第258話 託されたもの

 ヌークの空港で一際目立つ機体。

 金色に輝くプライベートジェットの中で、


「むむ……もう少し……」


 キューブ状のパズルに挑戦するメイドの姿があった。

 短く揃えられた銀色の髪に、ゴシック調のオーソドックスなメイド服。

 そして、


「なにやってるのよ」


 そんな彼女を呆れた様子で見守るロングへアーのメイド。

 二人とも〈商会〉に所属するメイドで、レギル直属の配下だ。

 ショートヘアーのメイドがベリル。

 ロングへアーのメイドがアクアマリン。

 商会のメイドは全員、宝石や鉱石にちなんだ名を椎名より与えられていた。


「ふふん、ご主人様に教えて頂いた魔力操作の訓練法よ」

「……ご主人様に?」


 よく見れば、ただのキューブではなく魔導具であることが見て取れる。


「なるほど。均一に魔力を込めないと、色が揃わない構造になっているのね」


 キューブには十二の面があり、すべての面に対して均等に魔力を込めなければ、同じ色に揃わない仕組みになっているのだと、アクアマリンは魔導具の構造を見抜く。


「なにがもう少しよ。まだ七つしか揃ってないじゃない」


 しかし、ベリルが色を揃えられた面は七つ。

 まだ五つも残っていた。


「そう言うならやってみてよ」


 ムッとした表情でキューブをアクアマリンに渡すベリル。

 受け取ったキューブに魔力を込めるアクアマリンであったが、


「ほら、できないでしょ?」


 揃えられたのはベリルと同じ七つだけだった。

 やってみると、これが如何に難しいことかが分かる。一つの魔導具に幾つもの起動式が組み込まれていて、すべての起動式に対して均等に魔力を込めなければ色が揃うことはない。

 仮にすべての面を同じ色に揃えることが出来れば、単純計算で十二個の魔導具を並列起動できると言うことになる。〈原初はじまり〉の六人や〈九姉妹ワルキューレ〉を除くメイドたちの平均は五個なので、七つの面の色を揃えられるベリルとアクアマリンはメイドのなかでも優秀と言うことになる。

 

「……聞くまでもないと思うけど、ご主人様は?」

「お手本に見せて頂いたけど、あっと言う間に全部の面の色を揃えてた」


 さすがは〈楽園の主〉だと、ベリルの話を聞いて納得した様子でアクアマリンは頷く。〈原初〉の方々でも出来るとは考えるが、一瞬でとなると魔力操作に長けたスカジくらいしか再現できないだろう。

 努力や才能だけで辿り着ける領域ではない。神に等しい御方だからこそ、可能なことだとアクアマリンは考える。

 ちなみに五個がメイドたちの平均なのは、メイド服に付与されたスキルを使いこなすのに最低限必要な数だからだ。主から賜った魔導具を使いこなせないなど、楽園のメイドに相応しく無い。

 そのため、メイドたちは日々の鍛練を欠かさない。最低十個は同時に魔導具を扱えないと〈原初〉や〈九姉妹〉のように専用の魔導具を授けて頂けないと、メイドたちの間では噂となっているからだ。

 だと言うのに――


「……これ、ご主人様から頂いたのよね?」


 訓練用の魔導具とはいえ、ベリルは主人から魔導具を賜ったのだ。

 あるじに奉仕することを至上の喜びとするメイドたちにとって、その主から魔導具を賜ると言うのは最高の栄誉に等しい。アクアマリンが羨ましがるのは無理もないことだった。


「これは、私のだからあげないよ?」


 アクアマリンから素早く魔導具を奪い返すベリル。

 取られることを心配した訳ではない。主から賜った魔導具を他人から奪うと言うことは、主の考えに背くことになる。そんな真似をするメイドが楽園にいるとは思っていないからだ。

 ただ――

 

「でも、そう言うと思って――」

「え……」


 同じキューブを取りだし、アクアマリンに手渡すベリル。

 こうなることが分かっていて、最初からアクアマリンの分も預かっていたのだ。


「ご主人様が私に……」 

私が・・頼んであげたんだけど……って、もう聞こえてないわね。これ」


 キューブを抱きしめながら自分の世界に浸るアクアマリンを見て、これはなにを言ってもダメだと諦めるベリル。自分も椎名から魔導具を渡された時は、感動を抑えきれずに飛行中のジェット機から外に飛びしそうになったことから、彼女の気持ちが理解できるのだろう。

 そんななか――


「気持ちは分かるけど、気付いてる?」

「ええ、様子を窺っているだけだから放置していたけど、不届き者がいるようね」


 機体に近付く気配を、ベリルとアクアマリンは察知していた。

 この飛行機は〈楽園の主〉の所有物だ。だからこそ、傷一つつける訳にはいかない。例え、目的が破壊工作ではなく情報を得ることだとしても、それを許すほど楽園のメイドは甘くない。


「レギル様の言うとおりになったね」

「まだ、ご主人様の偉大さを理解できない愚かな人間がいるようね」


 そうした者たちには、相応の報いを受けてもらう必要がある。

 そのために〈楽園のメイドじぶんたち〉がいると――

 二人は冷たい笑みを浮かべ、来客を出迎える準備をはじめるのだった。



   ◆



 話を終え、ギルドの施設をエミリアに案内してもらうことになったのだが、


「本当に凄い人気だな。なにをやったんだ?」

「聞かないで頂戴……」


 擦れ違う探索者たちが皆、エミリアを見るなり平伏しそうな勢いで頭を下げるのだ。「おお、女神よ」とか言って祈り始める人までいるし、まるでセレスティアみたいだと思う。

 セレスティアみたい?

 あ、もしかすると――


「呪いの影響か?」

「……ないとは言い切れないのよね」


 エミリアも自覚はあったようだ。

 星詠みの力が強くなったと言っていたし、可能性としては考えられそうだ。

 でも、


「エミリア。前に俺が渡した指輪は今も身に付けているのか?」

「あ、うん。マジックバッグの中身は回収できなかったけど、これだけは肌身離さず身に付けていたから」


 そう言って、指にはめた金色の指輪を見せてくれるエミリア。

 エミリアが身に付けている指輪は〈黄金の祝福〉と名付けた魔導具だ。

 天使の親玉の素材を使っているので、これにも呪いを抑える効果があるはずだ。

 それで周囲のこの反応だとすると、セレスティアよりも重症かもしれない。

 神の呪いについては、よく分かっていない点が多いからな。一つだけ分かっていることは天使の素材で作った魔導具であれば、呪いの効果を弱めることが出来ると言うことだけだ。

 でも、この様子ではたいした効果がでていないようだし、他に良い手はないものかと考えていると―― 


「ご歓談のところ失礼します」


 レギルに声をかけられた。

 仕事はもう良いのだろうかと思っていると、どうやらトラブルがあったらしくプライベートジェットに泥棒が入ったと報告を受ける。


「侵入者?」

「はい。幸い機体に損傷はなく、ベリルとアクアマリンが犯人を確保しています」


 車上荒らしならぬ飛行機荒らしなんているんだな。

 ちなみにベリルとアクアマリンと言うのは〈商会〉に所属するメイドで、レギルの部下だ。


「ごめんなさい、シーナ。こうなる前に、こちらで対処したかったのだけど……」


 話を聞いていたようで、頭を下げてくるエミリア。

 泥棒のことを謝っているのだと思うが、エミリアの所為じゃないしな。

 魔法学院で講師をしていた頃から責任感が強かったが、相変わらず自分に厳しいようだ。

 真面目過ぎるのも考えものだと思うけど、エミリアの長所でもあるしな。

 ここは――


「気にするな。だけど、もう少し頼ってもいいんだぞ」 

「あなたは、いつもそうね。でも、そうよね。必要なときには頼らせてもらうわ」


 この辺りが落としどころだろう。俺自身、メイドたちに頼ってばかりだしな。

 とはいえ、人に甘えることが悪いことだとは思っていなかった。

 頼れる相手。甘えられる相手がいると言うのは、幸せなことだと思うからだ。

 感謝の気持ちを忘れなければ、それでいいと思っている。

 ――自分が優しくされた分、他の誰かに優しくしてあげればいい。そんな風なことを、お袋も言っていたしな。

 お袋と言えば、エミリアが世話になった探検家と言うのが、俺の両親と同じ発掘チームに参加していた研究者仲間だったそうだ。エミリアが託されたノートは、俺の両親から探検家が預かっていたものらしい。

 と言って、内容は研究に関するものではなく普通の日誌で、両親の失踪に繋がるような手掛かりは記されていなかった。

 ただ、気になることが一つだけ書かれていたのだ。


「これから〈はじまりの遺跡・・・・・・・〉の調査に向かおうと思うんだが、エミリアはどうする?」

「ごめんなさい。まだ仕事が残ってて、でも代わりにシキを案内につけるわ」

「助かる。それじゃあ、テレジアにも声をかけてみるか。エミリアも無理しないようにな」

「うん、シーナも気を付けて」


 グリーンランド自治州のダンジョンの俗称。

 遺跡群のあった場所にダンジョンが現れたことから、そう呼ばれているらしい。

 とはいえ、ダンジョンと遺跡の関連は誰にも分からないそうで、偶然だと考える人が大半のようだ。

 だが、日誌の最後はこう締め括られていた。

 私たちの子に〈はじまりの地〉を託す、と――

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