第234話 武装解除
スカジに任せたら大変なことになっていた。
ホテルを取り囲んでいた連中はあっさりと捕縛したみたいなのだが、どう言う訳か昼間の金髪美少女とオルトリンデが夜の街で戦闘を繰り広げていたのだ。
あのオルトリンデと互角に戦っている金髪美少女を見て驚いたが、問題はそこじゃない。
『〈隔離結界〉がなければ、危ないところでしたね』
アカシャの言うとおりだった。
こうなることを見越してスカジは〈隔離結界〉を展開したのだと思うが――
ホテルの被害は甚大だが〈隔離結界〉は結界内に位相空間を発生させるものなので、このなかで起きていることは結界の
それに魔力を持たない人間は位相空間に取り込まれることもないから、いまのところ大きな騒ぎは起きていないようだ。隔離結界を張っていなければ、大惨事になっていたことだろう。
しかし、
『なんで全員、裸なんだ?』
『マスターがスキルを使われたからかと』
確かにスキルを使った。
戦闘を止めるため、武装解除を行う必要があると考えたからだ。
カドゥケウスを使って効果範囲を〈拡張〉し、金髪美少女とオルトリンデに向けて〈分解〉を放ったつもりなのだが装備だけでなく、どう言う訳か捕らえた人たちが着ている服や下着まで〈分解〉してしまったらしい。
男も女も関係なく全員真っ裸になっていた。
なんで、このスキルは毎回毎回、余計なものまで〈分解〉するのか……。
本来、魔力を含んでいるもの以外は分解できないはずなんだけど。
『探索者の着ているものは、すべてダンジョン素材で作られた装備ですから。それに魔力に触れたものは微量ながら魔力の影響を受けるので、身に付けている衣服も例外ではありません』
なるほど、それで〈分解〉を使うと裸に――
やってしまったことは仕方がない。
今後は気を付けるとして、もう一つ俺は大きな失敗をしていた。
「〈楽園の主〉……やはり、ブラッドの予想が当たっていたみたいね」
慌ててホテルの窓から飛び降りたため、いつもの外套を羽織るのを忘れたのだ。
この姿を知られるのは避けたかったんだけどな。たぶんホテルを取り囲んでいた連中の一人だと思うが、アッシュブロンドの長い髪をしたナイスバディのお姉さんに素顔を見られてしまったのだ。
「どうなさいますか?」
口を封じるかどうかを、スカジは尋ねているのだと察する。
ここで任せると言ってしまうと、彼女の命はなさそうだ。
とはいえ、顔を見られたのは彼女だけのようだ。
金髪美少女も気絶しているし、他も全員意識を失っていた。
俺のスキルに気絶させるような効果はなかったと思うのだが?
『あれほど強大な魔力を浴びたら、並の人間は意識を保つことなど出来ないかと』
そうなのか?
結構な魔力を込めたけど、そんなもので意識を奪えるとは初耳だ。
でも、その理屈だとオルトリンデと互角の戦いをしていた金髪美少女が、このくらいで気絶するとは思えないのだが?
『彼女の場合は装備を〈分解〉されたことが原因かと。自身のスキルで構築した剣を〈分解〉されて、スキルによって付与されていた
なんか凄い剣を持っているなと思ったら、あれスキルで召喚したものだったのか。
剣を召喚するスキルって〈
しかし、オルトリンデと戦えるほどの武器を召喚できるスキルとなると、かなり強力なスキルのようだ。昼間は円卓ごっこなんて言ってしまったが、相応の実力はあったと言うことか。
「主様? どうかなさいましたか?」
考えごとをしていると、心配した様子で尋ねてくるスカジ。
そう言えば、このナイスバディさんをどうするのかって話だったな。
日本人であることがバレると面倒なことになりかねないと言う理由だけで正体を隠しているので、どんなことをしても秘密を守りたいと言うほどのものではなかった。
バレた時はバレた時で仕方がないくらいに思っているのだが、さすがにこのまま帰す訳にはいかないか。
口止めは必要だろうな。
「金髪美少女と彼女は連れてきてくれ。他の連中は……路上に転がしておけば、この国の警察が対応するだろう」
「畏まりました」
他の連中は真っ裸で路上に転がしておけば、地元の警察が対応するだろう。
しかし金髪美少女は、どうしてオルトリンデと戦っていたんだ?
◆
「ここは……」
知らない天井を見上げるクロエ。
状況が理解できないまま、ゆっくりと身体を起こすと――
「目が覚めたみたいね」
「レヴィ! 無事だったのね!」
見知った声がして横を振り向くと、ベッドの傍らにはオリヴィアの姿があった。
しかし、
「どうして使用人の格好をしてるの?」
「……渡された服がこれだったのよ。そのことには触れないで頂戴」
メイド服を着ていることを疑問に思い、首を傾げるクロエ。
オリヴィアが使用人のような格好をしているのは、その格好じゃ困るだろうと椎名から渡された服がメイド服だったからだ。
「ねえ、ここってどこなの?」
「覚えてないの? あなた戦闘中に気絶したでしょ?」
「あ」
オリヴィアに言われて、ようやく昨夜のことを思い出すクロエ。
不意打ちだったとはいえ、何者かにスキルを解除され、意識を失ったことをクロエは思い出す。
クロエのスキルは強力ではあるが、なんらかの方法でスキルを封じられてしまうと、魔力を持たない一般人と変わらないレベルにまで能力がダウンするという弱点を抱えていた。
しかし、ユニークスキルに干渉できるのは同じユニークスキルだけだ。
クロエの知る限りで、そんな真似が出来る人物は一人しかいなかった。
だが、それはありえない。その人物は、いま月面都市にいるはずだからだ。
それに――
「やっぱり、完全にスキルが解除されてる……」
スキルの一時的な封印ではなく、スキルの効果を消されたのだとクロエは察する。
だから、気を失ってしまったのだと――
「あなたのスキルって、一度設定すると自分でも解除できないのよね?」
「うん、〈
だから一度〈
それが、このスキルの最大のデメリットと言える部分でもあった。
なのにスキルは完全に解除されていた。
いまのクロエは英雄の力を持たない普通の探索者に過ぎない。
いや、それどころか魔力をほとんど持たない一般人に近い状態と言えるだろう。
「スキルの再使用はできそう?」
「いまは無理そう。魔力の回復を待って試してみないことには……」
正直わからないと首を横に振りながら、クロエはオリヴィアの問いに答える。
いままで一度もスキルが解除されたことなどなかったからだ。
そのため、再使用が可能なのかどうかはクロエにも分からなかった。
「まあ、いいわ。ある意味、これでよかったのかもしれないし」
「……どう言う意味?」
「力が使えなければ、問答無用で斬り掛かったりしないでしょ?」
「え、わたしそんなことしないよ?」
どの口が言うのかと言った視線を、クロエに向けるオリヴィア。
こうなった原因は自分にあると思っているが、状況を悪化させたのはクロエだ。
クロエが楽園のメイドに斬り掛かったりしなければ、ここまでの事態にはなっていなかった。
むしろ、そんな状況で命があるだけ幸運だと思っていた。
ただ――
「いい? 絶対に余計なことは言わず、私の隣で大人しくしているのよ?」
これからの交渉次第では、どうなるか分からない。
楽園の主の機嫌を損ねれば、自分たちの命はないとオリヴィアは考えていた。
だからクロエに釘を刺す。
そして、
(どんな条件をだされようと、クロエだけは……)
自分の命を引き換えにしてでも、クロエだけは守ってみせると――
あらためて、オリヴィアは決意と覚悟を固めるのだった。
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