第257話 探検家コールフィールド

「世界探索者協会代表理事のエミリア・コールフィールドです。楽園の皆様、ようこそお越し下さいました」


 案内されたレンガ調の建物――ギルドで出迎えてくれたのはエミリアだった。

 後ろには巫女服を着た黒髪の女性、シキの姿も確認できる。

 ギルドで働いているとは聞いていたけど、元気そうだな。

 堅苦しいのは仕事中だから仕方がないとして、


「コールフィールド?」


 はじめてエミリアのフルネームを聞いた気がする。

 そんな名前だったのかと首を傾げていると、


「知らないの? コールフィールドは有名な探検家よ」


 金髪美少女がエミリアの名乗った名前について教えてくれた。

 探検家と言うとトレジャーハンターとか、そういう奴だろうか?


『どちらかと言えば、遺跡の発掘を専門とする考古学者ですね。探検家クレア・コールフィールド。十年前に亡くなられているようです』


 更にアカシャが詳しく補足してくる。

 考古学者と聞くと分かり易い。うちの両親も考古学の研究をしていたしな。

 でも、エミリアがどうして地球の探検家と同じ名前を名乗ってるんだ?

 気になるが、あとにしろとエミリアが目で訴えている気がする。

 ここは空気を読んで話を合わせておくか。


「失礼した。世情に疎くてね」

「無理もありません。遠い月の国・・・からいらしたのですから、ご存じなくても」


 やはり、これで正解だったようだ。

 微妙に呆れているような気がしなくもないのだが、たぶん気の所為だろう。 


「うーん……」

「どうかしたのか?」

「二人は知り合いだったの?」

「……どうして、そう思うんだ?」

「雰囲気?」


 女の勘と言う奴だろうか?

 俺とエミリアの関係に疑問を持ち、首を傾げる金髪美少女。

 子供と言えど、やはり女は侮れないな。

 どう答えたものかと迷っていると――


「私が病で伏せていたのは知っているでしょう?」

「あ……〈軍神〉が〈万能薬〉を持ってきたって聞いていたけど、あれってもしかして……」 


 エミリアが助け船をだしてくれた。

 金髪美少女の疑問に、エミリアは無言で頷く。

 しかし、話がまったく呑み込めない。エミリアが病で伏せていた?


「エミリア先生を治してくれたのは、シ――〈楽園の主〉だったんだね!」


 それにエミリア先生? 万能薬を誰かに譲った記憶は……あるな。

 アメリカのダンディさんに渡した記憶がある。

 それが巡りに巡って、エミリアの手に渡ったと?


「ありがとう! 私たちの先生を助けてくれて!」


 金髪美少女の声に呼応するかのように、ギルド内が一斉に湧き立つ。

 何事かと思ったら、離れたところから様子を見守っていた探索者たちが警戒を解き、涙を流して喜んでいた。

 俺たちの女神を救ってくれてありがとう、と大の男が叫ぶ姿は異様だ。

 先生の次は女神?


「エミリア……なにをやったんだ?」

「……いろいろとあったのよ」


 どこか疲れた表情で、そう言ってエミリアは溜め息を溢すのであった。



  ◆



「久し振りね。二人とも変わりがなくて安心したわ」

「はい。エミリア様もご無事でなによりでした」


 懐かしむように挨拶を交わすエミリアとテレジア。

 こうしていると、楽園の屋敷で一緒に暮らしていた頃のことを思い出す。

 いま、ギルドの応接室には俺とテレジア。

 それに、エミリア――


「シキも久し振りだな。無事で安心したよ」

「ご心配をお掛けしました」


 シキの四人がいた。

 エミリアが「余人をまじえずに話がしたい」と会談を申し出てきたためだ。

 一応、護衛と言うことでエミリアにはシキが、そして俺の方にはテレジアが付くことになり、非公式ではあるが楽園とギルドの会談が設けられることになったと言う訳だ。

 レティシアと金髪美少女には、ホテルのチェックインを頼んでおいた。

 エミリアが気を利かせてくれたので、情報交換をしておきたかったからだ。

 本当ならレティシアもここに加わるべきなのだが、あれで空気が読めるからな。金髪美少女に怪しまれないように遠慮してくれたのだろう。

 ちなみにレギルは他にやることがあると言って、どこかに消えてしまった。

 トワイライトの代表だしな。たぶん仕事があるのだろう。

 こんな時にまで仕事とか、本当にレギルには頭が上がりそうにない。


「シキだけ気に掛けて……私のことは心配じゃなかったの?」


 拗ねたような口調で、じっと睨み付けてくるエミリア。

 怒らせるようなことをした覚えはないのだが、なにやら機嫌が悪そうだ。


「フフ、お邪魔みたいですので私は失礼しますね」

「ちょっと、シキ!? 私はそんなつもりじゃ――」

「そう言うことですか。でしたら、私も部屋の外で待機していますね」

「テレジアさんまで!」


 シキとテレジアはそう言うと、二人揃って部屋から出て行く。

 情報交換のつもりで四人だけにしてもらったのに、これでは意味がない気が……。


「取り敢えず、二人で話をするか?」

「あ、うん……」


 俺が知りたいことがあるようにエミリアも聞きたいことがあるだろうしな。

 こっちの世界に突然飛ばされて、苦労したことは窺えるし――


「エミリアの方からでいいぞ。聞きたいことがあるんだろう?」

「うん。話したいこと、聞きたいことがたくさんあるよ」

「時間はたっぷりある。俺も話したいことが、たくさんあるしな」


 こうしてエミリアと二人きりで話をするのは、随分と久し振りな気がする。

 でも、結局あの二人がなにをしたかったんだ?



  ◆



「そっか、みんな無事なんだね。ありがとう、シーナ・・・。私たちの世界を守ってくれて」

「俺一人の力じゃないけどな。それに結局、中途半端なまま戻ってきてしまったし」


 心残りがないと言えば嘘になる。ちゃんとお別れも言えなかったしな。

 ただ、先代とセレスティアなら大丈夫だという確信が俺の中にはあった。

 実際、メイドたちがこっちの世界にいると言うことは、ダンジョンを無事に封印できたと言うことだ。

 たぶん、先代が上手くやったのだろう。


「ううん、シーナがいなかったら、もっと酷いことになってたと思う。だから、そこは胸を張っていいと思うよ」


 そこまで大層なことをしたとは思っていないのだが、結果をどう評価するかは自分じゃない。エミリアが納得しているのなら、ここは素直に感謝を受け取っておくべきだろう。

 それに、もう二度とあの世界に行けないと決まった訳じゃない。

 多少の誤差はあったとはいえ、〈時空間転移〉そのものは成功したのだ。

 研究を続ければ、二つの世界を行き来することも不可能じゃないと考えていた。


「エミリアは帰りたいと思わないのか?」


 だから尋ねる。

 いますぐには難しいが、研究を続ければ精度を上げられるはずだ。

 エミリアとシキを元の世界に帰してやることも不可能ではないと考えていた。


「まだ、この世界でやり残していることがあるから帰れないかな」

 

 やり残したこと? ああ、ギルドの仕事のことか。

 魔法学院で講師をしていた頃から、エミリアは責任感が強かったしな。

 仕事を中途半端で投げ出すような真似はしたくないのだろう。


「なら、その気になったら言ってくれ。その時は俺がなんとかしてやる」

「うん」


 その時のためにも研究は続けようと思う。

 二人のためと言うのもあるが、俺自身あちらの世界のことが気になっているからだ。

 セレスティアとも再会の約束をしたしな。


「そう言えば、病気にかかっていたのか?」

「あ……そのことを話してなかったね。アインセルト家の令嬢のことを覚えてる?」

「ああ、そりゃ勿論」


 忘れるはずがない。

 教えた期間は短いが、俺の教え子の一人だからな。


「彼女と同じ病にかかっていたの」


 確か、魔力欠乏症だっけ?

 でも、あれは発症する条件が確か――


「以前よりも〈星詠み〉の力が強くなっていて、かなり未来のことまで視えるようになったの。だから……」


 自分の力を上手く制御できず、魔力欠乏症を発症したと言う訳か。

 それなら、もっと早くに相談してくれればと思っていると――


「最初の内はそうでもなかったんだけどね。日に日に力が強くなっていって……」


 症状が酷くなったのは、ここ数年のことだとエミリアは話す。

 なるほどな。でも、それにしても疑問があった。


「どうして、俺を訪ねてこなかったんだ?」

「この世界のシーナが、まだ私の知っているシーナじゃないと分かっていたからよ」

「あ……そういうことか」


 どうして会いに来なかったのかと疑問に思っていたが、話を聞いて納得する。

 考えてみれば、過去の世界に跳ばされる前の俺はエミリアのことを知らなかった。

 仮にエミリアが尋ねてきても、誰か分からずに首を傾げていたに違いない。

 だから俺が過去の世界から帰還するまで待っていたと言う訳か。


「俺が過去から帰還したことはどうやって知ったんだ? それも〈星詠み〉か?」

「ええ、シーナがいつ私たちの世界に跳ばされて、いつ戻ってくるのかまで〈星詠み〉は正確に教えてくれたわ」


 力が強くなっていると言っていたが、そこまでとは思わず驚かされる。

 もしかするとセレスティアの〈星詠み〉よりも精度が上なんじゃないか?


「それに彼女・・との約束があったから」

「……彼女? それってもしかして、さっき話してた探検家のことか?」

「ええ、探検家クレア・コールフィールド。私とシキに、この世界の名前と居場所を用意してくれた恩人よ」


 なるほど、そういうことか。

 二人はこっちの世界に跳ばされて戸籍もなかった訳だしな。

 話を聞いている限り、その人に戸籍と住む場所を面倒見てもらったのだろう。

 それなら恩人と言うのも頷ける。


「いまでは遺言となってしまったけど、彼女と約束したのよ」


 そう言って、エミリアは一冊のノートを差し出す。

 随分と古ぼけたノートだ。

 これが、どうかしたのかと思っていると――


「その約束の一つが、このノートをあなたに渡すこと――」

「俺に? その探検家と面識はないはずだが……」

「ええ、彼女もシーナと直接の面識はないと言っていたわ。でも、このノートは――」


 あなたのご両親が遺したものよ、と告げられるのだった。

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