第255話 自治州の立場と実情

 グリーンランド自治州は領土の大部分が北極圏に属する大きな島だ。

 アイスランドのヴァイキング〈赤毛のエイリーク〉の話が有名で『緑の島グリーンランド』と名付けたのも彼だと伝えられている。しかし『緑の島』と呼ばれてはいるが、実際には島の八割が氷と雪に覆われているそうだ。

 でも想像していたよりも、ずっと過ごしやすいように思う。

 時期も良かったのだろう。冬の北海道くらいのイメージでいたのだが、いま六月に差し掛かる頃で日中の気温は八度と比較的過ごしやすい。寒いことは寒いのだが、ここが北極圏と言うのが信じられないほど快適だった。

 まあ、このローブを着ていれば、どれだけ極寒の環境だろうと凍え死ぬようなことはないのだが――

 実際、ダンジョンの入り口があるのは島の中心部の方らしく、そっちは厚い氷が張っていてかなり寒いようだ。空港で見かける探索者の装備も毛皮のコートやら雪国らしい装備が見受けられる。

 ちなみに、グリーンランドの首都ヌークの空港は滑走路が短く、以前はジェット機の乗り入れが出来なかったそうなのだが、ダンジョンが出現したことで空港の拡張工事が進められたそうだ。

 その甲斐もあって人口も二十年前と比較して三倍以上に増え、いまは探索者の街として賑わっているらしい。これがゴールドラッシュならぬダンジョンの経済効果と言う奴か。

 各国がダンジョンを求める理由も、この活気を見ると分からないではない。 


「お待ちしておりました。ようこそ、グリーンランド自治州へ。これよりギルドにご案内します」


 歓迎の旗を持ったギルドの職員と思しき男性が、首都ヌークの空港で出迎えてくれた。

 これってマイクロバスだよな?

 よく見ると『トワイライト御一行様』の文字が見える。ギルドって国際的な組織だと思っていたのだが、ちょいちょい日本文化の影響を色濃く感じるところが見受けられるんだよな。


「申し訳ありません。本来であれば、ギルドマスターがお迎えにあがるべきなのですが……」


 申し訳なさそうな顔で謝罪してくるギルド職員。

 眼鏡をかけた冴えない感じの中年男性で、なんとなく中間管理職の苦労が窺える。

 職員の話によると、ギルドマスターは出張中らしい。本当はもっと早く帰る予定だったそうなのだが、イギリスの騒動を受けてルクセンブルグで開かれる欧州連合の会議に出席することになったそうだ。

 俺の所為……じゃないよな?


『無関係とは言えませんが、それだけが会議の目的ではないでしょう』


 だよな。アカシャもこう言っていることだし、余り深く考えないようにしよう。

 魔力暴走を止めてロンドンを救ったことには変わりが無い訳だしな。

 そう言えば、グリーンランドって二十年前にデンマークから独立したんだよな?

 なのに、なんでまだ自治州なんだ?


『独立はしましたが、現在のグリーンランドは欧州連合の庇護下にあります。自治権は認められていますが軍隊の保有は認められておらず、グリーンランドの国防は欧州連合が担っています』


 ようするに独立は認められたけど、宗主国が変わっただけと言うことか。

 なんとなくダンジョンの独占をやめて、みんなでパイを分け合おうみたいなノリを感じるけど。


『概ね、その認識で間違っていません。当初デンマークは反発していたようですが、欧州の国々すべてを敵に回すリスクを顧みてグリーンランドの独立を認めた模様です。中国やアメリカがグリーンランドに接近する動きがあったので、団結する必要があったのかと』


 ああ、それでグリーンランドを独立させて、欧州連合が庇護することになったと言う流れか。

 グリーンランドの人たちも大変だが、デンマークも災難のように思える。


『相応の権益は確保しているようなので、損ばかりしているとは言えないかと。そのお陰で人口が増え、街も発展している訳ですから』


 そう考えると、デンマークやグリーンランドにもメリットはあった訳か。

 政治や経済の話は面倒臭いものが多いからな。

 領土問題なんて、その最たるものだ。

 楽園はどこの国とも接してなくて良かったと思う。


『楽園にも領土問題がない訳ではありませんけどね。月の領有権に関して、いまでも地球では統一見解がでていないようで月面都市は自国のものだと主張する国もあるようです』


 どこにでも、そういう連中はいるからな。

 文句があるのなら自分たちも月に来て開拓すればいいだけの話だ。

 それに誰のものでもないのなら早い者勝ちだと言うのが俺の考えだった。


『マスター。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?』   


 珍しいな。

 いつも質問に答えてばかりのアカシャが自分から質問するなんて。 

 別にいいけど、なにが聞きたいんだ?


『楽園の侵略を企む国や組織が現れたら、マスターはどうされるおつもりですか?』


 珍しいなと思っていたら、随分と突っ込んだ質問をしてくるアカシャ。

 それは俺も考えたことがない訳ではない。

 主張するだけなら自由だし、そのくらいで俺も怒るほど短気ではない。

 しかし、


「――と言う訳でして、ギルドも複雑な立場に置かれているのです。代表理事がこの地を気軽に離れられないのもそれが理由でして、欧州連合も絶対的な味方とは言えない状況ですから」


 俺の大切なものに手をだすと言うのなら話は別だ。

 王としては未熟かもしれないが、侵略行為を許すほど俺は甘くない。


「申し訳ありません。突然このような話を……ですが、ギルドマスターや代表理事の立場や苦労を知っていただきたく――」

「攻めて来るのなら相応の報いを受けてもらうだけだ」

「え……」


 相手がその気なら受けて立つだけの話だ。

 それが、アカシャの問いに対する俺の答えだったのだが――

 あれ? いま俺、声にだしてたか?



  ◆



(フフッ、さすがは主様ですね)


 ギルド職員の唖然とした顔を思い出しながらレギルは笑みを溢す。

 恐らくあの職員はこの地に楽園の関係者を招くことを、快くは思っていなかったのだろう。

 そんな真似をすれば、欧州連合を刺激することになる。ここは他の国のダンジョンと違い一国が管理するものではなく、庇護という名目の共同管理が行われているからだ。

 表向きはどこの国のものでもなくギルドの管理下に置かれているが、他の国が抜け駆けしないように監視し合っているような状態だ。見た目は発展しているように見える街並みも、その実はダンジョンから得られる富のほとんどを欧州連合に搾取されているのがグリーンランド自治州の実情であった。

 そんな場所に楽園の関係者が――いや、〈楽園の主〉が自ら足を運ぶ。それを諸外国がどう捉えるかは想像に難しくない。しかし、これこそレギルが望んでいた状況でもあった。

 椎名のもとに駆けつけるのが遅くなったのは、ギルドの使いを名乗るシキと言う女性からグリーンランド自治州の実情を聞き、ある計画を持ち掛けられたからだ。そのためにヘルムヴィーゲに指示を与え、アメリカへの根回しなど準備を整えておく必要があった。

 イギリスを味方につけることが出来たのは、 椎名のお陰と言っていい。

 その甲斐もあって、計画は当初の予定よりも順調に進んでいる。

 そこに加えて、先程の椎名の言葉――


(やはり、主様は最初から察しておられたようですね)


 とっくに自分の計画は見抜かれていたのだとレギルは察する。

 未来すらも見通す〈楽園の主〉の叡智であれば、それも当然のことだと考えるからだ。

 

(主様は既に先を見据えられている。なら、私たちが為すべきことは――)


 楽園の主の願いを叶え、実現すること――

 それこそが自分たちに与えられた役目だとレギルは考えるのだった。

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