第259話 ダンジョン調査

 いま俺はシキの案内でテレジアと一緒に、ダンジョンの近くにある遺跡群の調査へ向かっていた。

 ダンジョンに取り込まれずに残った遺跡の一部があるらしく、それが両親のノートに記されていた〈はじまりの地〉と関連があるのではないかと考えたからだ。

 と言うのも――


『アカシャ、〈はじまりの地〉について教えてくれないか?』

『お答えできません。権限が不足しています』


 はじまりの地についてアカシャに尋ねても、この通りなのだ。

 この時点で、なにかあると言っているようなものだ。

 なら、直接出向いて調査するしかない。


「一面の銀世界とは、まさにこのことだな」


 島の中心に行くほど氷床が厚くなるとは聞いていたが、辺り一面は氷と雪で覆われていた。

 探索者たちが防寒着を着込んでいた理由が、いまならよく分かる。

 念のため、二人は大丈夫かと尋ねてみるが――


「ご主人様より頂いたメイド服があるので問題ありません」

「この巫女服には、過酷な環境にも適応できる魔法が付与されていますので」


 問題はないようだ。

 テレジアの着ているメイド服は俺の外套と一緒で、ある程度の暑さや寒さに耐性があるように作ってある。だから気になったのはシキの方だったのだが、巫女服にも同じ機能が備わっているみたいだ。

 しかし島の外周部と中心部で、ここまで景色が変わるとは思っていなかったので驚かされる。人口のほとんどが沿岸部に集中していると言うのも頷ける話だ。いまはもう、ほとんど首都のヌーク周辺にしか人は住んでいないって話だしな。

 と言うのも、ダンジョンが出現してから氷床が広がっているらしい。温暖化が騒がれていたのが嘘のように、いま島の中心から北側は人が住めるような環境になく、完全に雪と氷に閉ざされているそうだ。

 ダンジョンが周辺地域に与える影響について考えたことはなかったが、これってもしかすると――


『マスターの考えておられるようにダンジョンの影響かと』


 やはりダンジョンが周囲の自然環境に影響を与えているようだ。

 ダンジョンは周囲の環境によって内部の構造が変化することが分かっている。ここのダンジョンはまだ見たことはないが、たぶん上層から下層は雪と氷で覆われている可能性が高い。

 出現するモンスターも寒冷地にちなんだものが多いんじゃないかと予想できる。


「これだけ景色が似ていると、迷いそうだな」

「実際、ここをはじめて訪れた探索者が、ダンジョンに辿り付く前に遭難するケースは多いですね。ですから街でガイドを雇うことが推奨されています」


 ああ、それでシキを案内につけてくれたと言う訳か。さすがはエミリアだ。

 しかし、街から随分と離れているんだな。まだ大分、距離がありそうだ。


「あと、どのくらいで着くんだ?」

「通常、探索者の足でも片道三日はかかりますね」


 マジか……。そう考えると、他の国のダンジョンが如何に便利な場所にあるのかが分かる。まあ、街中に突然ダンジョンが現れたことで大きな被害をもたらした訳だが……。

 俺も一応、その被害者の一人だしな。

 そう言えば、エジプトのダンジョンも遺跡の近くにあるんだよな。

 水源としていたオアシスがダンジョンに呑み込まれたって話で、水不足で困っていた人たちに魔導具を譲ったのを思い出す。俺も魔導具の実験が出来て、丁度良かったんだけど。いまから二十年くらい昔の話だ。

 ダンジョンが出現してから周辺地域で一度も雨が降っていないとの話だったから、たぶんあれもダンジョンの影響だったんだろうな。


「そう言えば、シキは影を使って〈転移〉できるんだよな?」

「はい。ですが、私のスキルでは自分だけしか〈転移〉できませんので……」


 影の転移には、そんな制限があったのか。

 となると、シキに〈空間転移〉の〈技能の書スキルブック〉を使ってもらってもいいのだが、今回は実験も兼ねて――


「これを使うか」


 お馴染み〈カドゥケウス〉の出番だと考えるのだった。



  ◆



「ダンジョンに行くなら誘ってくれてもよかったのに……」


 不満を顕わにするクロエの姿があった。

 ホテルのチェックインを済ませてギルドに戻ったら、レギルから椎名とテレジアならシキの案内でダンジョンに向かったと話を聞かされたからだ。

 これでは、なんのためにグリーンランドまでついてきたのか分からない。

 そんな風に不満を口にしていると――


「心配しなくても、調査が目的だから数日で戻るらしいよ」

「調査?」

「私も詳しくは聞いていないけど、ダンジョンに取り込まれずに残った遺跡の一部があるみたい。その調査だって」


 レティシアの話を聞き、心当たりがあるのか?

 ああ、あれねと納得した様子を見せるクロエ。

 納得はしたが、同時に不思議そうに首を傾げる。


「あんなところに、なんの用事があるんだろう?」


 ダンジョンの周辺に遺跡群があることは確かだが、ダンジョンが出現してから既に三十五年が経過しているのだ。

 今更、調査をしたところで、なにかが出て来るとは思えなかった。


「楽園に戻る時は声をかけるって言われてるから、大人しく待っておけば迎えに来てくれるはずよ。それよりも隣にギルド直営の酒場があるみたいなんだけど、行ってみない?」

「酒場かあ……」

「なにか問題があるの?」

「私って、こんな見た目でしょ? だからよく子供に間違えられるんだよね」


 既に成人していて今年で二十八になるのだが、クロエの見た目は幼い。

 どう見繕っても十二、三歳と言ったところだ。

 そのため、子供に間違われることが多いのだろう。

 酒場と聞いて、躊躇うのも無理はなかった。


「レティシアは大丈夫なの? というか、あなたって幾つなの?」


 レティシアの見た目もクロエとそう変わらない。

 しかし、只者ではない空気をレティシアから感じていたので、見た目通りの年齢でないことはクロエも察していた。

 だから、思い切って歳を尋ねてみたのだが――


「んっと……二百歳くらい?」

「……冗談だよね?」


 人間の寿命からはありえない年齢を告げられ、冗談だと考えるクロエ。

 しかし、楽園の関係者と言うことで、もしかしたらという考えが頭を過る。

 楽園に関しては謎が多い。月に人が住んでいるなんて話は聞いたことがないし、ダンジョンと共にこの世界に出現した異世界の国ではないかと噂している人がいるくらいだった。

 だから、もしかしたらと考えたのだろう。


「じゃあ、二十歳はたちってことにしといて」


 一気に十分の一に減る年齢。

 適当なことを言うレティシアに、クロエは訝しげな目を向ける。


「お酒を飲まないと酒場で食事できない訳じゃないでしょ?」

「それはそうだけど……探索者ライセンスは持ってるの? ギルドの施設は探索者ライセンスがないと利用できないよ」


 これも当然ではあるが、ギルドの施設を利用するには探索者のライセンスが必要となっていた。

 一般人がトラブルに巻き込まれないための安全策でもあるので、一部の国を除いてギルドに関連した店はライセンスの確認が行われている。レティシアのような探索者がいるとは聞いたことがないので、探索者資格を持っていないのではないかとクロエは考えたのだろう。


「冒険者カードならあるけど、そっか。こっちじゃ使えないんだっけ」

「冒険者カード?」


 謎がまた増え、首を傾げるクロエ。

 とはいえ、ないのであればギルドの施設を利用できないことから――


「……エミリア先生に相談してみようか」

 

 エミリアに相談することをクロエは提案するのだった。

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