに覚醒した人々も力を使いこなせていない状況でした。ですので力の使い方を学ばせ、ダンジョンとの付き合い方を教え、正しい方向に導くことにしました」


 そうしてギルドの前身となる組織が出来たのだと、シキは説明する。

 そのなかには、後にアメリカの大統領になった人物もいたそうだ。

 その頃の名残で今も時々、探索者の指導をすることがあるとシキは話す。

 ああ、それで『先生』なのか。

 ようやく金髪美少女がエミリアのことを『先生』と呼んでいた理由が分かった気がする。


「簡単ではありませんでしたが目論見は上手く行き、戦争は回避されました。そして世界探索者協会――ギルドが設立され、ここグリーンランド自治州もデンマークからの独立が決まったという流れです」


 口にするのは簡単だが、大変だったことは想像できる。

 だとすると、エミリアが発症した〈神の呪い〉も良い方向に作用した可能性が高いな。

 神様扱いされたりと大変だとは思うが、それが良い方向に働いたのだろう。


「世界が違っても、人間のすることに大きな差はないようですね」


 溜め息を交えながら、そう話すテレジアの言葉には重みがあった。

 あっちの世界も争いが絶えなかったようだしな。

 黒の国と赤の国が滅亡するに至った経緯とか、魔導具を巡っての争いが切っ掛けだと聞いているし……テレジアの言うように時代や世界が違おうと、人間のすることに大きな違いはないのだろう。

 だが、そうした欲深い人間がいる一方で、同じくらい優しくて良い人たちがいることを俺は知っている。俺自身そう言った人たちに助けてもらったことが何度もあるからだ。

 ようするに悪い人間もいれば、良い人間だっているってことだ。

 エミリアなんて、そのお人好しの代表格みたいなものだしな。

 俺も彼女には随分と助けられた。

 借りを作ってばかりで返し切れていないくらいだ。


「エミリアのことだ。それでも放って置けなかったんだろう。恩人との約束とか言ってたしな」

「はい。私はシイナ様を頼って、楽園に避難することをお勧めしたのですが……」


 あれで頑固だからな。譲らなかったのだろう。

 まあ、その頃はまだエミリアやシキと知り合ってなかったので、俺もどういう対応をしたかは分からないけど。過去の世界からきた知り合いと言われても、宗教の勧誘を疑って相手にしなかった可能性はある。

 そう言う意味でも、エミリアの選択は間違いではなかったのだろう。


「ご主人様、お話の途中で申し訳ありませんが、もうすぐ夜になります」


 夜? まだ外は全然明るいように思うが――


「白夜ですね。この時期は日が沈まないので」


 そうか。グリーンランドは北極圏に位置する島だから、白夜があるのか。

 白夜と言うのは一日中、太陽が沈まない現象のことで、主に北極や南極に近い地域で見られる。逆に極夜と言うのもあって、こっちは太陽が昇らない時期が何ヶ月も続くそうだ。


「空港からまだ一度も食事も取られていませんし、調査は明日にして休息を取られた方が良いかと」

「そうだな。なら、家を――」


 黄金の蔵から魔導具の家をだそうとして、手を止める。

 コンテナハウスが目に留まったからだ。


「シキ、あのコンテナハウスって、俺たちも利用できるのか?」

「はい。ギルドが管理しているものですので、私が一緒であれば問題はありませんが……」


 どうやら俺たちも利用できるらしい。

 なら折角だし、こっちを利用させてもらうとするか。

 郷に入っては郷に従うという言葉もあるしな。


「なら、使わせてもらうか。適当に空いてるのを使ってもいいんだよな?」

「あ、はい。そう言うことでしたら少々お待ちください。ギルドの出張所が近くにあるので、空いているコンテナを確認してきます」


 思っていたよりも、ちゃんと管理されているようだ。

 まるでキャンプ場みたいだなと思いながら、


「外も明るいことだし、今日の晩飯はBBQベーベキューにするか」

「畏まりました。では、すぐにご用意しますね」

「そうだ。確か、前に狩った魔物・・の肉が――」


 テレジアとバーベキューの準備をしながら、シキの帰りを待つのだった。

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